『自慢』



長政はイライラし始めていた。
相手の長い部下自慢にそろそろ堪忍袋の緒が切れ始めていた。
元々、気の長い方ではなかったので余計に、だ。
それを後ろに控えている又兵衛はやれやれと呆れながら見つめた。
「で、どうですかな?私の部下は」
相手は長政の様子などちっとも気が付かず、嬉々として尋ねた。
「素晴らしい部下をお持ちですね」
そう言う長政の口元は引きつっている。
悪い癖が出るだろうか?又兵衛は様子を窺い、小さな溜息を漏らす。
「ですが、我が部下には勝りますまい」
その言葉に相手が驚く。
「ほぉ、それはそれは。一体誰の事ですな?」
「ふふ、それはですね」
始まったようだ。
又兵衛は長政が誰のことを言うのか大体予想はしていたので、
あまり気にはしなかった。
母利辺りじゃないだろうかなどと考えていると、
予想外に相手が長政より先に口を開いた。
「まさか、又兵衛殿ではござらんだろうな?」
その問いに長政が凍り付く。
又兵衛もまた、目を見張った。
「又兵衛殿の武勇は聞き及んでおります故、
確かに我が部下は勝てそうも御座いませんなぁ」
溜息混じりに相手が言うが、長政はフルフルと首を振る。
それを見て、相手がおっという顔をする。
「違うのですかな?
あぁ、長政殿と又兵衛殿は仲がお悪かったですなぁ…」
思いだしたように笑う相手に又兵衛はうんうんと頷く。
その通りだ。
俺であるはずがない。
だが、長政の口から出た言葉は又兵衛を呆然とさせた。
「いや、又兵衛の事だ!俺は又兵衛を自慢の部下だと思っている」
いつもより少し紅潮した頬のせいか、
何処か幼げな顔がジッと相手を見る。
「ほぉ」
「又兵衛は槍の腕は一流だし、策略だって冴えている。
そんじょそこらの成り上がり軍師には真似できん。
その上、正義感に厚く、義理堅い男だ。
忠義深いし、…聡明だ」
これには又兵衛、目をしばたいた。
普段の長政からは想像も出来ない言葉だからだ。
いつもは文句ばかり言う癖に。
少し苦笑したくなるのを押し殺して、
又兵衛は素知らぬ顔で若主君の言葉をうける。
長政の頬がさっきより赤いのは
きっと負けたくないという気持ち以外に、
気恥ずかしいというものがあるからだろう。
「又兵衛はそなたの部下より数段上だ。なぁ、又兵衛?」
「お褒めにあずかり、光栄です」
長政の問いに又兵衛は深く頭を下げる事で返す。
「ふむ、では噂は嘘であったか…」
相手はそんな風にぼやき、今度は又兵衛を見た。
「では、又兵衛殿にお聞きするが長政殿をどう思う?」
その問いに又兵衛は長政をチラッと見る。
長政は少しだけ焦ったような顔をした。
あれはたぶん、
又兵衛がまずい事を言ってしまわないか気にしているのだ。
又兵衛は少しだけ口元を緩める。
「言ってもよろしいのなら、申し上げます」
「うむ、構わぬ」
相手の言葉と長政の鋭い視線を受け、又兵衛は口を開いた。
「我が主君、長政は勇猛果敢であり、父・如水様にも負けぬ知謀、
そして強きお心の持ち主に御座います。
幼き時より面倒を見て参りましたが、
このように素晴らしい御方は他にはおりませぬ。
長政殿のような良き主君を持てて、幸せ者にございます」
その言葉に相手は微笑み、長政は信じられないという顔をした。
「はは、そこまで熱く語られると
なにやらこちらが気恥ずかしいわい。
長政殿は良き部下をお持ちじゃ!儂は叶わぬようだよ」
「恐れ入ります」
長政はチラッと又兵衛を見て、深く頭を下げた。
又兵衛の顔はなにやら意味ありげに笑っていた。

***

「又兵衛」
長政は帰り道、又兵衛の背に向かい声をかけた。
「なんだ?」
「さっきのはどういう風の吹き回しだ?」
睨むような視線を受け、又兵衛はしばし考え口を開く。
「そういう長政様こそ、何故?」
返されて、カッと長政が赤くなる。
「そ、それは決まっているだろ!
あんな事言われたら、怒りたくもなるッ」
「否定すれば良かったのではないか?」
「そ、それはそうだが……」
あの席でそんな事…とブツブツ言う長政に又兵衛は小さく笑う。
「まぁ、なんにせよ、嬉しかった。吉兵衛」
「え?」
又兵衛は立ち止まり、長政を見る。
「あのように褒められたのは初めてだ。嫌ではなかった」
「又兵衛…」
「まぁ‥」
又兵衛は踵を返し、歩き始める。
「お前の面子を立てるには良い役を演じただろ?」
からかうような響きに長政はハッと我に返り、その背を追いかける。
「ば、馬鹿にするなッ!誰がお前如きに助けろなど…」
「そういう顔をしていた」
「違うッ」
「違くはない」
「違うッ!だから、お前は嫌いだッ!」
又兵衛はその怒鳴り声に僅かに笑う。
「良き主君には程遠いようですね、長政様」
「お、お前だって、忠義深くないっ」
長政の噛み付くような声を背後に又兵衛は帰り道を歩く。
その心はいつもより晴れ晴れとしていた。



*前のHPから持ってきました。
 このお話は”褒めてください”に続き、
 又兵衛が長政の事を細川に話す場面から妄想したものです。
 珍しくデレの方が多い長政様(笑)
 相手は誰にするか考えたんですけど、
 部下のいる大名が思い付かないで結局名無しになりました。
 藤堂とか、細川にすれば良かったかな。

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