熱い。
苦しい。
―――誰か、‥誰か気が付いてっ!
「はっ!?」
ガバッと起き上がって、秀長はしばし暗い闇の中で呼吸を繰り返した。
汗がすごい‥。
額を拭って、喉を押さえる。
焼け付くようにヒリヒリと痛む。
呼吸は時折ゼイゼイと荒いものが混じる。
頭が痛いとか、ボォッとするとかじゃ済まない。
寝ているのでさえ苦痛で、秀長はしばらくそのままでいた。
怖い夢を見ていた気がする。
自分以外誰もいない闇の中で、何かから逃げているのだ。
何から?
自分以外、誰もいない筈なのに。
なのに、それが恐怖だと夢の中の自分は知っている。
それが怖くて、捕まりたくない。
「‥案外、死とはそういうものかな」
ボソッと呟き、秀長はやっと身体を横たえた。
ゴホゴホッと小さく咳をし、天井を見上げる。
まだ、胸の辺りが痛む。
寝入るのが、今日は特別怖い。
寝てしまって、そのまま起きれなくなりそうで‥、怖い。
「そんなこと、あるはずないのに」
自分らしくないと秀長は自分を笑った。
だが、日々弱気になる自分を知らないわけではない。
確実に自分は弱っている、精神的に、体力的に。
限界が近いのだろう。
まだ、たくさんやることがあるのに。
秀長はフッとそう思いながら、目を瞑る。
すると涼しい風が部屋の中に流れ込む気配がした。
目を開け、そちらに目を移せば襖が開いている。
「‥誰かな?」
小さく問えば、影がうごめいた。
「起きていらっしゃったのですか?」
「高虎?」
声は明らかに部下である彼のもの。
秀長は少しだけ安堵の息を吐いた。
「それとも、起こしましたか?」
「いいや、先ほど目が覚めたんだ。高虎は何を?」
「いえ、その、秀長様のご様子を」
真面目な彼らしい答え。
秀長は思わず小さく笑った。
「おいで」
誘えば、必ず答えてくれる。
近寄ってくる影に秀長は腕を伸ばす。
高虎の頬に指が触れる。
「今、すごく不安だったんだ」
頬を撫でながら、秀長は小さく呟く。
「何故?」
「‥さぁ、怖い夢を見たからかな」
笑うように言う。
「でも、高虎が来てくれたから怖くなくなってしまったよ」
「嘘ですね」
はっきりと否定されて、秀長は困ったように眉を寄せる。
「何故そんな事を言うの?」
「指が、震えていらっしゃる」
頬に触れる手をそっと掴んで、高虎が低く呟く。
「あぁ、そうか」
バレバレだねと、秀長は小さく笑う。
そして、咳を何度かした。
「秀長様‥」
心配したような声が降ってくる。
「大丈夫‥、大丈夫だよ。少し、調子が悪いだけ」
「ここ最近、やけにそのような嫌な咳をされる‥」
「そうかな?」
「隠さないで下さい」
近づく顔に秀長は苦笑する。
彼はもう気付いている。
秀長が長くない事、病気である事。
それでも‥。
「そんな顔しないでいいよ。‥本当に、大丈夫」
秀長は否定して、高虎の頬に唇を近づける。
「高虎にそんな顔されたら、良くなれないよ」
冗談交じりな言葉で誤魔化す。
高虎の眉が少しだけ困ったように寄せられるが、何も言わない。
ただ、秀長の額へ口付けると冷たくなった彼の頬を撫でる。
「貴方を失いたくはない」
「何処へもいかないよ、高虎」
慰めるように。
宥めるように。
秀長は高虎に語りかけて、瞳を閉じる。
「だから、このまま少しだけ側にいてくれるかい?」
私が眠りにつくまで、側に。
秀長の言葉に高虎が僅かに頷く。
彼の熱が近くなる。
「もう、何も怖くないよ」
死さえ、きっと怖くない。
例え、明日死ぬ我が身でも。
「お前が側にいてくれれば、何も恐れないよ」
抱き寄せる熱を感じながら、秀長は高虎の熱に身を任せる。
「高虎がいてくれさえすれば、”眠って”しまうことも」
―――怖くはないよ。
秀長の言葉は闇に溶けて、高虎の耳には届かなかった。
終
*前回のから気を取り直して、書いてみました。
当初のに少し戻ったかどうか心配ですが‥。
どうやらここのCPは秀長様が高虎を好きなようですね。
いえ‥高虎も秀長が好きなんですけど、秀長の「好き」とは違うようです。
そのうち、高虎視点も書いてみたいです。
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