「さすがだな」
そう言って、部下を褒めるお前を見ていると何故か苛立つ。
笑いかけられて喜んでいる部下を愚かだと思う。
俺は、あいつが嫌いだった。
***
「吉兵衛様、これを」
そう言って差し出された紙を一瞥し、長政は目を机に戻した。
「俺は忙しい。後にしろ」
「そうもいかない。俺の部下に与える給料の問題だ。
後回しにするな」
又兵衛の反論にキッと長政が顔を上げる。
「黙れ!!まだ誰も功労をやってないのに、
お前に最初にやれる訳がないッ」
「さっさとやればいい…。俺の部下は、俺以上に働いた。
お前も承知の事実だろ?それにこういう事はお前からやった方が…」
「五月蝿いッ」
ドンッと長政は机を叩いた。
「俺は忙しいと言っている!!
お前の部下の事なら、
お前がどうにかしておけ。
俺はお前の部下なんぞに構っている暇などないのだッ。
勲功?功労?ハッ、馬鹿らしい…。
俺はお前に助けて欲しいとは言った覚えがないが?」
長政の言葉に又兵衛の目が細くなる。
「聞き捨てならない」
「なんだ?文句があるのか?」
「勲功、功労を褒めるのは主である主君の仕事だ。
それを馬鹿らしいというのは、部下を軽んじ過ぎている。
お前はいつもそうだ。…些か考えが浅いのではないか?」
カッと長政の頬が赤くなる。
「ッ……黙って聞いていれば、ぬけぬけとッ!
お前の説教など聞きたくないッ!
第一、部下を褒めろというが主君は誰に褒められればいいと言うんだッ」
長政の怒鳴り声に又兵衛が、いきなり嘲笑し始めた。
「な、何がおかしい?」
「いや、なに…それは…妬みか?」
「!?」
又兵衛の吐いた言葉に長政は真っ青になった。
「ば、馬鹿な、誰が…」
「褒めて欲しかったのですか、長政様?」
又兵衛が意地悪く唇を歪めて笑う。
「‥‥ッ!?」
長政は衝撃を受けたようにしばし呆然としていたが、
いきなり立ち上がって又兵衛に向かって机を蹴飛ばした。
乗っていた硯が落ちて、又兵衛の袴と床を黒くする。
「黙れ、又兵衛!貴様、くどい」
握った拳を震えさせ、長政は俯いたまま告げた。
「勘違いも甚だしい…。
誰が、‥誰が褒められたいと思うか!
俺は黒田如水が息子、長政だぞ。
他の大名が言わずとも褒めてくれるわッ」
そう怒鳴りつけると長政はバタバタと部屋を飛び出していった。
残された又兵衛は落ちた硯を拾った。
指を墨が濡らした。
「…言わずとも、か」
フッと又兵衛は唇を緩めた。
***
「くそっ」
ガンッと長政は柱を叩いた。
「腹が立つッ」
又兵衛の言葉。
それは痛いほど図星だった。
長政は溢れ出る涙を拭った。
拭いきれない涙が床を濡らす。
又兵衛に腹が立ったのではなく、
”自分は褒められた部下を妬んだ”という事実が嫌だったのだ
優しく告げられる、その褒美の言葉。
それが自分も欲しかった。
そんな風に心の中で思っていたと明確に分かってしまった。
褒めて欲しい。
ずっと、そんな風に思っていた。
初陣の時、側にいると誓ってくれた又兵衛はいなかった。
誰も長政の働きを褒めてはくれない。
叱られてばかりで終いには嫌になっていた。
だから、見ている時は褒めて欲しかった。
”よくやったな、吉兵衛様。俺はお前を誇りに思う”
そんな風に言ってくれるだけで大分違うのに。
彼がくれるのは諫めの言葉だけ。
叱咤しかくれない。
自分の言葉が悪いとは思う。
だけど…。
都合が良いのだろうか?
自分は何も又兵衛に褒美をやらないのに、
欲しいと思うのは。
「お前の、‥お前の言葉が欲しい」
長政はズルズルとその場に座り込んだ。
「どうして、お前は俺の欲しい言葉をくれないんだ?
お前は俺が嫌いなのか?」
自分だって嫌いだと思っているのに、
好きでいて欲しいと願うのは酷だろうか?
それでも、そういう姿勢を変える術を長政は知らない。
身に付いた性格は簡単にはなおせない。
このまま一生、
自分は又兵衛に褒められることなく憎しみあい続けるのだろうか?
「褒めて、又兵衛」
***
「長政殿はいかなる御方かな?」
「…そうですね。あの御方は犬武者です。
大群の先頭めがけて鉄砲を撃ったなら、きっとあの御方がいる」
「ほぉ、それはそれは…。よく主君を見ていらっしゃる」
「昔から、無鉄砲な御方でしたから…」
「はは…」
「ですが」
「ん?」
「こういう事を申すのは
旧主人長政を勇猛な大将だと思っているからです。
彼を敵に回して戦うつもりは、私にはない。
もし、戦うというのなら…私はここから去ります」
終
*前のHPから持ってきました。
部下思いな又兵衛のお話です。というか、要は長政の嫉妬話。
けど、ばれる…と(苦笑)
この時の又兵衛は結構察しが良かったんですね(笑)
又兵衛が細川に行った時に話す長政の事が好きです。
おいおい、弱点言わないでも…とか、
一瞬思うけど
あれも愛情の裏返しと思えば大きすぎる程の愛情ですよね?
(と思うのは私だけ?)
というか、読み直したらおちていない気が‥(汗)
設定というか、
お話の中の二人の設定は黒部氏の「後藤又兵衛」によってます。
(特に初陣がどうこうのところ)