「将棋でも打たないか?又兵衛」
長政は将棋盤を持ち出し、楽しげに言った。
「は?」
又兵衛は読んでいた本を閉じ、長政を仰ぎ見る。
「どうせ、暇人なのだろ?付き合え」
「……」
「なんだ、不満か?」
「暇人なのは、お前の方だろ?」
「ッ!?…だ、黙れ!!やるか、やらないかだけ言えば良いんだッ」
長政は又兵衛の言葉にカッとなって怒鳴る。
はぁっと又兵衛は大きな溜息一つ、
「やろう」
と立ち上がった。
「な、なんだ、その溜息は」
「別に。…読書を邪魔してまでやるのだから、楽しませてくれよ?」
又兵衛は意味ありげに笑うとさっさと座敷に座り込んだ。
「ふ、フン!お前こそ、手抜きをしようなどと思うなよ」
長政は強気で言い返し、将棋盤を真ん中に置き、ドカッと座った。
「さて、どうする?」
又兵衛がルールを尋ねる。
長政は片足を立てた座り方で、ニッと笑う。
「負けた奴は勝った者の言う事を一日聞く、とかはどうだ?」
「ほぉ」
又兵衛は長政の言葉にしばし考え込むが首を振った。
「それはダメだ。第一、今日だけならもうすぐ今日は終わる」
「なんだそれは…。お前、負けるのが恐いのか?」
長政が眉を寄せて尋ねるのに、又兵衛は笑う。
「恐くはない。ただ、扱き使う時間があまりにも少ないと思っただけだ」
長政が顔を赤くし、怒ったように眉をつり上げる。
「自分が勝つとでも思っているのか!!」
「可能性を言ったまでだ」
「っ…腹の立つ奴だッ!!」
「それを相手に選んだのはお前だが?」
これには長政も言い返せず、仕方なく舌打ち一つで済ませる。
「なら、どうする?」
「そうだな…」
又兵衛が思案しかけた所にヒョコッと太兵衛が顔を出した。
どうやら、もう酒を飲んでいるらしく仄かの顔が赤い。
「お!面白そうな事やってるな?」
「あぁ、吉兵衛様がどうしてもと仰られてな」
「だ、誰もそんな風には言っていないッ」
半ば皮肉のこもった言葉に長政が拳を握る。
「ところで、太兵衛」
又兵衛はそれを軽く受け流し、太兵衛を見上げる。
「罰を考えているのだが、何かないか?」
「罰?」
「あぁ。廊下を拭き掃除だとか、便所掃除だとか…」
「うっわぁ…掃除ばっか…」
まったくだなと、長政が顔を引きつらせる。
「仕方ないだろ?そういうのしか思い付かなかった」
又兵衛は当然のように言う。
「んー、罰ねぇ…」
太兵衛は考え込み、手を叩く。
「あ!こういうのどうだ?」
「なんだ?」
「勝った方が負けた方の服脱がせて良いとか」
「はぁぁー!?」
これには長政が大声で驚く。
「…それの何処が罰なんだ?」
又兵衛は眉を寄せ、困ったような顔をする。
「え…そりゃ、恥ずかしいとかの問題だろ?
仕方ないじゃん、普通は女とやるんだもん」
俺それくらいしか思い付かねぇよとおどけて笑う。
「そういうものか…」
又兵衛は納得したような顔をするが、長政は将棋盤を叩いた。
「そんな事、誰がするかッ」
これには太兵衛はやばっと思い
「あ…だ、だって、案出せっていうから出しただけで、別にやれとは…」
と言い訳をする。
だが、長政は真っ赤な顔で怒鳴り続ける。
「女にするものをここに持ち出すなッ!!真剣勝負なんだぞッ!!」
「わ、悪かったよ、若殿ぉ…」
「いや、良い案だ」
そこにボソッと又兵衛が呟く。
「は?」
長政と太兵衛の両人が同時に呆気にとられる。
「したくないもの、それが罰だ。ならば、それが良いだろう。
したくないものなら、俄然勝とうと思うはず。
負ける気はないのだろ、吉兵衛様?なら、しても文句はないはずだ」
「ま、負けたくはないが、だからといって」
「それとも、負けるのが恐いか?」
さっき、長政が言った言葉を真似し、又兵衛は笑う。
「や、やるッ!負けるのが恐い訳ないだろッ」
長政はカッとなって、バンッとまた将棋盤を叩く。
「それで良い」
又兵衛は涼しい顔でそう言い、駒を並べ始めた。
「あ〜らら…」
太兵衛は呆れ顔をし、その場を離れる。
「俺、知ーらないっと…」
***
途中までは確かに長政が有利に立っていたのだ。
ところが何時からか旗色が悪い。
取り戻そうとするほど、なかなか戻らない。
長政は完全に焦っていた。
「王手」
又兵衛の無機質な声がなんでもないようにそう言う。
「ま、待てッ」
「待たない」
「な、なんでだ!」
「真剣勝負だからだ」
さっきから人の揚げ足取って…ッ。
長政は内心毒づき、盤に目を落とす。
どう頑張っても、もう負け以外の道がない。
「どうした?次を置け」
そうだと分かっているのに又兵衛は先を促す。
長政は悔しげに唇を噛む。
「…た」
「なんだ?」
カッと長政の頬に朱が走る。
「負けたと言った!負けましたッ」
やけくそだとばかりに叫び、長政は駒を盤から払い落とす。
「もう片づけるのか?」
先に誘ったのに。
又兵衛はからかうような響きでそう言い笑う。
それを屈辱だと思い、長政は震える手で駒を箱に戻す。
その手を又兵衛の手が止めた。
「まだ、終わるには早いぞ」
え?っと長政が顔を上げると又兵衛と目が合う。
又兵衛は口元に僅かに笑みを浮かべている。
そして、その手が長政のきっちりと合わさっている着物の合わせ目に触れる。
「!?」
それに驚いて、長政は大慌てで又兵衛の手を振り払い、後ずさった。
「なんで逃げる?そういう約束だっただろ?」
又兵衛は人を小馬鹿にしたような笑いで、
笑うと再度長政の腕を掴んだ。
長政はそれにビクッと身体を震わせる。
「確か、負けた奴は服を脱ぐという約束をした筈だった。
間違いだったら、訂正して欲しい」
当然の事をわざと尋ねる又兵衛は何処か楽しげだ。
長政はグッと唇を噛んで、
「間違って、…ない」
と悔しげに言う。
「なら、大人しく脱げ」
「!」
その言葉に長政はカッと頬が熱くなるのが分かった。
身体が何故か固まって動かない。
心臓の音がやけに大きく五月蝿い。
「どうした?自分で脱げないのか?」
「……」
「あぁ…そうか、俺が脱がすんだったな」
「ッ!!」
そう、又兵衛はただ純粋にゲームのルールに乗っ取って
罰ゲームを行おうとしているのだ。
だが、長政にとっては違かった。
まるで、又兵衛が自分を襲っているようで…。
その長い指が己の着物の合わせ目に触れた途端、身体中の熱が上がった。
もう熱くて、おかしくなってしまいそうだった。
長政はキュッと固く目を瞑り、顔を真っ赤にして俯いた。
「なんだ?お前でも恥ずかしいのか、吉兵衛様」
少しからかうような声が今はただ羞恥心を掻き立てる。
それ以上に要らない妄想を掻き立てるのだ。
だが、そうとは知らない又兵衛はスルッと合わせ目を緩め、
そこから着物をはだけていく。
又兵衛の手が着物を脱がせている間、
肌に何度か触れて長政はビクビクと震えた。
今にもこの熱でぶっ倒れてしまいそうな程、恥ずかしさでいっぱいだった。
肩から小袖を落とされ、上半身が露わになる。
このまま…又兵衛が襲いかかってきたら、絶対に拒めない。
いや、拒む必要なんかない。
こうなりたいと願っていたのだから。
半ば嬉しくて堪らなかった。
「吉兵衛」
突然、又兵衛が長政の耳元に唇を寄せてきた。
思わず長政は目を見開く。
「な、なんだ…」
「…恥ずかしいか?」
当たり前だろッ!!
そう叫び出したかったが、そんなかわいげもない言い方したくなかった。
長政はしばし考えるように黙り、首を振った。
「お、お前になら…は、恥ずかしくない」
言い方を変えれば、
お前に見られるなら恥ずかしくなどないという意味だったのだが…。
「そうか…」
それに又兵衛は思っていたよりあっさりした声で返し、
耳元から唇を離した。
同時に指が着物から離れる。
それに長政はキョトンとした。
「ま、又兵衛?ば、罰は?」
続きは?
そう問うと又兵衛は至極あっさりと
「お前が恥ずかしくないのなら、罰にはならない。
やる必要もないだろ。
それに太兵衛ではないが、
男の裸を見ても楽しくはないしな」
ピシッと長政の中の何かが崩れる音がした。
「お、お前というやつは…」
フルフルと震える拳を握り、長政は立ち上がった。
「最低、最悪野郎だッ!!又兵衛なんか、大っ嫌いだぁぁッ」
半ば泣きそうになりながら、外へ走っていく。
「…なんだ?あれ」
又兵衛はそれをただ不思議そうに見るのだった。
***
「…まぁ、予想はしてたよ、俺は」
「……」
「あの又兵衛がそんな展開しないとは思ってたけど、…けど…ねぇ…」
「むかつく…」
「え!?俺?」
太兵衛は寄りかかっている長政の言葉に驚く。
「又兵衛だ!!」
長政が怒鳴るようにそう言い、体育座りのまま涙を拭う。
「俺の、俺の弱みにつけ込むなんて〜〜っ!!」
フルフルとまだ震える拳で長政は畳を叩く。
ヒィッと小さく太兵衛が怯える。
「馬鹿又兵衛…っ!!」
長政は鬱憤を晴らすように怒鳴る。
一番つけ込まれたくない弱みだった。
お前に俺が惚れているというその事につけ込まれたくはなかった。
「知らない癖にッ…気が付かないくせに…」
最低だ!!
「あいつなんか、大嫌いだぁぁぁ!!」
終
*前のHPからもってきたものです。
相方に貰ったお題にチャレンジしてみました。
お題は「惚れた弱みに 遠慮なくつけこまれる」ですが、
こんなにもお題が素敵なかんじなのになんだこの話‥(汗)
要は長政様に勘違いして欲しかったんですが‥。
初めてちゃんと太兵衛君を登場させました。
太兵衛君は長政の相談相手という位置におさまりました。
恋のキューピッドなんだろうけど、役に立つのか、立たないのか?
またしても、しょうもない後日談(?)あります。
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