桜華茶房
Episode4 大音楽祭 - 想いよ届け君に -
他のクラスが既に準備を始めている中で一足遅く出店内容が決まった私のクラスは、
それはもう目の回る忙しさだった。
ネルちゃんが指揮をとって飾り付けやら接客指導…
なんでメイド執事喫茶の接客内容にそこまで詳しかったのかわからないけど。
を急ピッチで進めて、テトちゃんの管理と指揮の元で衣装を制作。
結局、大音楽祭の2日前に準備が終わった。
…なんだろう。
忙しかったと言えば忙しかったけど…「準備」と言う点だけで言えば
1週間もかからなかったんじゃないだろうか。
ネルちゃんは男子生徒にもメイド口調教え始めて笑い転げてるし、
テトちゃんはメイド衣装男子生徒にも着せてるし…
なんかメイドも執事も関係ないような着ぐるみまで作ってるし…
それにノリノリなクラスのみんなにも困ったものです。
「よし、衣装できあがったしここらでミクさんにファッションショーでもしてもらおうか。
ネル隊長、準備を頼む。」
「任せろテト隊員!」
って着せかえ人形みたいに遊ばれたし…ちょっとしたステージが教室にできてるし…
でもなんだかんだ言って、横道に逸れまくった準備は楽しかった。
…ちなみに、このステージは別に使うつもりはないらしくて、
結局解体して片づけるという手間がかかった。
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「俺達がこの祭りを始めた時も思ったんだけど、
祭りに開会式ってどうなんだろうって今でも思ってます。」
ピアプロ学校の校庭に作られたメインステージの上で、カイト先輩が前口上を述べる。
「なんで開会式かってのは…まぁ、元の生徒会長のメイコ先輩が
開会式から始めるぞーって言ったからってだけなんですが。」
まあそんな話はどうでもいいんです。とカイト先輩が苦笑する。
「俺達が実行したこの祭りが、この学校だけに留まらず街の伝統となっている事を誇りに思います。
まだたったの4年目ですが、今年も三日間、盛大に楽しみましょう!」
歓声と拍手が上がる。
その歓声と拍手が大音楽祭の始まりを告げる鐘となった。
あ、もう一つ聞いてくださいとカイト先輩が場を静める。
「…早速で悪いですが、このステージをちょっとお借りします。
祭りの景気付けになるかもわかりませんが、一曲歌わせてください。」
カイト先輩が、お願いしまーす。と、舞台袖に声を掛けた。
クラシック関係の選択をしている生徒達が各々楽器をもってステージに立つ。
「曲は、『夜の女王アリア』を。十八番なんで。
…まぁ歌詞の訳は祭りの始まりとしてはふさわしくないですが…」
***********************
お昼時を迎えた喫茶店は戦場だった。
私達と同じように食べ物関連の出店のしているクラスは多かったが、
それ以上に他の学校の生徒も一般の人も多かった。
「ミク指名!席番6!メイド!」
「了解!」
急いで更衣室で執事服からメイド服へ着替える。
私は執事とメイドの二役だった。
他にも二役の子はいるが、どうやら私が頭一つ抜けて指名が多いらしい。
…尚、指名は基本的に会計時に+500円だそうだ。
着替えてる間にも、ネルちゃんから接客役のみんなに指示が飛ぶ。
しかしテトちゃん…これスカート短すぎない…?
ミクにはこんくらいのほうが似合う。と、私専用に作ったらしい。
全体的にどこか手が込んでいた。
着替えを終えてテーブルに向かおうとするとネルちゃんから追加の指示。
「ミクー!ケース2だから!」
ケース1は先生方だから慎重に。
ケース3はカップルだからいろんな意味でほどほどに。
…もっとも、カップルで指名有りはまずないけど。
そしてケース2が身内。
「おぉ、ミク可愛いー!」
「こんにちは。ミクちゃん。」
「妹を見にって言ったらついてきちゃったの。」
メイコ先輩にハクさんにルカお姉ちゃんだった。
あ、あんまりこの格好見られたくないんだけど……
ハクさんの親友だったメイコ先輩は、私がハクさんにお世話になっていた頃に、
一緒に遊びに行ったこともある。
ネルちゃんとテトちゃんも一緒に。
「ねぇ、ルカ?これ可愛いからもって帰って良い?」
「だめですメイコ先輩。私の大切な妹ですから。」
「残念ねぇ。…ハク、任せた。」
「はいはい。…えーっと、ミクちゃん、お酒は…無いわよね。
ローズマリーとダージリン、ミルクティーと…あとおすすめのケーキでお願い。」
「えぇ?いいんですかハクさん。おすすめなんて…一番高いの持ってきますよー?」
「いいのよ。どうせメイコの奢りだから。」
「何ぃ!聞いてないわよ!?」
「メイコは私に任せるって言ったよね?その場合は『采配から何から全部任せる。』でしょ?
だからそういう割り振り。諦めて奢る事。」
どこか得意げな口調のハクさん。
私の知っているハクさんの口調とは全然違うけど、きっとメイコ先輩相手だからかな。
ぬうううハクめ…覚えてろ〜…とメイコ先輩が唸る。
どうやら生徒会長と副会長だった頃の決まり事のようだった。
「テトちゃん、6番テーブル一番高いので!」
「了解、準備してくるよ。」
注文内容を伝え、紅茶を持って6番テーブルに戻る。
教室の外には伝説の生徒会の三人がいるという事を聞きつけてか、かなりの人がいる。
三人は全く気にしてないようだけど。
「紅茶持ってきました!」
「ありがとミクちゃん。ローズマリーはルカに。ダージリンはメイコ、ミルクティーは私で。」
紅茶を受け取った三人がカップに口を付ける。
何故なのかはわからないが、その三人の動作はとても上品で、それでいて優雅に見えた。
見えたのだが…
実際はメイコ先輩は普通にのんでるし、ハクさんは猫舌みたいでゆっくり飲んでるし…。
ルカお姉ちゃんは贔屓目でなくてもすごく上品に飲んでたけど。
たぶんこの三人の持ってる空気に当てられたのかもしれない。
「でもこんなにゆっくりしてても大丈夫なんですか?ステージの方の伴奏全部するって…」
「あぁ、それね。ハク?」
「えと、もうしばらくはクラシック系だから、私達はまだお呼びじゃないのよ。
あと2〜3時間くらいかしら。」
そういえば忘れていた。
大音楽祭の山場の一つでもある学年別代表のコンサート…私も歌うんだった…
「そういえば、ミク歌うのよね?」
「うん。」
「おー、流石ミク。やるわねぇ。」
「おめでとう。ミクちゃん。」
学年別代表は、『基本的に各学年で在学中にプロデビューしている者の中』から選ばれる。
音楽祭初日は歌手でデビューしている者がステージに立つ。
二日目はダンサー、三日目は奏者。
ちなみにルカお姉ちゃんが留学前にはデビューしていないにも関わらず
三日連続でステージに立ったことがある。
…もっとも、4年前の一回目の大音楽祭でだけど。
とはいえ選出基準は一回目から変わっていない。
基準を作ったのはハクさんだったが、生徒会のメンバーという贔屓目でもなく、
ただ単に能力的にルカお姉ちゃんだったらしい。
奏者としてならデル先輩のはずだったが、「めんどくさい」とスルーしたそうだ。
結果的にここ4年間の中で、デビューしている者ではない唯一の例外かつ、
三日連続の記録はやぶられていない。
尚、余談になるが、今年は中等部二年のリンちゃんとレン君の二人が
歌と演奏の項目でピックアップされていた。
が、じゃんけんをした結果、歌がリンちゃんで演奏がレン君という事になったらしい。
ダンスの項目でも評価されてきていて、もしかしたら来年二人の名前が
3項目全部にピックアップされているかもしれない。
「さて、ごちそうさまでした!」
「メイコ、会計お願いね。」
「じゃぁミク。また後でね。」
「はい!ありがとうございました!…あ、あの、デル先輩とカイト先輩は?」
「あー、たぶんカイトもデルも女の子から逃げてるんじゃない?」
「あの二人は人気だしね。羨ましいわ。」
あの…メイコ先輩もハクさんも、自分の事を自覚してください…
「ハク先輩もメイコ先輩も謙遜のしすぎですよ。もうちょっと自覚してください。
…まぁでも…確かにデルもカイト先輩も人気ですけど。私なんか全然ですし。」
「…ルカお姉ちゃんも自覚してないよー…」
「ミクさんも自覚してないと思うけどね!」
「わっ…ネルちゃん驚かさないで…って、私ってそんな人気なの?」
「…ネル隊長…ミク隊員はもうどうしようもないかもしれない。」
どこからでてきたのかテトちゃんもいる。
「そうだなテト隊員…だが、今に始まった事じゃない…さてそれより、
ご来店ありがとうございますお姉様方!」
「あら、ネルとテトじゃない。久しぶりねぇ。大きくなっちゃってまぁ。」
「いえいえ、メイコ大元帥ほどでは!」
あ、明るい!この二人が話をしてると明るすぎてまぶしい!
あっはっはっはと豪快に笑うメイコ先輩とネルちゃん。
やっぱり性格がどこか似ている。
テトちゃんはハクさんと話をしている…なんか経営のスリム化がどうのこうの…よくわからない。
「こっちの二人も、そっちの二人も相変わらずね。」
「うん…ねぇお姉ちゃん。ネルちゃんとメイコ先輩って結構性格似てると思わない?」
「姉妹でないのが不思議なくらい似てるわね。
テトちゃんは、どこか合理的に考えるって所がハク先輩にそっくり。」
「あはは。確かに似てるかも。」
私らに言わせれば。とメイコ先輩とネルちゃん。
ハクさんとテトちゃんがこっちに向きなおる。
「「「「どこか抜けてるところが流石に姉妹だけある。」」」」
「ひ、ひどいよネルちゃんテトちゃん…」
「メイコ先輩…ハク先輩…ひどいです…」
…あ、やっぱり似てるかも。
Episode4幕間
きっと気になるその頃のデルさんとカイトさん。
「だから控え室にいようっていったじゃないすかカイト先輩…」
「…ごめんデル…アイスが乗ってるおいしいワッフル出してる店あるって聞いて…
朝っぱらからアリアやったから甘い物が食べたくて…」
「姉貴やメイコ先輩に買い物頼めばよかったんですよ…」
「ふがいない先輩でごめん…」
デルが煙草に火をつける。
多すぎるファンから逃げ回ってかれこれ2時間だ。
まともに食べ物を食べていない。
そして、今は男子トイレに逃げ込んで一息ついている状態。
が、長くは休めなかった。
「きゃー!いたわあああああああああ!ここ!ここよー!」
まさしく地鳴りが聞こえる。
「見つかった…か…。」
「デル…窓から逃げろ。俺が囮になる…フッ…心配するな。
死なないさ…一度くらいは先輩らしいことさせてくれよ。」
「…カイト先輩…一ついいっすか。」
前々からデルは聞きたいことがあったが、なんだかんだで聞くのを忘れていた。
聞くならば今しかないと、デルは思った。
「行け!早く!」
そういってカイトは白いコートを脱ぎ捨てる。
トレードマークでもある青いマフラーは着っぱなしだ。
「行けぇぇぇぇデル!早く逃げるんダァァァァァァ!!」
そしてついに、前々から思っていたことをデルは口にした。
「カイト先輩は…やっぱりアホなんすか?」
ふわりと吐き出された煙草の煙が、換気扇の中に吸い込まれていった。
**********************
「さて……これは喜ばしいことだが…どう思うミク隊員。」
「喜ぶべきだと思うんだけど…こうなるとは流石に…ねぇ、テトちゃん?」
「…僕もこれは流石に想定してなかったよ。」
今日店で出す一日分と、クラス全員分の軽い晩ご飯を想定して仕入れていた各種材料は、
お昼時を過ぎた時点でほとんど残っていなかった。
喫茶店となっていた教室の扉には『材料がなくなったので閉店』と、張り紙がしてある。
「まぁご飯は各自適当に食えるかー。まだ残ってるとこはあるだろうし。
クラス全員自由時間ができたって事は素直に喜べるんじゃない?
…テトは明日の分の仕入れあるけど。」
「もう済ませたよ。ついでに明後日の分もね。
ハク先輩が今日現時点の来場者数から明日明後日の人数予測してくれたからそれに合わせて。」
「さ、さすがテト隊員…仕事が早い…。」
本当に…というかハクさんもハクさんでそんなに予測できる物なのかな…
その人数の予測に合わせてって事は、私達の喫茶店への入店人数をテトちゃんは予測したのかな。
「ま、いいか!んじゃさ、どっかになんか食べにいこう!ミクはまだステージまで時間あるよね?」
「うん、大丈夫…なはず。…えーっと…」
「今だと丁度中等部1年で始まったばっかりだね。
一人10分の、間5分だから45分後にはミクはステージの上にいないとダメ。」
「…これはあまり時間がない部類だな。テト隊員。」
「そういう事だな。ネル隊長。実質最高40分しかない。」
もう40分くらいしかないんだ…どうしよう…
ルカお姉ちゃん達伴奏で歌うのはすごくうれしいんだけど…
うれしいんだけど…!
「おやおや?40分くらいしかないって思うと流石のミクさんも緊張してきたかな?」
「いやね…大人数の前で、大きなステージに立つ事事態は大したことないんだけど……」
「おーおー、流石はミクだ。僕はその辺うらやましいな。」
「あ、わかった。ミクさんはデル先輩と一緒のステージって事に緊張してるんですねわかります。」
当たりでしょ?とネルちゃんはいつもの顔だ。
「うぅ…そうだけ…ど…」
「僕はあんまり気負う必要はないと思うけどね。理由はわかるけどさ。」
「まぁ確かに。普通に顔なじみだからねぇ。」
「そうなんだけどそれだけじゃないの…普通の…普通の歌だったらよかったんだけど…!」
一番の問題はそれなのだ。
なんの曲を歌うかって言うのは代表に選出された時点で決まる。
基本的な選出基準通りなら、ステージに立つのは既にプロデビューしている者だ。
よって歌手でデビューした者であれば、
売り上げ上位のCDから時間内に収まる範囲で数曲選ばれる。
ダンサーや奏者なら自分で選ぶことはできるのだが。
そして、私の売り上げ上位の曲は…
「二曲なんだけど…両方とも恋の歌…なんだもん…」
その二曲が嫌いなわけではない。むしろ大好きだ。
作詞作曲してくれた人は細かい注文も受け付けてくれて、私が歌いやすいように工夫もしてくれた。
その上デビューシングルという事もあって想い入れもある。
「そりゃ丁度良い。勢いで告白しちゃえ!」
「え、ええ!?無理だよぉ…」
「ほう、じゃあミクはデル先輩の事別に好きでもないと言う事かな?よし、じゃあ僕が一足先に…」
「え、あ、だ、だめー!好きだもん!大好きだもん! ……あ………。」
「テト隊員…こいつはなかなか…」
「あぁ、ネル隊長……」
ー 見事な惚気ですね ー
ー 期待以上だ ー
「ぅぁ……………」
… へんじがない ただの しかばねのようだ …
「…どうしようネル隊長。ミクがおもろい。」
「問題ない…いつも通りだ…が……ちょっちやりすぎちゃったかねぇ。
真っ赤になったまま固まっちゃったよ。」
「んー。とりあえず控え室に持って行く?」
「そだね。間に合わなかったら何かとダメだし。それに…」
「眠り姫を起こすのは王子様の役目ってね。」
******************
「ちょっとお邪魔しますよっと。」
「同じく失礼しまーす。」
「ま、誰もいないか。」
「今中等部三年始まったみたいね。ネル、これどこ置いとく?」
「とりあえずその辺の椅子でいいんじゃない?」
「しかしあれだね。出待ちのファンの壁を抜けるだけで30分もかかるとは。
…おーいミクー?……うん。まだ反応がない。」
「んー、王子様に起こしてもらえれば一番いいんだけど。
でもな……んー、デル先輩がきたら起きるか起きないか。どう思うテト隊員。」
「おそらく余計起きないんじゃないだろうか。」
「そう思うかテト隊員。しかしそれでは私らが面白くない。」
「あぁ。何か手を打たねばならないが。」
「だが、これがミク隊員である以上、一つしかない。」
「その手しかないのか…デル先輩がキスの一つでもして目覚めたっていうのがやはり最高だが…」
「残念だが流石に、な。…私ら的にはあまり面白くはないが、ルカ元帥に頼むしかあるまい。」
「まぁ仕方ないな。」
「見たところミク隊員の曲の楽譜がまだ置いてある。おそらく一端取りに戻ってくるだろう。
テト隊員、残り時間は。」
「おおよそ後4分。」
「把握した。舞台袖に潜入し、終了した時点でルカ元帥に急ぐようにと伝令を。
デル先輩は1分ほどの足止め。誤差30秒で頼む。」
「了解した。他のメンバーは?」
「ミク隊員の復活後、私がそれとなく移動させる。
理由を話すのもやぶさかではない。では、健闘を祈る。」
「健闘を。」
********************
「…ミク…足下に… - - が……」
「っきゃああああああああああ!!!!!!???」
「おお、流石はルカ元帥!一言囁いただけでミクさんが目が覚めるとは!」
「ほんとにアレ!?アレがいるの!?どこに!?」
「冗談よ。上の空だったから緊急手段。あと5分もないんだから急いで準備しなさい。」
何が5分…あれ、て言うかここは…?
教室でネルちゃんテトちゃんとお話してたはずなんだけど……
確か材料なくなってお店閉めて…そして歌がどうこう…あ………
「えぇ!?あと5分もないの!?なんで!?いつのまにそんなに時間が!」
「ミク隊員…その…だな。覚えていない方がいいと言う時もあるのだよ。」
「そうなの?」
「そうなのです。…と、ルカさんとメイコ先輩とハク先輩とカイト先輩。
どうぞ、楽譜です。あとちょっとお話があるので…時間もないでしょうし、舞台袖あたりででも。」
「時間なんてそんな気にする事はないわよ。
どうせ私らがステージに立たないことには始まらないし〜」
「メイコ…それはプロの歌手が言って良い台詞じゃないでしょ…」
「そうだよめーちゃん!あんなに一杯のお客さんを待たせる訳には!」
「カイト相変わらず馴れ馴れしいわね…その呼び方はやめてって何度…」
「はいはい、メイコ先輩もカイト先輩も止めてください。
本当に時間ないんですから…じゃぁミク。ステージの上でね。早く着替えてくるのよ。」
「(おぉ、ルカさんナイスすぎる!) いやー、忙しいのにすいませーん。
じゃ、ミク、色々がんばれ!」
色々って?
「あ、うん。」
メイコ先輩をハクさんがなだめながら、カイト先輩はどこか落ち込みながら、
ルカお姉ちゃんの背中をネルちゃんが押しながら、それぞれ控え室を出ていく。
そして、控え室の扉が閉まる瞬間、ネルちゃんは確かにこっちを振り向いて、
私をからかうときの…あの、意地悪そうな笑顔を浮かべていた。
「なんか…嫌な予感……でもまずは着替えなきゃ…衣装は確か控え室の…」
控え室の一角の箱の山から自分の名前の書かれている箱を引っ張り出す。
着馴れてる衣装だった。2分もかからず着替えることができるだろう。
とはいえ万が一にも遅れることは許されない…ような気がしたので、プロ根性でとにかく急ぐ。
着替えるより歌う事にプロ根性を発揮した方がいいと言う事はとりあえず気にしないでおく。
…もっとも、両方ともきっちりこなすのがプロって言う物だとは思うが。
よし!着替え終わり!残り時間は……だいたい……おお、新記録!
なんと30秒で着替え終わった。
…自分でも無駄なほどがんばったと思う。
少しはステージに向けて集中する時間もできたし、丁度良い。
ガチャリ。
ドアの開く音。
閉じていた目を開く。
「ん、悪ぃ。邪魔したか。」
…思い出した。教室で話してた事…
「あ、いえ、大丈夫ですっ!デル先輩!」
それに、恋の歌という事と、デル先輩と一緒にステージに立つという事。
あああああ、どうしよう…どうしよう…!
「…何、緊張してんのか。」
「は、はぃ…」
「これよりでかいステージでやった事があるって話も聞いたけどな。」
「え、えと…その…ルカお姉ちゃんとか…ハクさんの演奏で歌えるって言うのが…
うれしいんですけど…その…失敗しちゃったらって思うと…」
「心配ないと思うけどな。ルカも姉貴もうまくリードしてくれるだろ。」
「で、でも…!」
「…自信持て。俺らが後ろに居てもいつもとかわんねーよ。
場数は踏んでるんだろ?なら問題はないさ。…がんばれ。できるだろ、ミク。」
…あぁ、やっぱりだめだ。こんな状態で歌えるわけない。
頭の中が真っ白だし、こんなにも心臓の音がうるさい。
これじゃ伴奏が聞こえない。
でも、目の前にいる人はできるだろうって。
私が一番好きな人はがんばれって。
頭の中が真っ白なのに。
心臓がうるさくて音も聞こえないのに。
どうして歌える気がするんだろう。
なんでこんなにがんばれる気がするんだろう。
「…どうしたミク?」
「デル先…輩…」
ありがとうって言わなくちゃ。
勇気づけてくれたこと。できるって言ってくれた事。
そして、「好きです」って言わなくちゃ。
怖くてどうしても言えなかったこの気持ちを。
でも口が動かない。
今だけでいい。私に…勇気を…
「そろそろ時間だな。ミク、早くこいよ。」
「待って…デル先輩…」
「何?」
体が震えてる。
心も震えてる。
一言。
一言でいいのに。
「あの…あのね…………あ……」
あなたが好きです。そう、言わなくちゃ。
言わなくちゃ……
「あ……頭を…なでてくれませんか………」
「ん。 …こうか?」
…私の意気地なし……
「…ありがとうございます…落ち着きました…。」
「そうか。んじゃ行くか。」
「あ、先に、行っててください…すぐ行きます。」
「…上で待ってる。」
扉を開けてデル先輩が出ていく。
…言えなかった。どうしても言葉にできなかった。
…あと2分…遅れるかもしれないけど…
今だけ……ちょっとだけ泣いていいよね。
自分の意気地のなさに。
昔してくれたように、頭をなでてくれた事に。
でも。
でもね。
今なら…今ならすごくいい歌が歌えそう。
言葉じゃ言えなかったから。
歌に。
歌に今の私の想いの全てを乗せて。
Episode4 大音楽祭 - 想いよ届け君に - END
余談
ちなみに、4年前のカイトが謎の人脈によって引き入れた知事の名字は村田。
警察の人は小野寺です。
きっと卑怯な手を使ったに違いない。
子猫とかを人質にとったんじゃないかなぁ。
ミクさんとルカさんは私の方がしっかりしてるとおもっているようです。
でもんなこたない。
両方ともどこか抜けてます。
後書きチックな何か
はい。拙い文章でしたがこれで終わりになります。
お粗末。
最後付近までのBGMはメルト(音量は小さめ)でどうぞ。
ステージに上がるまでっていうか上がる直前で終了です。
そしてラストは「初めての恋が終わる時」の歌詞を参考に。
部分部分にちらばってます。
5分の曲なんで、BGMにした場合、曲が終わる前に余裕で読み終わるっていう。
俺基準で2分以内…下手すりゃ1分くらいじゃ…
もうちょっと内容を深く考えればよかったんですが……そのー……
あまりに自分で書くにはやたらとこっ恥ずかしい文章だったので。
これ以上がんばるとたぶん頭から湯気がでる。
男にゃつらいっす。
あ、俺だけですかそうですか。
昔書いてたのは比較的どたばたぎゃーぎゃーばっかりだったもんで…
この手の話の本数は少な目よって経験値がいまいちアレです。
頭をなでるっていうのがやりたかった。
Episode1の複線回収。
全体のテンポは悪いけど、最後の でも。 からの流れだけは自画自賛。
まぁありがちな流れだとは思いますけどね!
メルト風味+初めての恋が終わる時っていう
当初の宣言はここまで長めに書ける場所あっての事でした。
わざわざBBSとして書ける場所を提供していただいてありがとうございます。
なんだかんだで久々に書いたので楽しかったです。
重ねて、お礼を申し上げます。
ありがとうございました。
*たまねぎ剣士様から、一周年記念で頂きました!
「書いてもいいかな‥」という素敵なお言葉に、遠慮せず乗っかってしまいすみませんでした‥。
サイトを持っている方ではないのに、ご無理を言ってしまい申し訳ありませんっ‥(平伏)
ですが、こんな可愛らしい小説を一周年に頂けて大変嬉しいですv
ボカロで、お話できる方が少ないのでこうやって書いていただく機会もないので
本当に書いて下さったたまねぎ剣士様にはありがたくて、頭が上がりません‥。
デル←ミクの可愛い片想い話のおおすじの中に、
ところどころ散りばめられた個性的な他のキャラや
思わず「にやり」としてしまうボカロネタの数々に楽しませて頂きましたv
こちらこそ、重ねてお礼を言わせてくださいませ、ありがとうございますっ!!
上げさせて頂いた小説はBBSに上げて頂いたものと、あまり変えず載せましたが
所々上げやすいようにしてしまったため、気に入らないことがありましたら仰ってくださいね。
本当に、ありがとうございました!
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