『成長』



「あ、あの‥秀長様」

申し訳なさそうにやって来た高虎に秀長は穏やかに微笑んで

「どうしたの?‥まるで、叱られることをやった子供みたいだよ」

と冗談っぽく尋ねる。

「はぁ‥まぁ、それに近いものがありますが」

高虎は呟くと

「今日、お約束していたのですが実は市松や虎之助と遊びに行くのを忘れてまして。
‥それで、謝りに」

言い難そうに言った。
その言葉と高虎の態度に秀長は思わず笑った。

「そんなこと気にしなくていいよ。行っておいで。先に約束していたのだろ?
大丈夫、私はいつでもお前といられるから構わないよ」

頭を撫でながら言ってやれば、いつもは無表情な高虎の顔が少し赤くなった。
どうやら嬉しかったのか、子供みたいに瞳が輝いている。

「気をつけて行っておいで。市松とお虎によろしくね」
「はいっ!秀長‥いえ、小一郎様も
お一人だからといって無理をなさってはダメですよ」

決して自分からは呼び直さない名前の方で呼んで、
走っていく高虎に秀長は一層可笑しそうに笑う。

(よっぽど嬉しかったんだね)

気にしなくても、いつだって高虎は自由にしていいのに。
秀長はその場に座って、思う。

(束縛しているつもりなんてないのにね)

きっと、高虎自身が勝手にしていることなのだろうとは秀長も思う。
それでも、申し訳なさそうな高虎を見ると原因は自分かな?とも思う。
嫉妬をしない方だと思っている。
いないからといって、寂しがる方でもないと思う。
第一、この年でそれもどうかと思うのだ。

(それにしても、高虎はいつまでも何処か子供っぽいなぁ‥)

少年らしさを忘れない‥とでも言うのだろうか?
大きくなって、逞しくなっていくのにいつまでも何処か一途で真っ直ぐなのだ。
それが嬉しい気もするし、心配でもある。
いつまでも自分が傍にいられるわけじゃない。
だったら、今のうちに高虎に言うべきなのだろうか?
お前はもっと、私から離れていろいろ見るべきだよ‥と。
それでも、築城の勉強に行くと言って出て行ったのに
心配で帰ってきた高虎を思うと無理かとも思う。

(あぁ‥私が過保護なのかな)

過保護に育てすぎたのだろうか?
それとも、自分に忠実なように育ててしまったのだろうか?
そこまで考えて、秀長は首を横に振った。
心配は杞憂かもしれない。
子供は子供だと思っている間に大人になると義姉が言っていた。
きっとそうなのだろう。
いつまでも子供だと思っているのは自分の方で、高虎はもう大人なのだろう。
それなら、それでいい。
いつか自分から離れていくのは寂しいけど、手放す心構えはしているから。
そう思いながら、ぼぉっとしている処へ先ほど出て行ったはずの高虎が突然現れた。

「あれ?高虎」

高虎は腕の中にたくさん柿を抱えている。
走ってきたせいか、荒い息の中

「小一郎様にっ」

と柿を渡してくれる。

「え?‥あ」

秀長は突然のことで、戸惑う。
そこへ後ろから

「おっきい虎兄、早すぎっ!!」

と正則が走ってくる。
その後ろを清正もついてくる。

「美味しい柿だって言ったら、いきなり走り出すからびっくりしたよ」

と正則が深呼吸して言う。

「そうか‥秀長様に食べさせたかったのか」

と清正も荒い息の中呟く。
カッと秀長の頬に熱が集まる。


(あぁ‥どうしてこの子はいつでも、私のことを考えてくれているのだろう)


「迷惑‥ですか?」

高虎が済まなそうな顔をして尋ねるのに、秀長は笑った。

「ううん、迷惑じゃないよ。‥ありがとう」

額を拭ってやれば高虎が嬉しそうに笑った。

「よければ、一緒に食べませんか?剥きますから」
「うん、それは嬉しいね。‥でも、二人は?約束は終わったの?」

高虎はあっと今思い出したかのように正則と清正を見て、慌てる。

「秀長様に食べさせようと思った途端、失念してました‥」


(やっぱり)


そんな高虎を見て、秀長は一層顔が緩んでしまうのを止められない。
それを袖で隠すようにして

「じゃあ、みんなで食べよう。‥おいで、市松、お虎。
美味しいお茶でも入れようね」

と言って、お茶を入れに立つ。
嬉しくて笑みの止まらない顔を高虎や、正則、清正に見せるのが恥ずかしかったからだ。


(そうやって、私のことを考えてくれることがこんなにも嬉しいなんて)


まだ気を抜くと緩んでしまいそうになる。
熱くなった頬に触れて、秀長は思い出してまた笑った。



*久しぶりに大和大納言主従。
 なんだか少し秀長様が乙女な気が‥(苦笑)
 うちの高虎は無意識に秀長様を喜ばせることをしたり、言えばいいなぁ‥と。
 「おっきい虎兄」というのは清正に対して「おっきい」っていう意味。
 身長じゃなくて年がですよ(笑)
 妹の孫六がそう呼んでいたので、拝借しました。
 ちなみに妹の孫六はお虎を「ちっちゃい虎兄」と呼びます。
 清正、可哀想‥(いろんな意味で/笑)
 秀長様が過保護なのもあるけど、高虎が秀長から離れられないのは彼も過保護だからです(笑)
 お互いがお互いに心配していればいいなぁw


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