『虎』

「頑張ったね、高虎。私は鼻が高いよ」

賤ヶ岳合戦。
勝利に酔う中、秀長は高虎の側に近寄った。

「‥秀長様」
「どうした?浮かない顔して。
市松や、お虎に負けたのが嫌だったかな?」
「いえ。もっと、貴方の為に戦えればよかったと、そう思っていました」

その言葉に秀長は苦笑した。

「いいんだよ、アレで十分だよ。そうだね、何か私から褒美をやろう。
米?金?女人?それとも、官職?‥考えておいて」

そう告げると秀長は高虎から離れようとした。
だが、突然袖を高虎に掴まれる。

「たか‥とら?」
「貴方自身が欲しい」

引き寄せられて、耳元に囁き落とされる。
カッと秀長が赤くなる。

「な、何を言って!?
だ、だって、それじゃ何も残らないじゃないか!
い、いや‥そうじゃない。わ、私なんか、面白くもなんとも‥」

オロオロする秀長を高虎はしばし眺め、突如その唇に己のを重ねた。

「た、高虎!?」

驚いて、逃げようとするとまた口付けられる。
さっきよりもずっと深く。
駄目だ‥これ以上、されたらおかしくなる。
秀長は高虎の腕の中で、心中慌てた。
それでも、身体は動かない。
大人しく高虎に身を委ねようとするのだ。
自分の意志じゃ、高虎から逃れられない‥。
絡まってくる舌に全てを委ねそうになった途端

「秀長様ぁ〜」

と声が聞こえた。
その声にハッと我に返った。
さっきまで動かなかった身体が動く。
急いで、高虎を振り払い、距離をとる。
高虎が少しだけ、不満そうな顔をする。

「ご、ごめん‥高虎。い、行かなきゃ」
「‥‥」
「そうだね、‥後でちゃんと兄上には言っておくから。
だから、‥官位とかで我慢して」

引きつる笑みで、秀長は笑う。
高虎の瞳が突き刺さるようで痛い。

「お、怒らないで‥高虎」

怖い。
初めて感じた、感覚。
虎に睨まれるのはきっとこんな感じ。
秀長はキュッと目を閉じて、高虎を意識の外に追い出した。
遠くでまだ秀長を呼ぶ声がする。
しばらく、身動きがとれずにいると肌に感じる痛い視線が消える。
ハッとなって目を開くと高虎が目を伏せていた。

「貴方を、困らせるつもりはありません。
すみません、戦で気が立っていました。
‥ご無礼をお許し下さい」

そう謝った高虎はいつもの高虎だった。
秀長はその後なんと言って、その場を去ったのか覚えてはいなかった。

***

夜の寝所。
秀長は一人でしばらく頬杖ついて、悩んでいた。
拒絶したと思っただろうか?
高虎の怖い視線を思い出して、瞳を閉じる。
‥本当は、私だってお前に全てをあげられたらいいと思っているのに。
自分は欲しいとねだるくせに、欲しいと言われると途端怖くなる。
高虎が望んでくれる時なんて、滅多にないのに。
ないのに、拒否した。
‥馬鹿だな、私は。

「秀長様」

外から声がかかる。

「なんだい?」
「起きてらっしゃいますか?」
「うん、起きている。‥高虎だね?入っておいで」

促すが、高虎は立ち上がる気配も障子を開ける気配もない。

「高虎?なんで、入ってこないんだい?」
「まだ、戦の疲れが残っております故ここで失礼させていただきます」
「疲れ?お前が疲れるなんて、あるのかい?緊張した?」
「かもしれません。まだ、‥あの興奮にくらくらしています」
「で、なんの用かな?」
「今夜は宿直の番でして、その報告を」
「疲れているのに、私の護衛?」
「‥はい」

その時、秀長は高虎の言葉の裏にあるものを感じた。
あぁ‥、私に気を遣っている。
分かると秀長はいてもたってもいられなくなる。
立ち上がると障子を開けた。
高虎が驚いたように秀長を見つめている。

「寒いから、お入り。お前も疲れているのだろ?」
「い、いえ‥私は‥」
「無理しなくていいよ。それとも何かい?私の側が嫌になったかな?」
「決してそのような事はッ!!この高虎、何時だって秀長様をッ」

そこまで言って、高虎は押し黙ってしまう。

「今日の事を、気にしている?」
「‥貴方に対して、無礼な行いをした。最低です。
血を見た時に沸き上がってきたどうしようもない興奮を
貴方で鎮めようなんて、浅ましいことを思いました。
貴方にっ‥なんてことを!!」

そこまで一気に言って、高虎は唇を噛んだ。
秀長は高虎の言葉に少なからず驚いた。
自分の方が悪いと思っていたからだ。
こんな風に彼が謝ってくることは予想していなかった。

「どうか、今宵は私をお呼びにならないで下さい。
貴方に何をしてしまうか考えると、自分が嫌になる」

高虎の言葉はいつもよりずっと感情的。
秀長は小さく笑って、しゃがみ込むと高虎の額に口付けた。
ハッと高虎がそこを押さえ、半ば狼狽える。

「いいよ、別に。高虎がそんな風に謝る必要なんてないよ。
だって、私はなんでもあげると言ったんだ。
約束を守らなかったのは、私の方。
さっきからずっと後悔してたよ。だからね、おいで」

高虎は秀長の言葉に呆然としていた。

「‥それとも、もう、いらないかな?」

秀長は小さく微笑む。
高虎の瞳が色を変える。
あぁ‥、虎の瞳。
食らい付くように秀長の喉へ口付けてくる高虎に秀長はそう思った。




*久しぶりに秀長様と高虎を書いてみました。
 前回と全く違う感じになっている気もしますが‥。
 気分です、気分。
 上手く書けるときと書けない時とか、
 こうしてみたいとかこうしたくないとか色々ありまして‥(言い訳)

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