『嬉しいこと』


なぜか機嫌の悪い恋人に左近はため息をつく。
先ほどから機嫌を取ろうとやっきになっているが、
どの方法も今のところ不発に終わっている。
それ以前に、何故不機嫌なのか分からないのも問題だ。

「五助殿、そろそろこっち見てくださいよ」

優しく声をかけるが、そっぽを向いて黙りこくっている恋人。
どうやら無視を決め込んでいるようだ。

「どうしたんですか?せっかく会える日なのに、そんな風に」

抱き寄せようとすると逃げられる。
だんだんと焦れてくる。

「いい加減にしてくれますか、五助殿。
俺だって、いつまでも優しくご機嫌とってられませんぜ?」

少し意地悪く言えば、五助が左近を見た。
その目が何故か冷たい。

「機嫌をとってもらう必要なんてありません。
どうぞ、ご勝手に。忙しいですから」

視線以上に冷たい言葉。

「な、なんで‥怒ってるんです?」

ふいっとすぐにそっぽを向かれそうになって、左近が腕を掴む。

「別に怒ってませんけど?左近殿こそ、何を焦っておいでですか?」

笑顔を浮かべるが、何処か冷ややか‥。
左近はその表情に顔を引きつらせながらも、なんとか笑みを浮かべ続ける。

「俺、なんかしましたかね?でしたら、謝りますし‥」
「怒っていないですよ。謝ってもらう必要もないです」
「だったら、仕事なんかしてないで‥」

構って欲しいという言葉は左近の口内に消える。
五助の視線がものすごくきついからだ。
ここまで拒絶されたことがなかったせいか、左近は少なからず傷ついた。
だが、表情に出さず

「‥すみませんね、邪魔して」

というと部屋を出た。
廊下を早足で歩みながら、抱きしめたかった恋人を想って大きくため息。
仕事が忙しくて、相手ができないのだろうか?
何か不満な事でもあるのだろうか?
いや、それとも自分が何か悪いことをしたのか?
頭の中を色々と思考が行き来するが、答えは出ない。

***

「喧嘩?」

眉を寄せた三成に左近は苦笑い。

「酷い奴だな、お前は」

三成の言葉に

「原因が分からないのに、既に俺のせいですか?」

と左近が返す。

「お前じゃなくて、誰のせいだ?」
「そう思う根拠がおありですか?」
「多分にあるぞ」
「‥そう力強く言われると、きついですが‥正直」
「意識せずしていたのか?」
「は?」
「お前のことだから、計算していて困らせているのかと思ったのだが」

違うのだなと呟かれる。

「何を一人で納得されてるんです?俺にも分かるように頼みますよ」
「恋愛関係に関してはお前の右に出る奴はいないと思っていたが、
どうやら本命には疎いようだな」
「だからなんです?分からないのですが」
「五助は、妬いてるんだろう」
「え?」

三成の言葉に左近が言葉を失う。

「お前が女といたのが気に食わなかったんだろ、きっと」

人の色恋には首を突っ込みたくはないのだよ、俺は‥
と眉を寄せ、迷惑そうな顔をする三成。
向かいに座っている左近は己の口を押さえて、信じられない様子だ。

「五助殿が、嫉妬?」
「‥何度言えばお前は分かるんだ、左近。めんどくさいのだが」

三成はそういい、ふいっと顔を背ける。

”こちらまでこっぱずかしくて嫌なのだよ”

少しだけ赤くなった左近の顔を見てしまい、三成は一層眉を寄せる。
一方、当の左近は三成の言葉を反芻し、言い知れない喜びにしばし言葉を失っていた。

”五助殿が、妬いていた?俺が女といたから?”

そう考えれば、あの態度に納得もいく。

”まったく、‥あの人は”

思わず顔が緩む。

”可愛い”

あの冷たい言葉を言いながら、内心どれだけモヤモヤしていたのか。
それを思うほど、可愛くて愛おしい。
どれだけ叫びだしそうになる言葉を飲み込んだのだろう?

「出かけてきます、殿」

失礼しますと言うと左近は出て行った。

「‥紀之介にでも、会いに行くか」

三成はそんな左近の様子を見て、己も恋人を想った。

***

「何の用ですか?」

まだ不機嫌な恋人の出迎えに左近は思わず笑んでしまう。

「‥な、なんですか‥笑って」
「いえ、別に。邪魔ですか?」
「邪魔です!‥帰って下さい」
「手伝っては迷惑ですか?」
「結構です。‥一人で出来ますから」

そう言うが、五助の頬が赤い。
それは左近がやたらと優しく、柔らかく笑っているからだ。

「俺がいれば、もっと早く終わりますよ」
「いいです。もう、終わりますから」
「‥終わるなら、俺と‥」

過ごしてくれますよね?
耳元で囁かれて、一層五助が赤くなる。

「さっきからなんなのですか?笑っていてっ」

囁かれた右耳を抑えて、五助が慌てて身を引く。

「嫌ですか?」
「‥わ、私は貴方を邪険にしてるんですよ?諦めて、帰って下さいっ」
「なんで、邪険にするんです?」
「え?」
「赤くなった顔で邪険といわれても、少しも効果ないですけどねぇ」

くっと左近は楽しそうに笑う。
もう、五助が可愛くて可愛くて仕方ないのだ。

「あ、貴方が悪いんですよっ!!会えない間に、浮気するからっ」

こうなると五助はパニック状態。
前回会った時の落ち着きは何処へやらオロオロ、ワタワタ。

「へ〜‥俺が浮気ですか?身に覚えがないですねぇ」
「嘘ですっ!!じゃあ、昨晩ご一緒だった女性は誰ですか」
「昨晩?あぁ、あれは秀吉様がご贔屓のお店の女将ですよ。
今度、宴会を開くときにお世話になりますから」
「え‥」

はたっと我に返ったのか五助が顔を伏せる。

「ご、ごめんなさいっ!!今、言ったことは忘れてくださいっ。
仕事で疲れていて‥。聞き苦しいことをお耳に入れました」
「忘れるのは、無理ですかね」
「さ、左近殿っ!?」
「嫉妬してくれたんですか?」
「そ、それは‥」
「俺にあんなに冷たくしておいて、今更聞かなかったことに?」
「だから、‥それは申し訳ないと‥」

左近に迫まられて、五助がうろたえる。
意地悪く笑う左近に五助が酷いことをされるのかとキュッと目をつぶる。
左近はその頬に触れるような口付けをしてやる。

「え?」
「‥今、俺がどんな気持ちか分かりますか?」
「わ、分かりません」

優しくされて、恋人は困り顔。

「すごく嬉しいんですよ。‥妬いてもらえて」
「そ、そんな」
「いいですよね、自惚れても。
俺が五助殿にとって、妬くに値する恋人だって」
「!?」
「すみません。今日、このにやけ顔が止められそうにないです」

ギュッと恋人を抱きしめて、左近は満足する。
五助は済まないやら、どうしていいやらでうろたえたまま。

「もっと、たくさん妬いてください。
五助殿が感情を出してくれるほど、
俺が好意を持ってもらえていると実感できますから」

それが、とても嬉しいから。

「ほ、ほどほどにしておきます。
今回みたいに間違いだと恥ずかしいですし、‥情けないから」

小さな声で済まなそうに言う恋人が可愛くて、左近は再度その頬に口付けた。




*どのCPでも一度は書く嫉妬話。
 やっぱりなんだか可愛くない子になってしまう五助(苦笑)
 そして、書いていて気が付いたのですがうちの左近さん、キスしすぎ(笑)
 いつでも、ベタベタしていることに気が付いて
 「なに!?このキス率っ」って思いました。
 狙っているわけでも、分かってやっているわけでもないです。
 たまたまこうなっているんです、気が付いたら。
 たぶん、今後もこの調子だろうなぁと思ったり。

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