『貴方のもの』


いきなりの呼び出しに大膳は眉を寄せた。
忠之が大膳を呼ぶのは珍しい。
大抵は行ったところで追い払われるのが普通だ。
何かあったのだろうかと少し案じながらも忠之が現れるのを待つ。
バンッと開け放つような障子を開ける音に大膳は顔を伏せる。
忠之が歩く音を聞いて、「あぁ、事件ではないか」と安堵する。
忠之はいたって、元気のようだ。
だが、己の場所へ座ると思われた忠之が大膳の目の前に立ったのだ。
大膳は思わず、見上げた。

「如何されました?」

尋ねれば、忠之が笑う。
いつもと同じ、機嫌がいい時の笑みだ。
それなのに、何処か苛立っているような空気を感じ大膳は不審に思った。

「よく来た、‥大儀だ」

声も上機嫌なのに、何処かいつもとは違う。
大膳はそれを敏感に感じ取り、

「殿、‥不機嫌のようですが如何なさいましたか?」

と微笑みながら尋ねた。
ぴくっと忠之の眉が動く。

「小姓でも、‥失礼なことをなさいましたか?」

冗談交じりでいった言葉に忠之が笑う。

「俺が不機嫌に見えるか?」
「えぇ、とても」
「それは不愉快だ」
「え?」

突然押し倒されて、大膳は目を丸くする。

「如何なさいましたか?この大膳と抱き合うおつもりで?」

お慰め致してもいいですよとこれもまた冗談を言うが、
忠之は不機嫌さを含ませた笑みで笑うだけ。

「お前に聞きたいことがあって呼んだ」
「なんでしょう?」

押し倒されたまま、大膳は忠之を見る。

「お前は俺を、一生見ていると誓ったな?」
「えぇ。迷惑といわれてもやめる気はありません」
「俺だけを見て、俺だけを守るとそう言ったな?」
「はい。嘘偽りは御座いません」
「ならば、今ここで俺と口付けてみろ」
「は?」
「そうだな‥。やりたいのなら、抱いてもいい」

好きにして構わないと言う忠之に大膳は表情を硬くした。

「なにを仰っているのか、分かりません」
「お前の好きにさせると言った。好きにすればいい」

大膳は忠之がなにを思っているのか読めず、戸惑った。

「貴方の口からそんな台詞が聞けるとは。‥思いもしませんでしたよ」
「嬉しいか?‥ならば、もっと言ってやる。
お前の好きにしろ。‥俺の全てはお前のものだ」

不気味なほど、素直な忠之に大膳は冗談を言うのをやめた。

「何があったのですか?
貴方がそんな風に言われることはないと思っていたのに」
「今日はそういう気分なだけだ」

嫌ならば別段お前じゃなくとも俺は構わないという忠之の腕を掴んで、
大膳は逆に押し倒す。

「年上をからかうのはよしてください、殿。
貴方は酷い方で気まぐれに私とこういうことをしようとする。
それでも、一度として私のものだといってくださったことはない」
「だから、言った。気に食わないか?」
「気に食わないですよ。‥貴方らしくない」
「お前が望んでいるのは、お前の意のままになる俺ではないのか?」
「そんなの面白みがないじゃないですか」
「腹黒い奴」

クッと小さく笑う忠之だが、その手が大膳の首筋をなぞる。

「誘ってますね?」

大膳の言葉に忠之が頷く。

「俺をめちゃくちゃにしろ、大膳‥いや、利章」

滅多に呼ばれることのない名前。
それも”利章”のほうを呼ばれたことに、大膳は自分が欲情したことに気が付いた。
なにを考えているかも分からない、この年下の主君をどうしたらいいかと内心苦笑する。
どうせ、また魂胆があるのだろうと思うと欲情している自分に呆れる。

「貴方にしては珍しいほど、可愛らしい誘い方ですね。
いいですよ、めちゃくちゃにして差し上げます」

そんな風に返したが、本心は忠之がなにを望んでいるのか探ろうとする。
大膳が忠之の首筋に口付けようとした途端、障子が開く音がした。

「お呼びとお聞きして、参りました」

と若い女の声に大膳は驚き、体勢を戻そうとするが忠之が許さない。
首へ腕を回して、唇を合わせる。

「殿‥、お呼びになったのなら早く用事を」

と小声で言ってみる。
女の息を呑む音に大膳は少しだけ気まずくなったからだ。
だが、忠之は先ほど見せていた不機嫌さなど何処へやら楽しげに笑う。

「利章、なにをしている?俺が好きなのだろう?早くしろ」

強引な誘いに大膳も女も戸惑う。
忠之だけが楽しげに、誘うように大膳の頬や首筋、手に口付けをする。

「俺だけを見ているのだろ、‥なぁ?」

ずるいぐらい妖艶に笑い言う忠之に
大膳は女が見ているのを意識しながらも

「えぇ、殿だけを見ております。
‥誰よりも大切に思っております、忠之様」

と紡ぐ。
突然、女が立ち上がって出て行く音がする。
途端、忠之が可笑しそうに笑い始める。

「見たか、大膳?」
「はい?」
「あの女の顔だ。‥いや、お前には見えぬか」

あれは傑作だぞと笑う忠之に大膳は

「あのお方にこういう悪戯がしたくて、私を誘ったのですか?」

と苦笑して尋ねる。

「あぁ、そうだ。だが、悪戯ではない。
お前が誰のものか分からせてやった」
「は?」

意外な答えに大膳は驚く。

「大膳は俺のものだ。
俺を一生見ると、
守ると言った時からお前が全身全霊をかける相手はこの俺だ。
あの女にはそれを教えたのさ」

あの女はお前が好きなのだぞ、大膳?
と嬉々として言う忠之に大膳は言葉を失う。

「言っておくが、勘違いをするな。
俺は演技のためにお前のものだといったが、お前が俺のものなのだ。
それを忘れるな」

ニッと笑い言う忠之に大膳は小さく笑った。

「貴方という方は‥」


こんなことをしては、やきもちとしか受け取れませんよ?


受け取ってもいいのか?と尋ねる大膳に忠之は

「勝手にしろ。‥俺はお前さえ、俺のものならどうでもいい。
俺がお前を好きに扱うのはいいが、
お前が俺を好きに扱ったり、ないがしろにすることは許さん。
一生、死ぬまで俺を見ていればいい」

そう断言した。

「では、やきもちを妬いてくださった私の大切な忠之様。
‥お言いつけどおり、めちゃくちゃにしても?」

いいですよね?と言う大膳の言葉に忠之は唇を重ねることで答えた。



*やきもち妬く忠之様は思いつかなかったので、
 きっとこういう形になるんだと思って書いた話。
 大膳にしてみれば、ものすごい告白だし、やきもちなんですけど、
 忠之からすれば自分の所有物は自分のものだと
 明らかにしておきたくてやったこと‥みたいな。
 大膳はきっともてるだろうと思ったのも、この話を書いた理由です。
 最初は本当に忠之がイライラするのも考えたのですが、
 らしくないのでお蔵入りさせました。
 嫌われているわりに、意外と美味しい目にあうこと多いなぁ、大膳と思う今日この頃。
 長政と忠之のパートナー変えたら面白いだろうなぁ‥。

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