「で、ミク?今日は何通入ってたの?」
「…2通入ってた。」
「流石に少なくなってきたねぇ。」
今、私の手には2通の便箋がある。
高等部に入ってデビューしてからという物、私の下駄箱には毎日のように…
その…いわゆる「ラブレター」が入ってる。
最近は少なくなってきているが、デビューから最初の一週間は、一日当たり15通前後入っていた。
「どうする?また配達しようか?」
「うーん…ちゃんと自分でお断りしてくるよ…」
「そっか。…しっかし人気があるってのも考え物だねぇ。」
「うぅ…罪悪感感じるなぁ……」
「いっそ好きな人がいるって事だけバラせば?」
「そ、それはちょっと……」
前に自分一人で返事できる量じゃない時に、送ってくれた人には悪いけど、
ネルちゃんに頼んで返事を書いた手紙を配達してもらった事がある。
少なければ私が直接返事をしに行くんだけど…
その時一時的にネルちゃんは男子生徒から「不幸の配達人」とまで呼ばれた。
呼ばれてた当の本人は「やっば、それ格好いい!」と、喜んでたけど。
…本当に喜んでたから反応に困る。
「やほー、お二人さん。」
「テト隊員!テト隊員じゃないか!」
「テトちゃんおはよー。」
テトちゃんはネルちゃんと同じく私と同級生。
中等部の時からずっと一緒のクラスで、よく一緒に遊びにもいきます。
「あれ、ミクまたラブレター?」
「うん…」
「好きな人いるってことバラせばいいのに。」
「テト隊員。それはさっき私も言ったぞ。」
「なんとネル隊長。そうでしたか。」
…この二人のコンビネーションは最凶です…私をからかう事に関しては。
もー!この二人は…!
2週間後にある大音楽祭について話をしつつ教室へ向かうと、なにやら教室前に人が集まっていた。
どうしたの?と、聞くと、「主役がきたぞー!」と、訳も分からず集まりの真ん中に通された。
……想像はつくのだけれど。
…そしてそこには高等部二年の風見音先輩が、神妙な面持ちで立っていた。
「おっと一人目ですよネルさん。」
「そうですね、テトさん。」
「「じゃ、私らも見学する事にしよう!」」
あー、はい、いつも通りの見学ですねわかります。
とりあえず私から切り出す。
「えと…なんでしょう?風見音先輩。」
「その…なんだ…えーっとだな…」
あ、また一人玉砕しに来てるよー。とか、断るに50円とか…同級生のみなさん、自重してください。
まがりなりにも先輩なんだから…これじゃ賭になんねーよ!っていう声も聞こえてきます。
風見音先輩は決心したのか、顔を上げる。
「ミクさん!俺と付き合ってください!」
間髪いれずに、
「ごめんなさい!」
風見音先輩ナイスファイトー!とか、私じゃだめですかー?っていう声が聞こえてくるけど…
たぶん聞こえてない…よね…。
「あの…本当にごめんなさい…」
「い、いや…むしろはっきり言ってくれてありがとう…」
回れ右をして、とぼとぼと風見音先輩は教室に戻っていった。
「…ふむ、彼はなかなか見事な玉砕だったな。ネル隊長。」
「そうだなテト隊員。…実に何人目の玉砕だね?テト隊員。」
「この教室の前で玉砕したのは実に39人目だ。ネル隊長。」
「なんと。ちょっとした記念日だな。テト隊員。」
「そうだなネル隊長。」
そんな記念日はうれしくないよテトちゃんネルちゃん…
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昼食の時間が終わり、選択授業の教室へ向かう。
今日の選択の一限目はギター。
ネルちゃんもテトちゃんも一緒です。
「今日ハクさん来て……ひとだかり出来てるね。」
「ハクさん来てるねぇ。」
よくある事だけど、色紙をもってる人までいる。
流石ハクさん…あれ?でも今日大音楽祭の打ち合わせって言ってたような……
それに心なしか女子生徒が多い……?気のせいかな…?
「…テト隊員。これはもしかしたらもしかするぞ。」
「あぁ、ネル隊長。おもしろい事になってきたな。」
二人は顔を合わせて意地悪そうに笑っている。
…どういうことなんだろう?
とりあえずそれは置いておくにしても、これでは教室に入れない。
軽く立ち往生しているとチャイムが鳴った。
先生がきて、ひとだかりが蜘蛛の子のように散っていく。
「ま、仕方ないねぇ。」
「確かに伝説の生徒会だしね。仕方ないね。」
うんうんとネルちゃんもテトちゃんも頷くが、私の頭にはまだ ? が浮かんでいる。
「ハクさんやっぱり凄い人気だね…教え方も上手だし…」
…なんでネルちゃんとテトちゃんはそんなに不思議そうな顔を?
「……どうしようネル隊長。この後のミクさんに起きる事が鮮明に頭の中で再生されます。」
「安心しろ。私もだテト隊員。」
「…え?さっきからどうしたの?」
「…本当に気づかないのかこの子は…。」
「まあいいだろうテト隊員、その方が面白いし!…ほら、ミク!早く教室入ろう!」
二人に背中を押されながら教室に入ると、そこに先生と、銀髪の「男の人」がいた。
「…え…なん…あ、あれ…?」
背中を押していた二人に「知ってたの!?」と、聞こうと後ろを振り向く。
が、そこに既に姿はなく、席に着いてニヤニヤしていた。
…なんという素早さ。
というか何時の間に横を通り抜けたんだろう…
「…ミクさん、早く席に。」
「は、はいぃ!すいません帯子先生!」
わかってる。
わかってるんだけど…割り当てられた自分の席へ最短ルートで向かうなら…
デル先輩の前を通らなくちゃいけない…。
変に遠回りするのもおかしい…よね…。
う〜……よし、私!ひとまず落ち着こう!冷静に、冷静になるのよ!!
この教室にはきっと誰もいないの!あそこに椅子があるからなんとなく座りに行くのよ!
素数よ!素数を数えるの!…あれ、でも素数って何だっけ?
よし、あの椅子に座って考えよう。
頭の中をすり替えて席に向かう。
「……よう。」
誰かに声を掛けられた。
私だけに聞こえるような小さな声で、
その声は
間違いなく
デル先輩の声だった。
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ゆっくりと床が迫ってくるのが見える。
どうやら私は転ぶ所らしい。
あぁ!デル先輩の前でッ…!
迫ってくる床を前に、転んだらスカートめくれちゃうかな。とか、痛くないかな。とか、
今日の晩ご飯は何だろう。とか、どうでもいいことが頭の中を掛け巡る。
…いや、スカートがめくれるのだけは勘弁して貰いたい。
デル先輩に見られてもいい下着じゃない…いやいや!何を考えてるの私は!
ピタリと迫ってきていた床が止まる。
誰かが抱き止めてくれたようだ。…誰だろう…?
ゆっくりと顔を上げると、銀の髪と、赤い眼がそこにあった。
「大丈夫か。ミク。」
「デル…先輩…?」
随分と懐かしい表情をしていた。あの時の。
泣いていた私をなでてくれた時の…心配そうな、ほっとしたような表情。
「…デル先輩…私…あの……」
「…熱でもあるのか?顔赤いぞ。」
他の音は聞こえなかった。
ここは教室で、みんないるはずなのに誰もいなくて。
教室のはずなのに真っ白だった。
「…デル先輩が…好きです。」
「ありがとう」って言うつもりだったのに、その言葉は、
私の心をそのまま写したかのように奏でられた。
「俺も…ずっと前から…ミクがいなくなったって聞いたあの日から…」
「デル先輩……」
顔が近づいていく。
お願い神様…時間を止めて…今、すごくうれしくて…泣きそうなの……
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「ミク!ストップ!ストーップ!私デル先輩じゃないから!!
ミクさん!?止まって、止まってええええええ!!」
「え?…あれ?……あ……き……きゃあああああああああ!」
「驚きたいのはこっちだよ!!」
危うく私のファーストキスがミクに取られる所だったよ…と、ネルちゃんが頭を掻きながら言う。
「いきなり泣き始めたから何事かと思って覗いたら抱きついてくるんだもん…。」
「うぅ…ごめん…って言うか…ここ保健室…?」
どう見ても私は白いベッドの上にいる。
「予想通りだったけど、真っ赤なって倒れたんだよー。
私とテトは笑いすぎて窒息しそうになったけどね。」
…さっきのは夢でしたか。
そうですか…そうだよね……泣いていいかな?ねぇ、泣いていいよね?
「デル先輩には熱はあるけどないから安心してくださいって言っておいたから大丈夫ー。
…あぁ、ついでにもう授業全部終わってるからね。」
「私そんなに寝てたの…?」
「そりゃぁもう。」
時計を見ればもう4時を回っている。
朝は晴れていたが、今は黒い雲に覆われて雨が降っていた。
「ま、もう大丈夫かな?私は大音楽祭の出し物の話し合い行くから戻るよ?」
「あ、うん。迷惑かけてごめんね…」
「気にしない気にしない。今日は早く帰って頭を冷却するんだよー。
たぶんまだ熱引いてないから。恋の熱だけどね!」
「そんなにからかわないでよー…」
「あっはっは。所でミク、傘はある?」
「あ…いい天気だったから…」
「おーけぃ、予想通り。テトが折り畳み傘ミクの鞄の中につっこんだから安心して。
ついでに期待して。」
「え?何を期待するの?」
「昇降口にいきゃわかるよ。」
じゃあまた明日ーとネルちゃんが保健室をでて行く。
保健室の扉を閉めるとき、私をからかう時と同じ顔で笑っていた気がした。
Episode2 学校内と放課後 END