桜華茶房

『本当に欲しい人』


「えぇ〜っ!?」
「ちょっ!?し、重門、声がでかいっ」

いきなり叫んだ幼馴染に長政が真っ赤になって、慌てる。
だってなぁ‥と相手の重門が苦笑する。

「俺が助言したのに
後藤殿と接吻も未だにしていないって、
‥長政も苦労しているなと思ってさ」
「だ、だから、別にしたい訳じゃッ」

長政が否定しようとするのを無視して、

「ふーん‥あそこまで長政がしても
手を出さないんだ、後藤殿って」

そんな風に呟く。
長政はその言葉に

「べ、別に何もしないわけじゃないっ!
又兵衛だって、俺のこと‥抱きしめてくれたし‥」

と、別に庇う必要などないのに口にする。

「それで長政が幸せそうなら良いけどさぁ‥。
でも、それって一生、
後藤殿の弟的立ち位置なんじゃないかと思うんだけど」
「うっ」

そう言われれば、否定できないものがある。

「後藤殿ってさ、‥めちゃくちゃ鈍感でしょ?」
「‥言われなくても、分かっている」

そんなこと、長政にしてみれば子供の頃から分かっていたことだ。
己が好きだと口にしても、
彼は弟から言われるそれとしかとらない。
それでも‥、その頃は、己も
兄から言われるような「好き」で満足していたのだ。
今だって、疎遠になっているかもしれないと心配になった時に
ちょっと優しくしてもらえると、そんな少しのことだけで幸せになれる。
それで、進まないと言われれば‥、確かにそうだし、否定はできない。

「それにしても、こうも手を出されないとは」
「‥俺に可愛げがないからだと思っているだろ」
「え?‥うーん、ちょっとね」

ははっと笑う重門を睨んで、

「それも言われなくても、分かっている」

そうハッキリと口にした。
可愛くないことなんて、自分が一番知っている。
特に、又兵衛の前では一番可愛くない。
子供の頃、よく「可愛い」と口にしてもらえた自分を
何処においてきてしまったのだろうか?
あの頃と同じように甘えられたら、
きっと今頃彼との関係は違うものだったかもしれない。
でも。

「そんな風に考える自分が、一番可愛くない」

今の自分じゃない自分なら又兵衛に愛された?
そんな想像の自分に嫉妬する自分。
それが、きっと一番可愛くない。
変えようもないことを、変える気もないのに妬むなんて。

「俺は可愛くない‥」

呟いて、俯いた長政に重門はしばらく黙っていたが

「なぁ」

と声をかけてきた。

「なんだ?」

ゆっくりと顔を上げれば、重門の顔が近い。
近くなった、幼馴染の顔は何処か幼い頃に見た彼の父・重治に似ている。
整っていて、何処か優しげで‥。
思わず、見惚れているとその顔が
いっそう近くなって長政は慌てて、後ずさった。

「な、なんなんだ、重門っ」
「あのさ、辛いんだったら、後藤殿のことなんて諦めなよ」
「は?」
「長政は、可愛いよ。
そんな風に後藤殿のことで思い悩む長政は可愛い」
「からかっているのかっ」
「違うよ。‥本気で言っている。
俺は、長政の可愛いところをたくさん知っている。
後藤殿を諦めて、‥俺じゃ駄目?」
「へ?」

突然の幼馴染に言葉に、長政は頭が一瞬真っ白になった。
だが、すぐに怒って

「ば、馬鹿を言うなっ!!お前は幼馴染だっ!!
それ以上でも以下でもないっ」

と返す。
だが、重門は唇に笑みを浮かべたまま

「俺は、それ以上に想っていると言っても?」

そう口にする。

「え?」

思いもよらない言葉に、たじろぐ。

「だ、だが‥重門のことは‥幼馴染にしか思ったことがないし」
「俺はいつもそれ以上に長政を想っているよ‥って言ったら?」
「っ‥で、でも‥」
「すぐに後藤殿以上に想って‥なんて言わないよ。
でも、長政を泣かせたりしない」

長政は、ない混ぜになってきた感情に混乱してきた。
重門のことは、好きだ。
でも、幼馴染として‥だ。
なのに‥彼がもし、本気で言っているのだとしたら。
自分はどうしたら‥。

「優しくするよ。‥長政を思いっきり甘やかすし、
絶対誰にも触れさせない」

重門の言葉に、長政はフッと思った。
あぁ、この言葉が又兵衛から発せられたものならいいのに‥と。
こんなときでも、想うのはあの男なのかと内心自嘲する。
片想いのくせに‥だ。
そんなことを思っていると不意に

「好きだよ、吉兵衛」

又兵衛しか呼ぶことのない呼び方で、優しく呼ばれて
長政は不意に己が又兵衛に言われたような錯覚に囚われた。
それが、隙だったのか突然重門に押し倒され、
我に返った。

「な、何をする気だ、重門っ」
「‥少し怖いかも。けど、優しくするから」

重門がにっこり笑って、やんわり言う。
その言葉の意味を察して
長政は首を横に振ると僅かに抵抗した。
だが、相手はそれを押さえ込むと着物の合わせ目に触れてきた。

「あ‥い、嫌だっ‥ま、又兵衛!又兵衛ッ!!」

無意識に口から出た、救いを求める言葉。
あぁ、こんなときでも‥口から出るのは彼の名前。
‥助けになんて、来ないのに。
重門の指が首筋に触れて、ギュッと瞳を閉じた瞬間
バンッと襖が開く音がした。

「吉兵衛っ、どうした!!」

己を呼ぶ声に、長政はハッと瞳を開く。
見上げれば、又兵衛が血相を変えて立っていた。
そのことに、助けに来てくれたのかと嬉しく思ったが
瞬間、顔がサァァッと青くなる気がした。
重門に押し倒されている、この状況。
こんなところを‥よりにもよって、又兵衛に見られるなんて。
そのことに、愕然とした。
どうしよう、‥これじゃ、一層‥。


――気持ちが、離れていく


泣き出したい気持ちに襲われた。
あぁ、又兵衛はきっと俺と重門が
こういう間柄なのだと思っただろう。
この後は、きっと何事もなかったかのように立ち去るのだろう。
勘違いしたまま‥。
そうしたら、俺はどうしたらいい?
重門になんて言えばいいんだ?
だが、そう思った瞬間、重門が大笑いし始めた。
何事かと幼馴染を見れば、

「長政ってば、本気にしたのか?嘘だよ、嘘ッ!」

俺だって、好きな子くらいいるに決まっているだろと
可笑しそうに口にされ、身体を離される。
つまり‥。

「ごめん、長政があんまり本気でうろたえるから本気でからかった」
「か、からかっ‥ッ」

からかわれた!?
あんなに、‥あんなに気持ちがごちゃごちゃになったのに。
又兵衛に勘違いされたかもと、絶望的な気持ちになったのに。
こんなのって‥。
憤りで怒鳴りたい気持ちに襲われて、口を開こうとした瞬間

「重門殿とはいえ、‥冗談が過ぎるのではないですか?」

又兵衛が先に口を開いた。
顔を見れば、何処か不機嫌そうだ。
そのことに、又兵衛にしては珍しい‥と思っていれば、

「吉兵衛は、まだまだ子供なんですから
こんな悪い遊びは教えないで頂きたい」

そんな風に口にされて、カァッと頬が熱くなる。

「ば、馬鹿にするなッ!!俺はもう子供じゃないッ」
「重門殿に迫られて、俺を呼んだ口が何を言うかと思えば‥」

怒鳴るが、又兵衛はいつもの調子でさらっと返すだけ。

「お、お前なんか呼んでいないッ!!」
「呼んだだろ?又兵衛と、二回も」
「聞き間違いだッ」
「あぁ、なら悪かったな。太兵衛の間違いだったかもしれん」
「ッ‥、又兵衛の分際でっ」

まだ言い足りないと怒鳴ろうとした長政の着物の合わせ目に
不意に近づいてきた又兵衛の手が触れる。
そのことに、反射的にビクッと驚く。
それに気をとられていると、又兵衛がフッと安堵の表情を顔に浮かべた。

「‥特に、なにもされていないんだな」
「え?」

少し安心したように口にされた言葉に
耳を疑っていると、再度重門が笑い出した。
なんだ?という表情で、見れば

「分かった、分かった。
‥そっか、別にまるっきり興味ないわけじゃないんだ」

なんて、意味の分からないことに喜んでいる。
何が言いたいんだっ‥と怒鳴ろうとした長政より早く

「あぁ、後藤殿?俺さ、長政に接吻したから。
それも、とびっきり濃厚なの」

なんて、まるっきり冗談を残して去っていく。
その、あまりの冗談に呆然としていると

「本当か?」

などと、又兵衛に尋ねられる。
そんなわけがない。
全部、重門の嘘だ。

「馬鹿じゃないかっ、俺と重門が‥っ」


”そんなことをするわけないだろ”


だが、その言葉は、又兵衛の口付けに消えた。
それは、何も考えられなくなるような
重門が冗談で口にした”とびっきり濃厚な”接吻に近くて、
長政の身体が一瞬で熱を持つ。
びっくりはしているが、先ほどのように拒む気持ちは出てこない。

「‥これくらい、だったか?」

少し赤い又兵衛の顔が尋ねてくるのに、
呆然としたまま唇に無意識に触れれば、
まだ感触が残っているみたいで
頬が自然と赤く染まっていく。
思わず、

「なんで?」

と呟いた言葉に

「あぁ、そうか、‥悪かった。
吉兵衛は、重門殿より俺の方が嫌いだったな」

これじゃあ、‥口直しにすらならないなと自嘲気味に
視線を逸らして早口で言葉にしてから、

「なんで、お前こそ嫌がらないんだ?
‥こういう時に、助けを呼ばないと俺に何されるか分からないぞ」

責める様に続ける。
そんなことを複雑な表情で言う相手に長政は困惑したまま、

「お前にされたら‥誰に助けを求めていいのか、分からない」

そう返した。
だって、して欲しかったのは又兵衛なのだ。
この場合、助けなんて欲しくない。
助けなんて、呼ばなくてもいいのだ。
今だって、もし重門がこれ以上のことをしたと口にしていたら
自分はどうなっていたのだろうとそればかり思う。

「お前にだったら、別に何をされてもいい」

ぼんやりした頭のまま、無意識に口にした言葉に
又兵衛が一層赤くなる。

「‥困惑しているのは、俺だけだと思っていたが
お前も相当困惑しているみたいだな。
普段なら、そんなこと絶対言わないだろ」

嫌がるに決まっている。
そんな苦笑と共に、
額に又兵衛がくれたのは優しく触れてくれる口付けだった。
口付けと一緒に低い声が、

「お互いに落ち着くまで‥こんな状態でも、怒らないか?
いや、後で怒鳴られるのは目に見えるが、それでも‥」


――今は、止める術が分からないんだ


そう囁いてくる。
長政は、その裏側にある又兵衛の気持ちを量りかねて困惑する。
それは、兄として案じた故に出た行動の延長なんだろうか?
それとも‥、もっと違う何か?
表情を見つめても、答えは出ない。
それでも、この行動が嬉しいことには変わりがない。

「別にいい‥」

今、止めたりしないで‥とねだる。

「もっと、して」

自然に長政の腕が又兵衛の首に回された。





*お誕生日だったし、前回が甘めだったので今回も甘めで。
 ツンデレをどっかに置いてきましたが大目に見てください‥(え)
 いちお、個人的には前に書いた重門との話の延長だったりするので
 前進した気がします(え)
 又兵衛は、普段は兄に徹しているのですが
 案じすぎたりするとポロッと胸の奥にある
 「長政が可愛い」と思う自分が出てしまえば良いと思います。
 ‥まぁ、鈍感なので出た瞬間に「あれ?‥なんだこれ?」とか思ってますが(笑)
 独占していないようで、何処かで自分だけは
 長政にとって特別なんだ‥と思っていればいいです。
 重門くんは、損な役だけど‥動かしやすいいい子で助かりますv
 


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