桜華茶房

Episode3 雨と傘と。


「期待って…何のことだろ…?」

鞄はベッドの横の椅子に置いてあった。
中をみてみると折り畳み傘が入っている。
それに見覚えのない手紙も。

「…?」


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テトからミクへ

雨は想定外。 銀は緑を待つ。 気温は上がる。
落ち着いて行動もよし、倒れるもまたよし。報告を待つ。

PS、是非甘いのを一つ。僕もネルも期待してるよ。

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…訳が分からない。
傘のお礼は甘いものってことかな?
明日遊びに行った時に奢ってってことなのかな?
それにしても…

あんな夢みちゃうなんて…それにデル先輩があんな事……言ってくれる…なんて……

「……正夢だったらいいのになぁ…」

とはいえ正夢になった所で、デル先輩と面と向かって話なんて私に出来るわけがない。
声を掛けられて、目があっただけで倒れてしまう訳だし…
…正直救いようがないと自分でも思う。
…あれ…なんか泣けてきた…

まともに喋れない訳だし、デル先輩がルカお姉ちゃんを好きだろうとそうでなかろうと、
振り向いてくれたりはしない…

…あれ、でもルカお姉ちゃんの事が好きなら喋れても勝ち目がないような…

「…悩んでもどうにもなんないよね…」

デル先輩がルカお姉ちゃんを好きだと確認をとった訳じゃない。
私の思い込みだって可能性がある。
もちろん、思い込み通りだった。ってこともあるのだけど…。

ため息一つ。
雨足が、私の心を写すかのように強まった。

「…帰ろ。」

ネルちゃんの言っていたことも気になる。
期待って何をだろう?

保健室を出て昇降口に向かって歩く。
流石に大音楽祭の二週間前だけあって、通り過ぎていく教室の中は放課後でも賑やかだ。
みんな準備で忙しそう。

二週間。
まだ二週間だが、祭りの規模が規模だ。
もう二週間しかない。
それなのに私のクラスはまだ何をするか決まっていなかった。
だからこそ、ネルちゃんが話し合いに行ったのだが…
別にクラス委員長な訳ではない。
では何故?と聞かれれば「ネルちゃんだから。」としかいえない。
大雑把かつ適当に考えるのに、周りの賛同を得てしまう。
…もっとも、適当に見えてもその実、すべて計算通りなのだが。
一種のカリスマだと思う。
その性格は、どことなくメイコ先輩に似ていた。

もしかしたらそのうち生徒会長の椅子に座ってるかも。
副会長はテトちゃんかな。
…そうなったら私は書記でいいや。
ネルちゃんやテトちゃんほど頭は回らないし。

…しかしネルちゃんが話し合いの場で提案する内容は…
中等部1年の頃から付き合いがある私が予測するに…
十中八九、「メイド&執事喫茶」だろう。うん。しかも指名制。
たぶん、「ミクさんのメイド姿を見たいかー!」と、
「ミクさんの男装をみたいかー!」で満場一致させちゃうに違いない。
その場合、うれしいような悲しいような…複雑な気分です。

…気のせいかな。
今、私の教室の方から「おおおおおおおおおお!!!!」って聞こえてきたような。
気のせい…だよね?

ため息二つ目。
なんか現実になる気がします…


・・・・・・・・・・・・・


「うわぁ…凄い雨…テトちゃんありがとう…」

昇降口に着いて何となく外をみると、雨はさらに激しくなっていた。
バケツの水をひっくり返したような。とは言うが、本当にそうだと思った。
髪を解いて、ツインテールからポニーテールに結い直す。
この方がいくらかは濡れずに済む。

ところで…

「何もないけど…」

期待してて。と、ネルちゃんは言ってたけど…

「ミク、傘あるか?」

……落ち着こう。
きっと夢の続きだ。
そもそもなんでデル先輩が待ってたかわからな…


『雨は想定外。』




『銀は緑を待つ。』

………


『気温は上がる。』

…………


…期待しててって…

…このこと…?

また、ネルちゃんとテトちゃんの意地悪そうな顔が頭に浮かんだ。


「雨降るとは思ってなくてな。」

きっと夢だ…でなければこんな…デル先輩と一緒の傘なんて…!

「テトがきて、ミクが傘持ってるってな。」

デル先輩は、テトちゃんとネルちゃんとも面識がある。
ルカお姉ちゃんが留学して、私がハクさんにお世話になっていた頃からよく遊んでたから。

「…?…ミク大丈夫か?」
「あ、はぃ!大丈夫です!」

とりあえずほっぺたをつねってみた。痛い。

「…顔赤いぞ。熱でもあるんじゃないか。」

熱くて倒れそうです…でも…

聞きたい事がある。
聞かなければならないことがある。
デル先輩がルカお姉ちゃんをどう想っているのか。
…デル先輩を前にして、こんな風にどこか冷静でいられる事なんて滅多にない。

「本当に大丈夫かよ。さっきもいきなり倒れただろ。」
「…あの…デル先輩…」

聞かなければならない。
けど、聞いたから何になるんだろう。
私をどう思ってるか。
ではなくルカお姉ちゃんをどう思っているか。
それで納得する、してしまう答えが返ってくるのか。
ルカお姉ちゃんが好きだとデル先輩が言ってしまったら、私は諦めるつもりなんだろうか。
ルカお姉ちゃんを嫌いになったりするんだろうか。
デル先輩の事も。

こんなこと考えるなんて…私って嫌な子だったのかな…

…ううん、大丈夫。
私はお姉ちゃんを嫌いになったりしない。
どんな答えが返ってきてもデル先輩を嫌いになったりはしない。

「…デル先輩はルカお姉ちゃんの事…」
「よーう!デルじゃねーか!お?誰その可愛い子。
女子高生?紹介してくんね?つか相合傘とかマジうらやましいんだが!」

……いろんな覚悟がぶち壊しです。

「…アカイトうぜぇ。」
「んだよ、久しぶりなのに!相変わらず空気読めん奴だな!」

果たしてこれは空気が読めないのはどっちでしょうか。

「この赤い奴はアカイトつってな。…カイト先輩の従兄弟だよ。」
「紹介さんきゅ。デルとは同じクラスだったんだぜ。…制服見る限り君もピアプロ学校の生徒?」

俺と同い年。と言ったデル先輩はどこか呆れているように見える。
話を聞くに、ピアプロ学校の卒業生だったらしい。
性格は全然似てないけど、確かに外見はカイト先輩にどこか似ていた。

「はい。ミクって言います。」

あれ?っとアカイト先輩が首を捻る。

「誰かと似てるような…」
「…ルカの妹だ。」
「なん…!!」

アカイト先輩の顔がみるみる青くなっていく。
そして泣き出した。

「あっ…あの?どうかしたんですか?」
「あー、ミク。気にすんな。こいつガラスハートなんだよ。…中等部二年の時だったか。」
「言うな!言うんじゃねぇ!頼むから言わないでくれええええぇぇぇ!!」
「どんなリハしたのかしらねーけど、屋上から『ルカさん!俺と結婚してください!』って
告白しやがったんだ。」
「ああああああ!!!!!!聞こえない!聞こえないぞ!!!」
「そ、そうなんですか…」

やっぱりルカお姉ちゃんてモテたんだ…屋上から告白なんて…アカイト先輩って実はすごい人なのかな…?

「お、お姉ちゃんは返事したんですか?」
「したよ。全校放送でごめんなさいってな。」

アカイト先輩が崩れ落ちる。
なんか可哀想になってきた…
それにしてもルカお姉ちゃん…それは流石にきつすぎると私は思うんだ。

「ルカが留学するって聞いたときも大泣きしたよな。」
「た、頼むデル…もうやめてくれ…俺のライフはもうゼロだ……」
「何、今でもルカの事好きなのか。」
「当たり前だ!!」
「ふーん…ま、あいつもう彼氏いるけどな。」
「……まじで………?」
「マジだけど?」

さらに盛大に泣き出してしまった。
アカイト先輩には悪いけどルカお姉ちゃんには彼氏がいる…ってはい?
え、えーっとどう言う事でしょう?彼氏ってデル先輩?あれ、でもそんな口振りじゃ…

「あのっ!それ本当ですか!?」
「ミク知らなかったのか。クリプトン音大の奴じゃないけどな。…別の音大の奴。」
「お姉ちゃんは何も…!」
「紫色の奴。話した事はないけどなんかウザそうだった。」

実際どんな奴なのか知らないけどな。とデル先輩が付け加える。

…ルカお姉ちゃん彼氏いたんだ…よかった…
あ、あれ、でも!

「でもデル先輩ってルカお姉ちゃんの事好きだったんじゃ…」
「は?…いや、そんな事ないけど。なんつーかもう一人の姉で妹みたいなもんだ。」
「え、えと?」
「そんだけ世話焼いたし、焼かれたって事。」
「そう…だったんですか…」

ほっとした。
6ヶ月前にルカお姉ちゃんが帰ってきてからずっと考えていた事。
もしそうだったらってずっと不安だった。

…でも、あと一つだけ。
あと一つだけ知りたい。

「デル先輩…一つだけ…聞いても良いです…か?」
「何?」
「今…好きな人とか…いますか?」
「…いねーけど?」


…気がつけば雨がやんで、太陽が顔を出していた。
…本当に、私の心を写しているようだった。


Episode3 雨と傘と。 END



余談


大音楽祭の出店はミクさんの予想通りの物になりました。

こんな感じ。


ネル「ちゃっちゃと決めようか!メイド喫茶でおーけい?」
女子「それだと男子暇じゃない?」
ネル「じゃあ執事喫茶も兼ねよう!」
男子「めんどいなぁ。」
ネル「ふふふ…男子諸君!ミクさんのメイド姿は見たいか!?」
男子「!?」
ネル「そして女子のみんな!ミクさんの男装とかどうよ!?」
女子「!!」
ネル「ミニスカメイドで恥ずかしそうに、『お帰りなさいませ…ご…ご主人様…』とかさぁ!
なれない格好で『お…帰りなさいませお嬢様…』とか言うミクさんとか見たいっしょ!?」
みなさん「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
テト「はい決定。衣装の手配なり、出す料理なり役割なり適当に割り振るよー。」
クラス委員長「よかった…決まってよかった…」
クラス副委員長「本当にね…」


きっとこんなノリ。ミクさんは女子生徒にも人気です。


空気の読めないアカイトさん登場。
デルさんの悪友かつ親友。
ルカさんにフられた役割当ててごめんなさい。
ルカさん彼氏有り。例の紫色の人。

でもアカイトさん、中等部で結婚してくれ!って告白はどうかと思うんだ。

帰国から6ヶ月以内に彼氏ゲットのルカさんマジぱねぇっす。
…あ、例の件で協力要請行ったあたりから付き合ってたんですか。そうでしたか。すいません。

それにしてもミクさんよかったねぇ。
是非甘い話を期待して待ってるネルさんとテトさんに届けてやってくれ。


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