桜華茶房

『隙』


当然、そんなことは狙ってやったに決まっている。
俺を目に入れても痛くない程好きだというあの男が、
目の前でそんなことされたらどんな顔をするのか
突然見たくなっただけ。
つまりは好奇心で、それを満たすためだけにやったコト。
俺が小姓を引き寄せ、唇を重ねた瞬間のあの男の顔。


ゾクッとした。


いつも忠臣顔で、決して乱れない真っ直ぐな視線をして
平然と座っているくせに。
その心のうちすら見せないような顔で座っているくせに。


小姓を見る、その冷たく、きつい視線に身体中が震えた。


俺はお前のものでもなんでもないのに、その視線。
からかいたくもなるし、バカじゃないかと蔑みたくもなるというもの。
だから、言ってやった。


――お前程度じゃ、俺の役には立たない、と。


***


バンッと壁に押し付けられて、その痛みに忠之が顔をしかめる。

「聞き捨てなりませんね?もう一度言っていただけませんか?」
「何度でも言ってやる。お前では俺の役には立たない」
「‥どうして私があんな男より劣るのか、その理由が聴きたいですね」
「フン‥そんなもの、言わなくとも明白だ。俺がお前を嫌いだからだ」
「嘘ばかり」

顔に笑みを浮かべながらも、大膳の瞳は何処か危険な光を宿している。
あぁ、少し深入りしすぎたか‥と忠之は己の言葉が相手にとって
どれだけの効力を持つのかを知って、その目測の誤りを悟った。

「本当は私のことがお好きでしょ?」

有無を言わさない迫力さえある言葉に忠之はなんとか笑みを浮かべ

「勘違いも甚だしい‥。嫌いだと申している」

と言い切った。
途端、忠之の手を拘束している大膳の手に力が入る。

「ッ‥は、離せっ」
「お断りしますよ、丁重に」

嫌な笑みを貼り付けたまま、大膳が力を徐々に入れていく。

「痛いって泣いて叫んだら離してあげてもいいですよ」
「誰がそのようなッ」

誰がお前に許しを乞うか!!
もがいて逃げようとするが逃れられない。

「私を甘く見ないで下さいね、殿。
‥私の方が貴方より年上なんですから」

大人しく言うことを聞く家老だと思ったら
大間違いですよと耳元で囁かれ、
忠之は多少危機感を感じたが
負けを見せるのが嫌で忌々しげに大膳を睨みつける。

「そんなに怒らないで下さい。
私はただ、貴方の口から大膳は役に立つと言って欲しいだけです」
「黙れッ!図に乗るなッ!!
お前、いつから俺に偉そうな口を聞けるようになったッ」
「偉そうな?そんなつもりはこれっぽっちも。
貴方が望めば、私はどんなことでも‥」

だから泣いてくだされば慰めますよ、
と笑う大膳に忠之は益々不機嫌な顔になる。
お前のものでもないのに、なにを‥っ!

「俺が泣く?俺はお前の前でなどで泣かん」
「そうですか?じゃあ、‥こうしたらどうします?」

大膳の唇が突然忠之の唇を塞ぐ。
いきなりのことで驚いたが、
忠之は負けじと苛立たしげにその唇を噛んだ。

「‥酷い人だ」

大膳が楽しそうに笑い、唇を拭う。
僅かに赤い血が滲んでいる。

「大丈夫ですよ、殿。
酷いことをして泣かせるわけじゃないですから。
‥きっと、すぐに気持ちよくなりますよ」
「触るなッ!!」

大膳の指が触れるのに怒鳴る。

「‥怖いですか、私が?」

意地悪く笑って尋ねる大膳は何処かいつもと纏う空気が違う。
忠之はそれに己が恐怖を感じていることに唇を噛む。

「怖くなどない。ただ、口惜しいだけだッ」


お前に組み敷かれるなんて‥。


「たまにはいいじゃないですか」

最初もそうでしたよね?と笑う大膳に忠之は舌打ちする。

「‥私とて、男ですよ。貴方を好きにしたいことだって、あります」
「ただ嫉妬を埋めているだけではないか。
お前は所詮その程度の男だ」

忠之の言葉に大膳が笑みを消す。
嗚呼、これは言ってはいけない言葉だったか。
忠之は口にしてから、その誤りの大きさに身体を強張らせた。

「あぁ、‥どうやら手加減はいらないようですね、貴方には」

冷たい声が言葉を紡ぐ。

「お望みどおりにしてあげますよ。
泣き叫んだって、許してあげませんから」
「ッ!?」

大膳の手が乱暴に忠之の身体に触れる。
その痛みに漏れそうになる喘ぎ声、泣き声を必死で噛み殺す。

この男にだけは好きにされたくない。
好きにされる隙など、与えてはならない。
望むことをする気などない。

しかし、忠之の意思とは逆に身体が素直に反応してしまう。
鋭い痛みと甘い快楽。
これを教え込ませたのは、この男。
こんなの、屈辱過ぎる‥っ!

「‥っ‥、としあきら‥」

忌々しげに呟いたはずの名が、
甘い声となって涙と一緒に零れる。
大膳の口元が、嬉しそうに弧を描く。

「もっと、貴方の口から私の名を」

なんだ、そうか‥好きにされる隙をいつも先に作ったのは俺か。
大膳の掠れた声に、忠之は最後の意識を手放した。





*腹黒本領発揮な大膳さんを書きたくて、書いたものです。
 実は結構前に何を思ったのか書いたものです。
 今になっては最初の書きたかったものが分からないので、
 時間軸の一つに組み込んでしまいました。
 きっと十太夫が来て、忠之が大膳と
 そこそこ距離を作り始めた頃辺りになるかと。
 けど、これ以前は忠之も大膳がまさか
 己を盲目的に好きだとは気がついていないわけで‥。
 所詮、口だけだろ?程度の認識が
 本気なのか‥というところに繋がった辺りです。
 いつだって、大膳は本気なんですけどね。
 (だから、たちが悪いんですけど‥/笑)


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