長政は、母の呼び出しで母の部屋に行く途中、
庭で目の辺りにした光景にしばし固まった。
そして、思わず声を出して笑いそうになった。
何故なら、”あの”又兵衛が花を愛でているからだ。
”あの男が花を愛でる?‥有り得ないっ!!”
長政としては、腹を抱えて笑い出したい光景だった。
又兵衛と花。
あの、「風流」と言う言葉ともっとも縁遠そうな男と綺麗な赤い大輪。
きっとこの世で、何よりもおかしな組み合わせに違いない。
クッと気を抜いたら漏れそうになる笑い声を抑えて、
忍び足で又兵衛に近寄る。
それは、後ろから声をかけて、
からかってやろうというほんの少しの悪戯心からだった。
だが、不意に又兵衛が花を見つめたまま
「綺麗だ‥」
そんな風に優しく呟いた途端、長政の足は止まって
気がついたら、その場所を逃げるように去っていた。
***
母の部屋についた頃には、
息も上がって、苦しいほどだった。
幸いなことに、母の姿はない。
きっと、父から声がかかったのだろう。
もしくは、あまりに来るのが遅いので席を外したのかもしれない。
何はともあれ長政は、へたり込むようにその場に座って大きく呼吸した。
なんだったんだ、今の。
又兵衛の言葉を聴いた時、一瞬で頭の中がぐしゃぐしゃになって、
胸の中に一気にモヤモヤした気持ちが溢れ出して、気持ちが悪くなった。
まだ、思い出すと気持ち悪い。
何度も深呼吸して、落ち着かせる。
落ち着いてきたな‥と思った頃に、庭の方から
「‥誰が幸円様の部屋にいるのかと思えば、吉兵衛か」
そう声がかかって、長政はしばし声を失った。
「ん?‥顔色悪いな。どうした?」
「ま、‥又兵衛」
「なんだ?」
不意にズキッと胸が痛んだ。
頭の中で、いろんなことがグルグルと渦を巻く。
さっきの言葉は、なんだったんだろうか。
誰に向けて発した言葉だったのだろうか。
誰に似合うと、又兵衛は思ったのだろうか。
(ねぇ‥又兵衛は、その花に誰を重ねて、愛でていたの?)
己の内から聞こえた声に、
カァッと一気に長政の身体が熱を持った。
なんてことだろうか‥、自分は
又兵衛が、その美しい花の似合う人を
愛おしく想っているかもしれないことに‥。
”妬いている”
――それも、己がどうにかなってしまいそうな程
気持ちが悪くなるくらい、胸がドロドロした想いで埋め尽くされる。
それを認めたくなくて、頭を振ると頬に熱い手が触れた。
ハッと見上げれば、又兵衛の真剣な瞳と目が合う。
「なっ‥何をしているんだっ!離せっ」
「‥酷い顔色だぞ?平気なのか?」
平気?
「平気な訳ないだろっ!!」
平気な訳がない。
又兵衛が誰かを好きだなんて聞いて、平静を装えるはずなんてない。
なのに、可愛く振舞えないし、本音も口に出来ないでいる。
こんなとき、自分がもっと可愛く振舞えれば良いのに‥と後悔した。
なんで‥こんなときですら、自分は素直になれないのだろうか。
己のことに後悔していると又兵衛の手の中に先ほど見た花をみつけて、
長政は呆然とした。
あぁ、‥こんなにも自分は彼が「好き」なのに何もしないで奪われてしまう。
あの花のように、綺麗な人に又兵衛を。
嫌だと口にしたいのに、頭も胸も一杯一杯で声に出来ない。
ただ、手放したくないから又兵衛の着物を必死に握る。
行かないで。
何処にも行かないで。
こんなに「好き」だから、‥他の人を愛でないで。
本当は、又兵衛の手の中からその花を奪い取って
めちゃくちゃにしたかった。
彼の心を占めるそれを、己の手で握りつぶしてしまいたかった。
だが、それはできなかった。
なぜなら、又兵衛のことが好きだからだ。
好きな人が、好きだというものを壊せるはずがない。
それに‥、綺麗すぎるのだ。
又兵衛の手の中、大輪の花は美しすぎる。
己のちっぽけで、醜い嫉妬心なんて‥
この花の前では掻き消えてしまう。
なんて自分は、愚かなんだろうとすら思えてくる。
勝ち目などないくせに、妬むだけ妬んでいる。
こんな風に、きっと又兵衛の胸を占める人にも勝てないのだろう。
「‥綺麗だな」
ポツリと、ぼんやりした心のまま呟く。
綺麗すぎて、壊すことも、憎むことも‥出来なくなってしまう。
「あぁ‥これか。‥そうだな、綺麗だ」
珍しく優しい笑みを唇の浮かべる又兵衛。
何故だろうか。
そんな表情が、うまく見えない。
‥なんだ、自分は泣きそうなのか?
涙が零れ落ちそうになるのを我慢しようとした瞬間、
又兵衛の手が長政の髪にその花を挿した。
「え?」
「吉兵衛にやる」
――意外に似合うじゃないか
からかうように、笑う。
「あまりに綺麗で手折るのは酷かと思ったが、
あんな場所に生えていたら結局はすぐに枯れてしまうと思ってな。
それで手折ったが、俺に花なんぞ不要で困っていた。
だが、吉兵衛に挿して貰えるなら、そいつも嬉しいだろ」
「‥馬鹿じゃないのか」
「なんでだ?」
「男に花なんて‥」
「仕方ないだろ」
”やる奴がいなかった”
ハッキリと口にされた言葉に、我慢していた涙が零れた。
「‥なんだ、泣くくらい嫌なのか?」
「違う‥そうじゃない‥っ」
そうじゃなくて。
その綺麗な花は、
‥きっと同じように美しい人のものだと思っていたからだ。
こんな嫉妬心で醜い自分には絶対に似合わない。
大きくて、美しくて、‥愛おしい人を魅了する華なんて。
それなのに、又兵衛はくれたのだ、その花を。
彼が、誰かを重ねていた訳じゃないと知っただけでも嬉しいのに
彼が自分を選んでくれたことが素直に嬉しいのだ。
「じゃあ、なんだ?
‥あぁ、俺に贈り物を貰うことなどそうはないから嬉し泣きか?」
「馬鹿を言うなッ!そんなことあるかっ」
だが、本音を口にするのがやっぱり出来なくて、
又兵衛のからかう言葉に可愛くない返答で返してしまう。
そんな長政の頬にくっついた涙を少し乱暴に又兵衛の指が拭う。
「なっ‥何をするんだっ」
「泣くな」
「は?」
「せっかく、花をやったんだ。泣き顔なんかするな。
‥笑わないと勿体無いだろ?」
そいつだって、可哀想だろ?
又兵衛の言葉に、長政は反応に困る。
そんな風に優しくされると、
先ほどまで醜く嫉妬していた自分が不意に恥ずかしくなる。
返答に窮していると
「それにしても、綺麗だな」
そんな風に、又兵衛が柔らかい眼差しを向けてきた。
不覚にも、ドキッとしたが顔には出さずにそっぽを向く。
「‥俺じゃなきゃ、もっと綺麗だぞ」
例えば、母上とかに差し上げればいいのに‥と減らず口を叩きながらも
その優しい視線に今度は
(‥お前は、俺と花とどっちを愛でているんだ?)
そんな風に胸の内で尋ねる。
又兵衛は、それには気がついていない様子で
「そうかもな」と冗談っぽく笑ったが
「いや‥。よく似合っている、吉兵衛」
そう一層優しい表情を見せて、口にした。
その言葉と表情に、長政の頬がほんのりと朱に染まっていった。
終
*鈍感又兵衛だけど、長政の株を上げ続ければいい。
そんな感じで、久しぶりに書いた又長です。
バレンタインから物凄く久しぶりな感じで書いたので、
長政を見失いそうになりました‥。
おかしいな‥イベントのために、あんなに書いたのに。
ちなみに、きっとお母さんの部屋でいちゃいちゃしているので
幸円様は「あらあら、まぁまぁ‥v」とか陰でニヨニヨしていればいいです(え)
で、頃合を見計らって現れて長政をドギマギさせたらいいなぁ‥とか
思いながら、そこまで書くとラブラブ台無しなので胸の内に隠しました
(ここで、言ったら意味ないだろッ!)
でも、暇があったら四コマとかにしたい‥v
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