『恋文』



――それを拾ったのはただの偶然だった。


「これは?」

高虎は自分の目の前に飛んできた紙を拾った。
どうやら手紙のようだが、宛名がない。
これでは届けることも出来ないと思いつつ、
差出人をみれば見覚えのある字で“豊臣小一郎秀長”とある。
己の主人の名だ。
これならば、秀長自身に返すことは出来そうだ。

「一体、なんの手紙なんだろうか」

急ぎの手紙だったら、急いで返す必要がある。
また、重要な手紙ならこんなところに落ちているのは無用心にも程がある。
高虎は内容を確かめるべく、文章に目をやった。


“貴方を見たときから、私は貴方に惹かれたのです。
どうか、私の大切な人に‥、たった一人の人になってくれませんか?”

カッと高虎は顔を赤くして、慌てて文章から目を離した。
どう読んでもこれは恋文。
主が何処の誰に恋しているのかは分からないが、
それを見てしまった事はとてもいけない気がして高虎は後悔した。
秀長らしい文字で書かれたそれは見ているだけでも想いが伝わるようだ。
だからこそ、余計に罪の意識を感じた。
それと同時に、何故かモヤモヤしてしまう。

「と、とにかく、秀長様に返さなくては‥」

モヤモヤする気持ちを振り払うように頭を振ると
高虎は手紙を懐に、その場を後にした。

***

しかし、返すとは決めたもののいざとなると返しづらい。
読んだ手前、平然と渡すのは難しい。
どうしたものだろうかと悩んでいると

「なに、ため息ついてるんですか?」

と、突然声をかけられて、
高虎は危うく持っていた手紙を破きそうになった。

「へぇー‥珍しい。高虎様が手紙なんか読んでる」

クッと楽しそうに笑ったのは長右衛門。

「どれどれ、誰からですか?」
「お、おいっ!」

高虎は手紙を死守しようと試みたが
長右衛門の方が早くアッという間に手紙を奪われる。

「なになに‥」
「か、返せ、長右衛門っ!」
「って、これ‥恋文っ!」

高虎と長右衛門が叫んだのは同時。

「ちょ、どういうことだよ、これ」

抜け駆けかよ、秀長様!と高虎大好きっ子な長右衛門が怒鳴る。
その言葉に高虎は赤くなって

「お、俺宛じゃないっ」

と怒鳴り返す。
長右衛門はそれを聞くと手紙に再度目を通して、

「じゃあ、誰宛なんですか?」

と尋ねた。

「それは、俺が知りたい」

高虎は赤くなった顔を撫でると呟く。

「ここまで情熱的だってことは、
こりゃ秀長様も隅に置けねぇ人だな」

さっきとは打って変わって楽しそうに言う長右衛門に
高虎はまたモヤモヤし始めている自分に困った。

「やはり、‥誰か秀長様の大切な人宛なんだな?」
「当たり前ですよ。
ここまで言って本気じゃないなんてことはないでしょう?」

第一あの人だし‥と笑って言うのを聞きながら、

「そうか‥、では俺はこの人よりは下なのだな」

と高虎が無意識に呟いた。
それを聞いて長右衛門が眉を寄せる。

“これだから、この人は‥”

俺だって、高虎様が好きなのにさ‥と少し心の中で不満を思うが口には出さない。
長右衛門は落ち込んでいる高虎の肩を叩くと

「直接聞いたらどうです?
殿なら秀長様だって尋ねられて言わないってことはないはずですよ。
‥どうせ、秀長様の好きな人が分かったら、
全身全霊かけてでも応援するんでしょ?」

殿はそういう人ですよねと笑う長右衛門に高虎は小さく笑い返し

「‥あぁ、そうだな。
あの方が好きになる方なら、俺は手伝いたい」

とハッキリ言った。

「‥妬けるなぁ、本当」

長右衛門はそう呟くとまた笑った。

***

「秀長様」

高虎は意を決すると障子の先にいる秀長に声をかけた。

「あれ、高虎?‥入っていいよ」
「失礼します」

高虎は障子を開けて、驚愕した。
目の前に広がっているのは散らばった紙。
主にしては珍しい散らかりっぷりだ。

「い、一体どうしたんです、これ」
「あぁ‥ちょっとね」

苦笑する秀長は高虎を手招きし、

「で、用事はなぁに?」

と尋ねる。
高虎は少し言いにくそうに

「実は‥」

と声に出した。
不意に目の前の紙の散乱に何が書いてあるかが目にうつる。

「これも?」

思わず呟いてしまったのは、
目の前の紙にも自分が持っているものと同じように
愛の言葉が書かれていたからだ。

「あぁ‥、これ?下手でしょ?」

クスクスと秀長は笑うと一つを高虎に見せる。

「義姉上に習って、練習したんだよ。けど、まだ下手で」
「あ、あの、これって」
「恋文、だよ」

にっこりと穏やかに微笑まれ、高虎は返答に窮した。

「もっと、上手に書けたらいいんだけど」

そんな風に呟く秀長に高虎は

「そ、そんなことはありませんっ!
秀長様の文章はとても上手ですし、何より想いがこもっております。
貰って嬉しくない女人などおりませんよ。
‥それに、‥私も少しばかり‥妬けるほどです」

そう言って、仄かに赤くなった。
秀長はぽかんっとしている。
高虎は最後のは余計だったか‥と自分の言った言葉に後悔した。
だが、途端秀長が笑い出し、思わず呆気にとられる。

「ひ、秀長様?」
「ふふ‥、ねぇ、高虎?」
「はい?」
「高虎は私が誰か女人に恋をしていると思ったの?」
「え?ち、違うのですか?」
「残念ながら‥ね」

悪戯っぽく笑う秀長に高虎は自分の勘違いに赤くなった。
しかし、だからといって恋文であることは変わらない。
誰か相手がいないで書けるものだろうか?

「し、しかし、では、誰にこれを?」
「‥言うなら、特にはいないんだ」
「え?」

返って来た答えに高虎は驚いた。
同時に何故か安堵する自分に戸惑う。

「いない?」
「うん。‥兄上がね、字を上手になるなら
女人への恋文が上手くなるコツだ!なんていうからやってみただけ」

だから、相手はいないんだよと秀長は笑う。

「けど、相手もいないのにいい言葉や文句が浮かぶわけないよね。
字もあまり上手くならないし」

と苦笑する秀長に高虎は慌てる。

「そ、そうだったのですか。
私はてっきり秀長様にお好きな方ができたのかと思い、驚きました」
「そうだったんだ。ごめんね、勘違いさせて」
「い、いえ‥。本当だったら、お手伝いしたいと思っていたのですが‥
早とちりだったようですね」

困ったように笑う高虎に秀長はクスッと笑うと

「お手伝いしたかっただけ?」

と尋ねる。

「え?」
「‥私としては、気になったって言って欲しかったな」

むしろ、たくさん妬いて欲しかったと
冗談っぽく言う秀長に高虎は真っ赤になる。
「も、もちろん‥しましたよ。
ですが、私は秀長様の幸せが何より嬉しいですから‥」
「分かっているよ。ありがとう、高虎」

秀長は高虎の言葉を最後まで言わせず、

「このまま誰にも宛てないで書くのは寂しいから、高虎に宛てちゃおうか?」

と悪戯っぽく言う。

「高虎にあげようか?」

穏やかだが、からかいを含んだ言葉に

「あ、貴方の練習になるのでしたら」

と生真面目な高虎は赤い顔で頷く。

「貴方からの手紙なら、いくらでも」


―― 貰えるだけで嬉しいですから。

その答えに秀長は可笑しそうに笑うと

「じゃあ、毎日。高虎のためだけに練習するよ」

―― 高虎への恋文を。

と微笑んだ。
その言葉に、一層高虎の顔が熱をもっていった。



*今度のイベントで出すかどうするか悩んで、
 結局こちらにUPしてしまいました。
 せっかく作ったので早速大木を登場させてみました。
 高虎が唯一敬語を使わず喋るのが大木って設定にしてみました。
 秀長様は毎日なにかしら高虎にアプローチしてたらいいと思います。
 というか、なにやってもアプローチしているようにしか
 見えないくらいで構わないですよっ!!


Back