『守られる』


殿のために躊躇ったことなんて一度もなかった。
だから、戦場で死ぬことは怖くない。
何時だって、自分の命なんて殿の二の次だった。
だったのに‥

***

キュッと左近の腕に布を巻いて、五助は顔を上げる。
今にも泣き出しそうな、そんな怒った顔で睨まれて左近は困った。

「そ、その‥すみませんねぇ」

布を巻かれたところが一気に赤く染まる。
相当深く怪我をしているらしい。

「どうして‥」

五助は搾り出すように言葉を吐く。

「どうしてこんな真似したんですかっ!!」

怒鳴られて、左近がうろたえる。

「ど、どうしてって‥」
「余計なことをしないで下さいっ!!
お陰で貴方はしなくてもいい怪我をしたじゃないですか」

怒っているのは左近が五助を庇ったからだ。
五助は自分が庇われたとき、我が目を疑った。
左近の腕から血が出た瞬間、頭が真っ白になった。
そんな回想をして、キュッと唇をかむ。

「‥死んだら、どうするんですっ」
「え?」
「貴方が死んだら、‥嫌です」

左近の胸に頭を埋める。

「私のために、怪我したりしないで下さいっ」

困るんです、そんなことされたら。
五助は怒鳴りつつも、冷たく言う。
左近が傷ついたことは顔を見なくても感じる。
それでも、今回だけは譲れなかった。

「私が戦場に出るのは殿をお守りすることで、
誰かに守られるためじゃないんです。
殿のために命を張っているんです。‥放っておいて下さい」

守ってもらった瞬間。
左近が怪我をした瞬間。
本当に愕然とした。
左近が己のために死んだのではないかと思って、
己の心臓も止まればいいとすら思った。

「放ってなんていられないですよ」

それなのに、欲しい言葉をくれない恋人。

「あんたがなんていっても、俺はやめませんぜ?
だって、あんたが俺の恋人だ。
守っちゃいけないなんて決まりはないでしょ?」
「何を言っているんですか!?
三成様を守るのも左近殿のお役目でしょ?」

顔を上げて、五助は左近をきつく睨んだ。
こんなにも、胸が張り裂けそうなくらい心配しているのにっ!

「そうですけどね。
けど、‥俺はあんたが死ぬところなんて見たくないんですよ」
「左近殿は、どうしてこう‥」

優しくするんですか?
その言葉は五助の泣き声に消える。
本当は嬉しい。
庇ってもらえて嬉しかった。
だけど、それ以上に苦しくて、悲しくて
守ってほしくはないと拒絶してしまう。
本当はもっと、もっと罵ってしまいたかった。
なのに、涙が出て声にならない。

「ご、五助殿!?」

いきなり泣かれたせいか、左近が珍しくうろたえている。

「‥で」
「え?」
「もう、二度と‥助けないで」

やっと搾り出していった言葉。

「‥嫌です」

左近が呟くように拒絶する。
五助はギュッと拳を握って、力なく左近の胸をたたく。

「守って欲しくないですっ」
「じゃあ、あんたも死ににいくようなことをしないで下さい」
「どうしてそういうことを言うんです?私は殿をっ!!」
「俺は、‥あんたに俺だけを見ていて欲しい。
だから、酷な言い方ですけど大谷殿なんて見殺しにして欲しい」
「なっ!?」

左近の言葉があまりにも意外すぎて涙がとまる。

「俺なんかより、大谷殿の方が大切ですか?
俺が死にそうになっても、五助殿は大谷殿を取るんですか?」

抱きしめられて、耳元で尋ねられる。

「そんなのっ」

選べるはずがない。
五助は苦しくなって、また涙した。
酷い恋人‥。

「貴方は酷い人ですっ」

左近が死にそうになったら?なんて質問は酷だ。

「酷いっ‥最低です」
「‥そうですぜ、俺は酷い男ですから。
今更気が付いたんですか?」
「意地悪言わないで下さいっ」
「五助殿が守るなっ!なんて言うからですよ」
「それはっ」
「‥あんたも、俺に死んで欲しくないと思ってくれているんでしょ?
分かってますよ、その気持ちは。けど、俺はあんたを守りたいんですよ。
自己満足だって言われたって結構。惚れたら最期まで守るつもりですから」
「‥そういう風に言うのはずるいです」
「そうですね」

自分の命が、あっさりと捨てられない。
もう、一人だけの勝手に使える命じゃない。

ギュッと左近に抱きついて、五助は涙を零す。
この人に、執着していく。
嬉しくて、怖くて‥。

「死にませんから、‥無理しないでっ」


だったら、せめて目の前で貴方が倒れるところだけは見たくない。


「分かりましたよ。‥無理はしません」

優しく撫でてくれる手。

「もし、無理なんてしたら守るために私が無理しますから」

本気で言った言葉に左近が笑う。

「分かりました。あんたを心配させないよう、頑張りますよ」

だから、心配させないで下さいね。
優しい恋人の言葉に五助は困ったように泣き顔のまま笑い、頷いた。



*吉継が大切な五助と三成も大切だけど、五助を大事にしたい左近のお話。
 結局、五助も左近が大切なのですがまだ吉継とどう違うのかとか、
 仕事と恋愛は違うと割り切れていない部分もあるって話‥の筈(汗)
 極力、五助が嫌な子にならないように書いている筈なのに
 何処かちょっと嫌な子みたいで複雑です(苦笑)

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