『酒の宴』


「随分ゆっくりでしたね」

障子を静かに閉めて入ってきた忠之に大膳が微笑んで言う。
薄暗い座敷の中、正座をして座っている部下に向けて、
忠之は嫌そうな顔をする。

「お前だから、わざと待たせたに過ぎない」

と言ってから、ドサッと座ると床机に頬杖をつく。

「それは酷い仕打ちですね。
頼まれごとを私にされたのは一体何処の誰です?」
「お前とそういう言い合いをする気は毛頭ない。
さっさと報告して、去れ」

こんな日に何故わざわざお前に会わねばならないんだと
忠之は不機嫌な顔のまま、愚痴る。

「申し訳ありません。
まさか、お祝い事の酒の宴をされているとは知らなかったもので」

大膳は嫌味のように言い、忠之を見る。

「なにが言いたい?
呼ばれるのが当然と思っているのなら、お門違いじゃないのか?」

フッと嘲笑し、忠之は扇を乱れた懐から出した。

「そんなことは一言も。貴方は私が仕事しているから、
気遣ってお呼びにならなかったのでしょう?‥お心遣い、痛み入ります」

ぺこっと頭を下げた大膳を忠之は睨んで

「フン‥、つくづくおめでたい男だな、お前も」

と吐き捨てる。

「それはなんだ?」

忠之は大膳の傍に置いてあるものに視線を持っていき、尋ねる。

「あぁ‥これは、貰い物です。良かったら、殿に差し上げますよ」

手渡されたものを見て、忠之が笑う。

「‥ほぉ、‥良い酒だ」
「そうですか?‥酒に疎いので私には分かりかねます」
「ならば、俺に譲って正解だったな」

酒の価値が分からぬ者が飲むようなものではないぞと
楽しげに言う忠之を見て、 大膳が微笑む。

「なんだ?」
「いいえ‥、殿のご機嫌がなおって何よりです」

その言葉に忠之がしかめっ面をする。

「‥お前、先ほどから俺を怒らせたくてそのように言うのか?」
「いいえ、そんなつもりは」
「酒の宴に呼ばなかったのを相当根に持っていると見えるが、違うか?」

にやっと笑って言う忠之に大膳は涼しい顔で

「ご想像にお任せします」

と返す。
忠之はその言葉にしばらくなにやら考えていたが、
突然大膳に向かって笑った。

「なんですか?」

笑われた大膳が少しだけ困惑する。

「飲め」
「は?」
「そんなに飲みたかったのなら、飲め」
「いえ、私は別に」

断る大膳を無視し、忠之は傍に用意されていた椀になみなみと酒を注ぐ。

「俺からの酒が飲めぬか?‥忠臣ならば、俺の代わりに毒入りを飲み干し
死ぬ覚悟くらいしたらどうだ?」

手渡された椀の意味を悟って、大膳が苦笑する。

「そのようなこと、万が一にもありませんよ」
「お前を通ってきたのさえ怪しい要因だ。
飲めぬなら、お前を謀反者だと決めつけて追放するが?」

意地悪く笑う主人に大膳はため息を小さくつくと

「では、頂きます」

と椀の酒を飲んだ。
全て飲み干す前に、突然忠之が大膳に近づくとその手から椀を払いのけた。

「と、殿!?」

飛び散った酒と近くなった忠之に大膳が驚く。

「まだ、全て飲み干すな」

忠之は楽しそうに笑うと大膳の唇を塞いだ。
いきなりのことに状況が把握できない。
大膳が驚いている間に、 忠之の舌が大膳の口内に入ってくる。
そのまま、味わうように舌を絡め取られる。

「っ‥殿‥なにを」

慌てて、唇を離すが

「こんな時に‥喋るな‥」

再度絡みとられる。
深く唇を交わしながら、大膳は頭が真っ白になっていくような錯覚に襲われた。
忠之はすでに酒を飲んでいるせいか、酒の匂いがむせ返るようだ。
そのせいかもしれない。
もしかしたら、零した酒の匂いのせいかも知れないとも大膳は思う。
いい酒だと忠之が言うだけのことはある。
口の中に甘苦い味が広がっていく。
そんなことを思いながら、忠之を見る。
蝋燭の炎にぼんやり浮かぶ忠之は何処か妖しい魅力がある。

(なんて、いけないお方だ)

大膳は口付けられながら、思う。
相手は、経験を積んだ上の口付けだから始末に終えない。
年上の自分を翻弄するだけの力を持っている。
こんな風に好きにされてしまうとは自分のことながら、呆れる。

「もっと、飲むか?」

すっかり自分を押し倒し、見下ろしてくる忠之に大膳は苦笑する。

「いきなりなんです?」
「無粋な事を聞く‥。理由などない」

したかったからしたと返って来るのは予想済みだ。

「本当は私と二人っきりで宴をしたかったから、
このような手の込んだことをなさったのですね?」

だから、煽る。

「なに?」
「えぇ、もちろん邪魔者のいない二人っきりの宴は大歓迎です。
心からお祝い申し上げますよ、殿」

にっこりと微笑み、大膳は忠之の首筋に触れる。

「誰がお前とやりたいなどと言った?」
「そうとしか捉えられないのです」

これ以上言うと機嫌を損ねて、止めてしまうだろうかと思った大膳に
忠之は予想外の言葉を呟く。

「捉え方の狭い奴は不便だな。
‥そう思いたいなら、そう思えばいい」
「え?」
「お前が飲まぬのなら、俺が飲む」

忠之が残っている酒を飲もうとしたのを大膳が押さえる。

「なんだ?」
「殿、‥椀など使わずここから」

微笑を浮かべる唇を指差し、大膳が言う。

「毒見は続けるか?」

嫌味のように、それでも少し楽しげな声で返す忠之を
起き上がって押し倒す。

「‥えぇ、続けます。 毒見の肴は‥是非、貴方を」

所望したいのですが?と尋ねれば

「好きにしろ」

と忠之が小さく笑った。



*1000Hit、ありがとうございます!
 感謝の気持ちを込めて、二位だった大膳×忠之書かせて頂きました。
 祝い=酒の席とかしか考え付かなかったボキャブラリーの少ない私をお許しください。
 その上、祝いの席でこんな‥(汗)
 自重しなかったのは俺様主君の方です。
 部下は結構大人しかった‥筈。
 しばらく書いていなかったので、前のと違ったら広い心で許してください。
 たまには、大膳を受け入れてみた忠之っていうお話。
 忠之が受け入れるときは大膳が調子に乗るときです(笑)
 本当に、投票ありがとうございました!

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