「今まで仕えた中で誰が一番だ?」
家康の気まぐれで発せられた問いに高虎は迷うことなく
「殿以外考えられません」
と答える。
「ほぉ‥そうか?」
「はい。信長公も秀吉公も‥誰も貴方には敵わない」
私には貴方が一番の主君でございますという言葉に家康が笑う。
「世辞か」
「まさか。‥本気です」
「‥ふむ」
「私の言葉が嘘だとでも?」
真剣な眼差しに家康は笑うのをやめ、同じように真剣な顔で見返す。
「嘘とは思ってはおらん。お前の言葉は素直に嬉しい」
「‥そういって頂けると嬉しいです」
「だが」
少しだけ挑発的に笑うと
「秀長公はどうだ?」
とハッキリ聞いた。
高虎の瞳が揺れる。
懐かしい人の名前に反応したというのが分かる、分かりやすい反応。
「さすがにこれには殿以外‥などとは言えないだろう?」
家康は意地悪く言う。
もちろん、からかいの意味で言ったもので
高虎の忠誠を試す延長ではない。
高虎にとって、忘れられない人物であろうことは
家康も承知していたからだ。
だが、高虎は
「いえ、‥殿だけです」
と断言した。
その言葉に家康が呆気に取られる。
「それは‥予想とは違った」
驚く家康に高虎は真剣な顔のまま
「そうですか?」
と問う。
「あぁ。あの方はお前にとって大切な人なのかと思ったから、
それはそれ、これはこれと誤魔化すと思っていた」
家康は笑う。
「殿は私と秀長様を誤解なさっている」
「ん?‥そうか?」
「えぇ」
高虎は冷めた様な瞳を何処か遠くに向け
「あの方を殺めたのは、私ですよ」
と呟いた。
その言葉に家康が咳き込む。
「なにを言い出すかと思えば‥。秀長公は病だと聞いたぞ?」
「いいえ、私がこの手で殺した」
鋭い瞳が家康の方を向く。
「ならば、何故殺した?」
「大切だったから」
高虎が無感情に呟く。
「大切な者を何故?儂には理解できない」
「大切だから、この手で全てを失くしたんです」
ほら、だから秀長様がいた証はみんな残っていないんですよ
無感情な声が紡いだ言葉に家康はゾクッとした。
高虎は相変わらず無表情を顔に貼り付けたまま。
「あの方も、あの方の子も、みんなみんな私が殺したんです。そして」
呟くように言って、高虎は立ち上がる。
「もうすぐ、あの方が好きだった兄も城も全部奪ってしまえますよ」
「‥そんな風に思い込んで、自分の怒りを抑えているつもりか?」
家康は高虎の方を見ずに尋ねる。
「他の誰かが奪ったんじゃない。全て私が奪って差し上げたんです。
だって、あの人が大切だから。‥殿、貴方にもこれだけは譲れない」
「それでお前は秀長公を忘れられるというのか?」
高虎は一瞬だけ辛そうな顔をして
「忘れられますよ。殿が言うまで自分が殺めた人の名を忘れてましたから」
そう言うと去っていく高虎に
「儂はお前にそこまで大切には思って欲しくないぞ、高虎」
と冗談っぽく言い
「やはり、‥お前は忘れられないのだな」
とぽつりと呟いた。
自分が奪うことで、奪われたことを忘れ
心の中の憤りさえ嘘で包んで。
「儂には出来ない愛し方過ぎて、理解できぬよ‥弥八」
「そのようで」
家康は背後にいた正信に呟き、小さく笑った。
終
*黒い高虎を書くべく考えてみました。
でも、黒いのかよく分からない‥。
うちの高虎は記憶を忘れるためにという名目の上で、復讐をしているという形です。
以前に消えてしまったのですが、
何故か清正に「殺したのは自分」と言う高虎を書いたことがあって
その延長線で形にしました。
そのときは確か死期が早まったのは自分のせいだという自己嫌悪的な話だった気が。
(どんだけうちの高虎は病んでいるんだ‥/汗)
清正の部分を家康様に代えたのは要は家康様が書きたかったから(え)
それと羽生先生の「藤堂高虎」で家康がこういう問いを
(高虎が考えたんだったかもしれない)してたのでそこら辺ともあわせてみました。
紫堂臣様のところの漫画からも少々知恵を頂きました‥、無断で申し訳ありません。
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