「期待って…何のことだろ…?」
鞄はベッドの横の椅子に置いてあった。
中をみてみると折り畳み傘が入っている。
それに見覚えのない手紙も。
「…?」
***************************
テトからミクへ
雨は想定外。 銀は緑を待つ。 気温は上がる。
落ち着いて行動もよし、倒れるもまたよし。報告を待つ。
PS、是非甘いのを一つ。僕もネルも期待してるよ。
***************************
…訳が分からない。
傘のお礼は甘いものってことかな?
明日遊びに行った時に奢ってってことなのかな?
それにしても…
あんな夢みちゃうなんて…それにデル先輩があんな事……言ってくれる…なんて……
「……正夢だったらいいのになぁ…」
とはいえ正夢になった所で、デル先輩と面と向かって話なんて私に出来るわけがない。
声を掛けられて、目があっただけで倒れてしまう訳だし…
…正直救いようがないと自分でも思う。
…あれ…なんか泣けてきた…
まともに喋れない訳だし、デル先輩がルカお姉ちゃんを好きだろうとそうでなかろうと、
振り向いてくれたりはしない…
…あれ、でもルカお姉ちゃんの事が好きなら喋れても勝ち目がないような…
「…悩んでもどうにもなんないよね…」
デル先輩がルカお姉ちゃんを好きだと確認をとった訳じゃない。
私の思い込みだって可能性がある。
もちろん、思い込み通りだった。ってこともあるのだけど…。
ため息一つ。
雨足が、私の心を写すかのように強まった。
「…帰ろ。」
ネルちゃんの言っていたことも気になる。
期待って何をだろう?
保健室を出て昇降口に向かって歩く。
流石に大音楽祭の二週間前だけあって、通り過ぎていく教室の中は放課後でも賑やかだ。
みんな準備で忙しそう。
二週間。
まだ二週間だが、祭りの規模が規模だ。
もう二週間しかない。
それなのに私のクラスはまだ何をするか決まっていなかった。
だからこそ、ネルちゃんが話し合いに行ったのだが…
別にクラス委員長な訳ではない。
では何故?と聞かれれば「ネルちゃんだから。」としかいえない。
大雑把かつ適当に考えるのに、周りの賛同を得てしまう。
…もっとも、適当に見えてもその実、すべて計算通りなのだが。
一種のカリスマだと思う。
その性格は、どことなくメイコ先輩に似ていた。
もしかしたらそのうち生徒会長の椅子に座ってるかも。
副会長はテトちゃんかな。
…そうなったら私は書記でいいや。
ネルちゃんやテトちゃんほど頭は回らないし。
…しかしネルちゃんが話し合いの場で提案する内容は…
中等部1年の頃から付き合いがある私が予測するに…
十中八九、「メイド&執事喫茶」だろう。うん。しかも指名制。
たぶん、「ミクさんのメイド姿を見たいかー!」と、
「ミクさんの男装をみたいかー!」で満場一致させちゃうに違いない。
その場合、うれしいような悲しいような…複雑な気分です。
…気のせいかな。
今、私の教室の方から「おおおおおおおおおお!!!!」って聞こえてきたような。
気のせい…だよね?
ため息二つ目。
なんか現実になる気がします…
・・・・・・・・・・・・・
「うわぁ…凄い雨…テトちゃんありがとう…」
昇降口に着いて何となく外をみると、雨はさらに激しくなっていた。
バケツの水をひっくり返したような。とは言うが、本当にそうだと思った。
髪を解いて、ツインテールからポニーテールに結い直す。
この方がいくらかは濡れずに済む。
ところで…
「何もないけど…」
期待してて。と、ネルちゃんは言ってたけど…
「ミク、傘あるか?」
……落ち着こう。
きっと夢の続きだ。
そもそもなんでデル先輩が待ってたかわからな…
『雨は想定外。』
…
『銀は緑を待つ。』
………
『気温は上がる。』
…………
…期待しててって…
…このこと…?
また、ネルちゃんとテトちゃんの意地悪そうな顔が頭に浮かんだ。
「雨降るとは思ってなくてな。」
きっと夢だ…でなければこんな…デル先輩と一緒の傘なんて…!
「テトがきて、ミクが傘持ってるってな。」
デル先輩は、テトちゃんとネルちゃんとも面識がある。
ルカお姉ちゃんが留学して、私がハクさんにお世話になっていた頃からよく遊んでたから。
「…?…ミク大丈夫か?」
「あ、はぃ!大丈夫です!」
とりあえずほっぺたをつねってみた。痛い。
「…顔赤いぞ。熱でもあるんじゃないか。」
熱くて倒れそうです…でも…
聞きたい事がある。
聞かなければならないことがある。
デル先輩がルカお姉ちゃんをどう想っているのか。
…デル先輩を前にして、こんな風にどこか冷静でいられる事なんて滅多にない。
「本当に大丈夫かよ。さっきもいきなり倒れただろ。」
「…あの…デル先輩…」
聞かなければならない。
けど、聞いたから何になるんだろう。
私をどう思ってるか。
ではなくルカお姉ちゃんをどう思っているか。
それで納得する、してしまう答えが返ってくるのか。
ルカお姉ちゃんが好きだとデル先輩が言ってしまったら、私は諦めるつもりなんだろうか。
ルカお姉ちゃんを嫌いになったりするんだろうか。
デル先輩の事も。
こんなこと考えるなんて…私って嫌な子だったのかな…
…ううん、大丈夫。
私はお姉ちゃんを嫌いになったりしない。
どんな答えが返ってきてもデル先輩を嫌いになったりはしない。
「…デル先輩はルカお姉ちゃんの事…」
「よーう!デルじゃねーか!お?誰その可愛い子。
女子高生?紹介してくんね?つか相合傘とかマジうらやましいんだが!」
……いろんな覚悟がぶち壊しです。
「…アカイトうぜぇ。」
「んだよ、久しぶりなのに!相変わらず空気読めん奴だな!」
果たしてこれは空気が読めないのはどっちでしょうか。
「この赤い奴はアカイトつってな。…カイト先輩の従兄弟だよ。」
「紹介さんきゅ。デルとは同じクラスだったんだぜ。…制服見る限り君もピアプロ学校の生徒?」
俺と同い年。と言ったデル先輩はどこか呆れているように見える。
話を聞くに、ピアプロ学校の卒業生だったらしい。
性格は全然似てないけど、確かに外見はカイト先輩にどこか似ていた。
「はい。ミクって言います。」
あれ?っとアカイト先輩が首を捻る。
「誰かと似てるような…」
「…ルカの妹だ。」
「なん…!!」
アカイト先輩の顔がみるみる青くなっていく。
そして泣き出した。
「あっ…あの?どうかしたんですか?」
「あー、ミク。気にすんな。こいつガラスハートなんだよ。…中等部二年の時だったか。」
「言うな!言うんじゃねぇ!頼むから言わないでくれええええぇぇぇ!!」
「どんなリハしたのかしらねーけど、屋上から『ルカさん!俺と結婚してください!』って
告白しやがったんだ。」
「ああああああ!!!!!!聞こえない!聞こえないぞ!!!」
「そ、そうなんですか…」
やっぱりルカお姉ちゃんてモテたんだ…屋上から告白なんて…アカイト先輩って実はすごい人なのかな…?
「お、お姉ちゃんは返事したんですか?」
「したよ。全校放送でごめんなさいってな。」
アカイト先輩が崩れ落ちる。
なんか可哀想になってきた…
それにしてもルカお姉ちゃん…それは流石にきつすぎると私は思うんだ。
「ルカが留学するって聞いたときも大泣きしたよな。」
「た、頼むデル…もうやめてくれ…俺のライフはもうゼロだ……」
「何、今でもルカの事好きなのか。」
「当たり前だ!!」
「ふーん…ま、あいつもう彼氏いるけどな。」
「……まじで………?」
「マジだけど?」
さらに盛大に泣き出してしまった。
アカイト先輩には悪いけどルカお姉ちゃんには彼氏がいる…ってはい?
え、えーっとどう言う事でしょう?彼氏ってデル先輩?あれ、でもそんな口振りじゃ…
「あのっ!それ本当ですか!?」
「ミク知らなかったのか。クリプトン音大の奴じゃないけどな。…別の音大の奴。」
「お姉ちゃんは何も…!」
「紫色の奴。話した事はないけどなんかウザそうだった。」
実際どんな奴なのか知らないけどな。とデル先輩が付け加える。
…ルカお姉ちゃん彼氏いたんだ…よかった…
あ、あれ、でも!
「でもデル先輩ってルカお姉ちゃんの事好きだったんじゃ…」
「は?…いや、そんな事ないけど。なんつーかもう一人の姉で妹みたいなもんだ。」
「え、えと?」
「そんだけ世話焼いたし、焼かれたって事。」
「そう…だったんですか…」
ほっとした。
6ヶ月前にルカお姉ちゃんが帰ってきてからずっと考えていた事。
もしそうだったらってずっと不安だった。
…でも、あと一つだけ。
あと一つだけ知りたい。
「デル先輩…一つだけ…聞いても良いです…か?」
「何?」
「今…好きな人とか…いますか?」
「…いねーけど?」
…気がつけば雨がやんで、太陽が顔を出していた。
…本当に、私の心を写しているようだった。
Episode3 雨と傘と。 END