『握った手』



何度となくせがまれた、たった一つの我が儘。

「又兵衛、手ぇ繋いで」

それは自分が大切だと想った人からの、唯一の我が儘。

「またですか?」
「ダメなの?」
「ダメと言うわけではないですが…」
「繋いで欲しいよぉ」

せがまれれば、せがまれるほど何故か断れなかった。

「…仕方ないですね」

そんな風に呆れて、その手を取った。
繋いだ手は小さくて、そして温かかったのを忘れる筈がない。

***

「気にくわないッ」

ハッキリと告げられた言葉に槍を振るっていた又兵衛は動きを止め、
そう言った青年を見た。

「気にくわない、お前が」
睨むような眼と威圧的な声に又兵衛は槍を静かに降ろす。

「ならば、側に寄らなければ良いではないか」
又兵衛もまた冷たく、素っ気ない声で返し、側にあった布で顔を拭った。

「俺はここを通りたいんだ!お前が退けばいい」
まるで子どもが駄々をこねるようにそう言い、長政は腰に手をあてて動く様子がない。

「俺は外で槍の訓練をしているだけだ。…気にせず通ればいい」
「見えるから不快だ」
「ならば、別を通れ」
「それは嫌だと言っているッ」

堂々巡りをし続ける会話。蝉の声がやけに五月蝿い。

「終わるまで待てば良い」
「終わる前に退けッ!!さっさと別でやればいいだろ」

いつも、顔を合わせれば言い合いになる。
又兵衛は少々、このやりとりにウンザリしていた。
所詮は子どもなのだ。
内心、長政をそう思う時があった。
何時までも己より幼く、何も出来ない。
そう決めつけていた。
だから、又兵衛は何時だって己が引こうと思っていた。

「はぁ…」

一つ溜息をついて立ち去ろうとすると背後から

「父上が可愛がるからと言って、いい気になるな。部下の分際で」

と長政は吐き捨てた。
それに又兵衛が思わず振り返る。

「お前のそういう態度が嫌いだッ!!
俺よりも大人だってひけらかして、俺を内心馬鹿にしているんだッ。
その武勇も、その知謀も俺より上だって…。
父上に愛されるお前など好きじゃないッ」

長政は半泣き状態で、怒鳴る。
その言葉に又兵衛は目を細めた。

「気に入らなければ、殺せばいい」
長政の言葉が気にくわなかった。
まるで自分はお前がいるせいでダメなのだと言っているようで、
武力を重んじる又兵衛には勘弁ならなかった。
人のせいにしなければ、お前は強くもなれないのかッ!
内心、長政を見下した。
そして、そう思っているのなら俺を殺してでも
強くなるぐらいの気骨がなければと長政の甘えを一蹴したかった。

「俺がいるのが邪魔ならば、殺せばいい。
俺はお前を馬鹿にしたことも、如水殿に媚びたこともない。
嫌いなら嫌いで構わない。好かれようなどとは思っていない。
俺の武勇が憎いか?」
「あ、当たり前だ」

長政は又兵衛の言葉に少したじろいだ。

「なら、躊躇う事はない」

又兵衛は長政の立っている側まで来て、刀を抜いた。

「俺の腕、…斬ればいい」
「え?」

長政が差し出された刀を唖然と見つめる。

「俺の知略が憎いなら、袈裟懸けに斬ると良い。
何、お前のせいにしようとは思わん。俺の不手際だと言えばいい」
「お前ッ…、何を言って…」

長政は始終狼狽えているが、又兵衛は長政を直視し続ける。
己が斬られる事で、長政の気持ちが、その甘えが断ち切られるならそれで良いと思った。
この青年の為になるのなら、己の腕などいらないにも等しい。

「お前が苛立つ程に俺が憎いのなら、これしか道はない。
俺はなるべくお前に近寄らず生活してきたつもりだ。
だが、お前は俺を目障りだという。それなら、一番の近道は……」
「殺せと?」
「あぁ。戦う事が出来ないようにするなら、腕だけでも構わんがな」

長政がその言葉におずおずと刀に手を伸ばす。

「躊躇うと俺が痛い。躊躇わずに、斬れ」

又兵衛はそう告げると静かに目を閉じ、腕を長政に差し出した。
断ち切って、俺を越えてくれ!
何処かで……そう思った。

***

今こそは仲違いしているが、昔は嫌いじゃなかった。
むしろ大切な人だった。
手をねだられるのを何処かで待っていた気がした。
今はもうねだられることはない。
欲しいと望んでくれる事もない。
今、斬って欲しいと願うのは長政の為だと言うが本当は己の為でもあった。
後藤又兵衛という男が存在するせいで、長政が苦しむならその存在を消したかった。
そしてまた、又兵衛にとっての子どもである長政を斬ってしまいたかった。
何時までも側にいて守り続けるのは、おかしい事だ。
嫌いなら守る必要などないのだし、長政はもう大人だ。
だが、きっとそれは何処かでまだ長政を子どもだと思っているのだろう。
手を繋いでとせがんだ、幼い長政がまだいる気がして手放せないのだ。
それが悪循環で長政を苛立たせる。
言葉の上手くない自分が唯一してやれるのは、これしかない。

斬れ。

そう命ずることしか…。

「ッ」

音を立てて刀が落ち、又兵衛がその音に眼を開く。

「吉兵衛?」
「お前の腕を切り取っても俺にとってのお前が変わる訳じゃない。
お前が死んでも、お前を慕う者がいなくなる訳じゃない。
俺はお前のそういう所が嫌いなんだっ」

その言葉に又兵衛は目を見開く。
俯いている長政の肩は小刻みに震えている。

「吉……」

そう言いかけたが、長政は踵を返し走っていってしまった。
残された又兵衛は刀を拾うと己の腕を軽く斬った。
傷口から血が溢れ出す。

「躊躇わずに斬れと…そう言ったのに」

まだお前は俺に側にいろと、そう言うのか?
苦しむ道を取る事になっても。

「お前は馬鹿だ…、吉兵衛……ッ」

又兵衛は笑うと顔を押さえた。
涙が零れ、地面を僅かに濡らす。

二度と俺がお前の手を取らずとも、お前は俺を側に置くのか?
”嫌い”だと言いながら、せがむのか?
俺がせがまれると断れないと知っているのだろうか、お前は。

*やっとこさお目見えできました(苦笑)
 長政視点の逆Verで、又兵衛視点話。
 元があってそれの逆って難しいですね。
 書かれる方はすごいなぁって感じました。
 どうしても無理が生じて、あぁ……あのままにしておくべきだったかな?
 なんて結構反省したくもなりました、トホホ…(汗)
 精進します。
 でも、途中を書かなくていいのは正直楽でした(え)

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