すれ違う瞬間、大膳は無意識に相手を睨んでいた。
相手は大膳に軽く会釈をするが、視線を逸らしている。
白く綺麗な鎖骨についている赤い痕が着物の隙間から見える。
「それで‥、私に勝ったつもりですか?」
大膳は相手に聞こえるように呟いた。
***
「どういうつもりだ」
不機嫌な忠之に大膳は告げ口されたかと内心舌打ちする。
「どういうつもり、とは?」
だが、本音はすぐには出さない。
「しらばくれるな。‥十太夫のことだ」
「十太夫殿がなにか?‥あぁ、殿は彼と喧嘩でもなさいましたか?
慰めて差し上げてもいいですよ?」
「黙れっ」
忠之の持っていた扇が大膳へと飛んでくるのを避ける。
「何故怒っているんですか?」
笑顔を浮かべれば、一層忠之が不機嫌そうになる。
「知っているくせに俺に言わせるつもりか?」
「何も私は知りませんよ。
残念です、殿をお慰めするために呼ばれたのではなくて」
「いい加減にしろ。俺はそういう風に上から言う言い方は嫌いだ」
俺より優位に立つのは許さんと睨みつける忠之に大膳は頷く。
「存じております。申し訳ありませんでした」
「その言葉、十太夫の前でも言え。土下座でな」
「お断りします」
はっきり告げて、大膳はにっこりと笑う。
「なんだと?俺の命令に逆らうのか?」
「だとして、なんとします?私を追い出しますか?」
それも結構ですがと笑う大膳に忠之の堪忍袋の緒も限界になる。
「いつまで俺に偉そうな口を聞いているっ!!不愉快だっ!」
床机を蹴って、忠之が立ち上がり大膳の襟を掴む。
「ここで切り捨てるぞ」
「貴方に切られるなら本望です」
笑みを絶やさず、動じない。
忠之はしばらく大膳を睨んでいたが、突然笑った。
「お前、十太夫に嫉妬したな?」
「だとしてなんでしょうか?」
気にもしないで返す大膳を忠之は一層楽しげに笑う。
「愚かだな、お前は。
嫉妬したところで、なんの見返りも慰めもないぞ」
「そうでしょうね。存じております」
「ならば、する意味が分からない。馬鹿だな、お前は」
俺を煽って満足するつもりだったろうが
それこそ愚かだと忠之が笑い飛ばす。
大膳はしばらく笑みを浮かべたまま聞いていたが、
突然忠之を押し倒した。
「なんだ、‥今度は俺でも嬲って気を紛らわせるか?」
嘲笑するように言う忠之の言葉を口付けで消す。
「嬲るなんて‥そんなひどい事はしませんよ。
貴方を泣かせることはしたくない」
大膳はそう言いながら、忠之の首筋に己の痕をつける。
何度も何度もつけて、満足すると忠之の身体を解放する。
「なんだ?」
忠之がわけがわからないという顔で大膳を見上げる。
「いえ、‥これで私の気は晴れました。
十太夫には土下座しませんが、貴方にはしてもいい」
満足したように言う大膳に忠之は複雑な顔をしてみせる。
「今日はやけに早く降参するのだな」
いつもはあれこれと五月蝿いくせにと呟けば
「私のしたかったことはできました。
だからもう、怒る理由がないんですよ」
と笑顔で返す。
「‥意味が分からない。結局お前はなにがしたかったんだ?」
「殿が仰ったとおりに嫉妬ですよ。
ですが、あれより上に立てたので、もうどうでもよくなりました」
「十太夫をあれとか言うな」
「殿だって、お父上様をあの男と申しましょう?同じです」
言葉にするのが嫌なのですと笑顔を崩さない。
「では、失礼します」
大膳は礼を一度、さっさと部屋を出て行く。
「おいっ、待てっ!まだ俺の話は終わっていないぞ」
忠之は叫ぶが大膳は戻ってこない。
「なんだ‥、あれは」
やたらと機嫌の良くなった部下に今度は忠之が不機嫌になる。
ピリッと首筋が痛み、手をやって忠之はハッとする。
そこに付いているのは、大膳の痕。
「ハッ‥まったく」
そういう嫉妬か‥と意味を悟り、忠之は笑う。
「こんなもの、すぐ消えるのに。
これだけで嬉しいとは、本当に愚か者だな、あれは」
きっといくつも付いているであろう大膳の証。
「こんなもので、俺を独り占めできたと思うからあれは甘いんだ。
俺はお前のものになってやる気はないぞ、大膳‥」
忠之はそう呟くと小さく笑った。
終
*大膳が嫉妬する話は書いていないことに気が付いて、書いてみました。
たぶん、大膳は嫉妬しても顔には出さないタイプだと思います。
うん‥ライバルとか、好きな人にネチネチと嫌がらせするタイプだよ、きっと(え)
でも、隠しても忠之にはすぐばれるといいw
馬鹿らしいと言いつつも、忠之も満更じゃなきゃいい‥w
そんな感じでラブラブなんだか、バイオレンスなんだか、
片思いなんだか分からない黒田子世代主従です(笑)
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