『金魚鉢』



ちゃぷんっと金魚鉢へ僅かに指を浸す忠之に

「そんなことをしたら、せっかく頂いた金魚が死んでしまいますよ」

と大膳が苦笑気味に言う。
忠之は指を入れるのをやめて、中の赤い二匹の金魚を眺める。
大膳は忠之に近寄るとその指を拭ってやった。

「これは‥」

忠之がボソッと呟く。

「なんです?」
「これは、いつまで生きような?」

二匹の赤い金魚が鉢の中を緩やかに泳ぐ。
大膳はしばらく考えていたが

「殿がお世話なさればそれなりには」

と答えた。

「そう思うか?」
「えぇ」

その返事に忠之が笑いながら、

「それは違うな」

と否定する。

「これは、早く死ぬ」

はっきりと告げられた言葉に大膳はしばらく黙っていたが、

「何故、そう思われます?」

と尋ねる。

「何故?‥狭いからだ」
「狭い‥から?」

忠之は金魚鉢を指差す。

「こんな狭いところに閉じ込められているから」

意味ありげに笑う忠之に

「ならば、大きな器に入れ替えたらどうでしょうか?」

と大膳が意見する。

「お前は本当に何も分かってないな」

忠之は馬鹿にするように呟いて、

「大きくすればいいという問題ではない」
「では、どうすればいいのです?」
「これはな、俺とお前だ」

忠之は二匹の金魚を指差す。

「は?」
「狭いところに閉じ込められて、お互いに身動きも取れず、
餌を取り合い、傷つけあう」
「つまり‥最終的に」
「傷つけあった末に死ぬのさ」

だろ?と忠之は笑う。

「私は貴方を傷つけたりしないし、死なせたりしないっ!!」

大膳は叫ぶように抗議する。

「私たちはこんな狭いところにいる金魚とは違いますっ!!」
「本当にそう思うのか?」

忠之の笑っている瞳が鋭くなる。

「頭のいいお前が、本当にそう思っているのか?」
「‥えぇ」
「なら、その考えは捨てたほうがいい」

あっさりと言い

「お前は俺を好きだというがそれが既に狭い視野しかないことになる。
俺はお前が嫌いだ。どんなにお前がもがいても、お前は傷つくしかない。
その結果、お前は俺をどうする?
無理やりにものにするかもしれないし、
手段を選ばず奪うかもしれない。‥俺は?」

と楽しそうに尋ねる。

「そんなことはっ!」
「そんなことはないと言えるのか?
俺は、お前とは最終的に破滅以外の道がないと見るが?」
「あり得ませんっ!!
貴方を私が殺すとでも?それとも、裏切ればいいのですか?
絶対にありえないっ!!」

叫ぶ大膳に忠之はフッと視線を金魚に向ける。

「まぁ‥、安全で悪いこともなく、
この狭い世界には自分たちしかいないと思っていられる。
そんな生温い幸せに浸かっているうちは、これでも構わないがな」

俺は絶対にお前とは共倒れはしないと忠之は呟くと立ち上がる。

「そうだな‥、この金魚は分ける。その方がどちらが弱いかよく分かる」

そう言った言葉の裏にある
”俺とお前も別の方が、どちらが弱いか分かるだろ?”という意味に

「それでは残された金魚が寂しがります」

と大膳が力なく呟く。

「寂しい?金魚に寂しいという気持ちがあるのか?
それは知らなかった」

忠之は嘲笑するように言うと

「世話するのが面倒だ。お前にやる」

そういい残して、去っていった。

「二匹でも‥、傷つけずに生きる道はあると私は思います」

――たとえ、狭くなってしまった世界の中でも

大膳は呟き、金魚鉢を見つめた。



*別にこんな空いった話を書きたかったわけじゃないのですが‥。
 最近ちょっとラブラブ度が高い(?)気がしたので、方向変えてみました。
 金魚を長生きさせたことないなぁ‥。
 祖父の家の金魚は池の主になっていました。
 でも、一匹だけで生き残っていたので
 やっぱり大勢で生きるのは無理なんだなぁと子供心に思いました。

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