「まだ、ねたくない」
我が侭を口にする幼い主に利章は苦笑を向ける。
「まだ、利章と起きていたいっ」
「駄目ですよ。いつまでも起きていると明日の朝、起きられませんよ?」
「なんで駄目なんだ?利章は昨夜、遅くまでここに帰ってこなかった。
その上、帰ってきたらフラフラで危うく俺を押しつぶしそうになったじゃないか」
「‥そう‥、そうでしたね」
利章は昨夜の己の失態を思い出して、困った顔をして見せた。
昨夜は父親の誘いで、まだ飲みなれない酒を多く飲んでしまったのだ。
前後不覚に陥った自分がした過ちは、
危うくこの小さな主を押しつぶしてしまいそうだったこと。
利章、おもたいッ!と怒鳴られたことを思い出して、笑う。
本当はその寝顔があまりに可愛くて、己が何をしそうになったかなど
当分は心のうちに秘めておくことにして
利章は万徳丸に言った。
「ちょっと前まで暗いのは怖いと言っていたのは誰ですか?」
「なっ」
その言葉に万徳丸が僅かに赤くなる。
「ち、ちがう!俺はこわくなどないっ」
「そうですか?」
「あたりまえだッ」
怒ったように言う万徳丸に利章はため息を一つ、
「では、少しだけ」
と庭に連れ出した。
***
満月の綺麗な夜の空。
僅かに寒い。
「綺麗ですね」
と後ろからついてくる万徳丸に問うと
突然背後から抱きつかれる。
僅かに震える小さな身体に、やっぱり、怖いんですね‥、
そう思って、内心笑う。
「万徳様、お手を」
優しくいえば、万徳丸の手が利章の手をギュッと握ってくる。
「寒いですね。でも、‥こうしていれば、暖かいですよ」
万徳丸が負けず嫌いだと知っているので、
決して「怖いのでしょ?」とは口にしない。
コクンッと頷く万徳丸を見て、
いつだかのように、寒い夜に月を見ていて
万徳様が熱を出して寝込んだ‥ということがないようにしなくては‥と思う。
そんな風に利章が頭の隅で思っていると万徳丸が
「きれい」
と小さく呟いた。
やっと闇夜の恐怖から、月へと関心がいったのか
嬉しそうに月を見上げて
「なんで月は取れないんだ?」
と盛んに尋ねてくる。
それに利章は微笑んで、
「取れないこともないですよ」
と池を指差してやる。
「ほら、あそこに」
その一言に万徳丸の瞳が輝いて、池の中の月をぼんやりと見つめる。
そんな横顔を見て、フッと利章は思った。
生まれたときから父親と離され、このように育つ万徳丸が不憫に思えた。
本当は母や父の傍にいたいだろうと思えばこそ、
「寂しくは‥、ないですか?」
と尋ねていた。
万徳丸の大きな瞳が不思議そうに利章を見上げてくる。
「なぜ、さびしいんだ?」
「お父上や、お母上と会えず‥寂しくないのですか?
お一人で、悲しいと思うことはないのですか?」
こんなことを十一も違う子供に尋ねるのは酷だろうかと思ったが、
万徳丸は意外にあっさりと
「さびしくなどない。かなしくもない」
と答えた。
そんな答えに利章は驚き、尋ね返す。
「何故です?お父上や、お母上の傍にいればもっと違う生活が送れましょう?
それに、いつでもお傍にいられれば甘えることもできましょう?
‥それなのに、万徳様は寂しくないのですか?」
己なら絶対に寂しいと思うからこそ、尋ねる。
だが、万徳丸は大きな瞳に利章を映し、
「おまえは万徳丸の部下になるのだろう?」
とだけ返した。
「は?」
質問の意図が読めず、利章は言葉を失う。
「ちがうのか?」
と尋ねられ、
「はい。もちろん、将来は貴方様の部下に」
と返せば
「なら、さびしくない」
とハッキリ言われる。
驚いていると万徳丸が
「利章が好きでいてくれるのなら、さびしくない」
と口にする。
好きじゃないのか?と少しだけ心配そうな瞳で尋ねられ、
利章は首を振る。
すると万徳丸は、笑顔を向け
「利章、おまえは俺だけを好きでいろ。誰も好きになるな」
俺だけの利章でいろといわれ、
思わず笑いそうになる。
あぁ、自分が心配する感情などこの子にはないのか。
しかも、その原因が自分だとは‥。
「利章は俺のもの?」
尋ねてくる幼い声に心の中で呟く。
そのように口にされずとも、すでにこの身は貴方のもの。
この心が、貴方を想わない日はない。
貴方が生まれた日から、私は貴方のもの。
この愛おしいと思う感情に嘘偽りなどあるはずがない。
「貴方だけを‥、貴方だけをお慕いしております」
「俺には利章がいるから、他には誰もいなくてもいい」
ギュッと力強く小さな手が握ってくる。
それを、心の奥で愛しいと想う。
「ずっとお傍におります。貴方がいつ何時も寂しくないように」
それに、万徳丸が無邪気な笑みを浮かべた。
同時に、クションッと小さくくしゃみをする。
利章はハッと我に返り、己の身体も僅かに冷たくなりつつあるのに気がつき、
「そろそろ戻りましょう。‥お身体が冷えます」
と優しく尋ねた。
だが、万徳丸は池の中の月を見つめながら
「いやだ」
と口にする。
「え?」
「まだ、ここにいる。
俺にはおまえがいるが、月には誰もいない」
さびしいだろ?と尋ねられて、利章は返答に困る。
ですが‥と言い募ろうとしたが、それよりも先に
「‥ここにいて、利章」
と口にされ、何もいえなくなる。
その幼いわがままに大膳は微笑むと
「畏まりました、万徳様。
では、もうしばらく。‥月が寂しくなくなるまで、傍に」
と口にし、その身体が冷えないように抱き上げる。
近くなった利章の熱に安心したのか、
万徳丸が肩に頭を寄せて甘えてくるのを感じながら
私も、貴方がいて下さるから‥寂しいと思ったことは一度もないですよ。
と心の中で呟いた。
終
*渉様、リクエストありがとうございました!
大膳と忠之で、幼い頃のお話でした。
ご希望に副えたものができていたらいいのですが‥。
長政とは違って、忠之は子供の時から生意気だろうなと思ったので
可愛くない性格になってしまいました‥。
それでも、お父さんが大膳に「忠之を殺せ」と命令する云々の前までは
大膳大好きっ子だったらいいなぁと思います。
そんな忠之に大膳は昔からベタ惚れならいいですv
お兄さんという気持ち半分、愛しい人という気持ち半分で
己にモヤモヤしながら生活していればいいです。