初めてその人と会ったのは、まだ自分が十一の頃。
小さな手が、自分に向かって伸びてきた瞬間。
―――あぁ、この人を守らなくては‥。
そう、心に誓った。
***
「五月蠅い」
ハッキリと告げられた言葉に、大膳は口を閉じた。
目の前に座る青年は着物を着崩し、
だらしない格好で頬杖をついている。
その切れ長の瞳が大膳を映し出す。
「五月蠅い、お前」
声変わりも途中な少し高めの声が無感情にそう言う。
大膳は僅かに眉を寄せた。
「お前の小言は聞き飽きた。
俺はお前に付き合ってやるほど暇じゃない」
面倒だとそう告げて青年は扇を開く。
「お言葉ですが‥、私は忠之様のお父上様から仰せつかって
貴方様のお役に立つようにとお側につきました。
五月蠅いと仰せになるのはいかがなものかと・・」
眉を寄せたまま、大膳がそう呟くと忠之の瞳が鋭く彼を射抜いた。
「何が、父上の仰せだ」
「は?」
「あんな男、父だとは思わぬわっ」
バンッと扇を畳に投げつけ、忠之は顔を背ける。
「そのような事を仰らないで下さい」
大膳は扇を拾い上げ、折り畳む。
「長政様とて、貴方様が心配でそのように申したのです。
私とて、貴方様が心配だからこそお側に‥」
「笑止」
皮肉気味に笑い、忠之は大膳を睨む。
「俺を殺そうとしたくせに、よくもぬけぬけとそのような事を。
フン、お前の戯れ言は聞きとうない」
「‥‥」
大膳は忠之の言葉に顔を曇らせる。
「なんだ?お前には珍しく大人しくなったではないか、大膳。
図星だったようだな」
ふんっと鼻で笑い、忠之は立ち上がる。
羽織っている着物が肩から滑り落ちた。
「お前の言うことなど聞く耳持たぬわ。
俺はな、お前が嫌いだぞ、大膳」
大膳の手から扇を取り返すと忠之はそれで大膳の頭を軽く叩いた。
「‥お前など、側にいなければいいものを」
「それは、貴方様の本音なのですか?」
キッと大膳が忠之を睨み付ける。
「本音で何が悪い?俺はお前を殺してしまいたいくらい嫌いだ」
「‥恨まれるいわれがありません」
小声で呟いた大膳に忠之はしばし黙っていたが小さく笑みを作った。
「愛してやってもよいぞ、大膳?」
ビクッと大膳の身体が揺れる。
「十太夫のように、俺としてみたいか?」
「する気など、毛頭ないくせにッ」
絞り出すような呟き。
ニッと忠之は笑う。
「不忠者」
吐き捨てるように言い、忠之は障子を開け放つ。
「お前に抱かせる身体など、あるわけなかろうが!」
出ていく足音を聞きながら、大膳は俯いた。
「どうして貴方は私を揺るがすのですか?」
手が震えている。
それをギュッと握り締め、大膳は目を閉じる。
伸ばされた小さな手。
向けられた可愛い笑顔。
あの瞬間から私は貴方の虜。
貴方さえ、幸せなら‥。
貴方さえ、不幸にならないなら‥。
自分の幸せなんていらないから。
それなのに。
「不忠者はあまりに御座います、忠之様」
愛しているのも、貴方だからこそなのに。
終
*今回は黒田子世代主従です(長政は若主従)
長政の息子、忠之とその忠臣だった大膳です。
まさか黒田家騒動がこんな素敵なエピソード付きとは予想外でした。(不謹慎だろ、お前)
徳永氏の「黒田長政」のお陰ですッ!(もちろん、又兵衛と長政もよかったです)
主従には珍しく主人がちっとも部下の方を好きじゃなかったり‥。
又兵衛の所と逆にする意味でこうしたのですが、
なんか嫌な奴にしか見えないのは何故?(汗)
大膳を少し贔屓しすぎかもしれません。
いや、好きなんです‥結構。
しかし、「不忠者」っておかしい日本語ですね。
不忠に意味として「不臣」ってある訳だから二十重になりますね?
忠臣の反対って不臣なわけだし。
ぞ、造語ってことで許してください(汗)