まさか、こんなことになるとは思ってもいなかった。
長政は己の失敗を悔やんで、しばし立ち上がれずにいた。
まさか、己が作ったチョコで又兵衛が寝込むとは思わなかったのだ。
救いだったのは、作ったのを自分だといわなかったこと。
このお陰でどうにか又兵衛にはばれずに済みそうだ。
「だ、だが‥見舞いには行くべきだろうな‥」
顔をなんとなく合わせづらい。
あちらは知らないのだから、平然とこちらがしていればいいのだが。
どうにもそういう気分にもなれない。
「なんで、作った後にあんなところに置いておいたんだ‥」
というよりも
「なんで、味見しなかったんだ、自分!!」
長政は叫ぶと、がっくりとまた落ち込んだ。
だが、悩んでも仕方ないし、悩むのは苦手な長政は
渋々又兵衛のところを訪れた。
タイミングが良かったのか、どうやら来客はいないようだ。
寝ているだろうとそっと障子を開ければ、
「‥なんだ、吉兵衛か」
といきなり声をかけられる。
お陰で、目が覚めた時の第一声を「大丈夫か?」に
しようと思っていた計画は崩れ
「な、なんだとはなんだッ!!心配して見に来てやったのにッ!!」
という明らかに喧嘩腰なものになってしまった。
言ってから、長政は後悔した。
心配してきたのに、これではまるで文句でもいいに来たようだ。
きっと、又兵衛は迷惑に思っているだろうなと少し反省していると
「随分と暇なんだな」
と嫌味を言われ、ムッとなる。
「フン、暇なわけがあるか。
何処かの誰かさんがいない分、忙しくてな!
まぁ、その誰かさんが腹を壊して寝込んだから
仕方なく主として見舞いに来ただけだ」
あぁ、何を言っているんだ!自分はッ!!
そうは思うが一度出てしまったものは、もう戻らない。
「それは悪かったな」
又兵衛はすっかり長政が嫌味を言いにきたのだと受け取ったらしい。
こうなってしまうと素直には「違う」といえない長政は
嫌味を言い募るしかなくなる。
「まったくだ。バレンタインで羽目を外すとはな。
まぁ、何処の誰がくれたのか知らんが
そんな下手なものを最後まで食べるとは案外お前もバカだな」
「‥‥」
「よっぽど、好いた女だったのか?
なんにしろ、お前にくれるやつがいるとは驚きだし、
そいつも随分と変わった趣味だな」
ペラペラといらない嫌味を言いながら、長政は自分の墓穴に苦笑した。
その変わり者は自分なのだ。
どうせ、知らないのだから‥言ってしまったって‥。
「待て」
突然、又兵衛の声が長政の言葉をとぎる。
「なんだ?」
「なんだ、じゃない。‥まさか、お前は覚えていないのか?」
「は?」
又兵衛の顔が複雑な顔になる。
「‥違うな。
お前のことだ、俺が知らないと思っているんだろ?」
「な、なにを?」
「言っておくが、俺は知っているぞ」
又兵衛はため息混じりに、でもはっきりと
「吉兵衛なんだろ、あのチョコを作ったのは。
幸円様と作っているところを見ていたから知っている」
と信じられない言葉を口にした。
長政はその瞬間、頭が真っ白になった。
慌てて、真っ赤な顔で言い訳を口にする。
「お、俺のじゃないッ!!」
「いや、お前のだ。包むところも見ていた」
「ち、違うッ!あ、あれは父上にあげるものだ。
お、お前が勝手に食べたんじゃないかッ」
「そうなのか?だとしたら、大事だが‥
それにしては、又兵衛へと書いてあったが」
「そ、それはッ!?‥それは母上が勝手にッ」
「幸円様が?だが、‥吉兵衛の筆跡に似て‥」
「う、五月蝿いッ!!俺じゃない!!違う!!お前に俺がやるわけないだろッ」
聴きたくないと長政は耳を塞いで、叫ぶ。
全部、全部知っていた。
知っていて、又兵衛が自分のチョコを口にした。
穴があったら、入りたいとはこのことを言うのだと長政は心の中で思った。
真っ赤な顔で、耳を塞いだまま俯いていると
「‥もし、本当に如水様へのだったら悪かった」
と突然謝られる。
顔を上げれば、又兵衛が困ったような‥
そんな複雑な顔に僅かに笑みを浮かべた。
「俺宛だと知って、さっさと食べてしまったから残念ながら残っていない」
「‥変な味がするとすぐ分かっただろうに、なんで全部食べた?」
「変な味?あぁ、まぁ‥味は変だったかもしれないな」
「ッ」
長政は又兵衛の言葉にムッとして怒鳴ろうとした。
だが
「けど、‥俺宛だとあるし、気持ちがこもっていると思えば残せないだろ?」
と続けられて、怒鳴れなくなってしまう。
「今年は誰からももらえないと思っていたところに、
俺宛の‥しかも、心がこもっているだろうチョコがあったら
全て食べるに決まっているだろ?
たとえ、それを食べた結果これでも、な」
おかしそうに笑う又兵衛に長政は怒っていいのか、
照れたいいのか分からず押し黙ったまま。
本当は、食べてくれてありがとうと言いたいし、
俺のせいで悪かったと謝りたい。
それなのに、それができない自分に長政は項垂れる。
そうしていると又兵衛がさっきとは打って変わった
からかうような声で
「そういえば‥、先ほどお前が言っていたことを蒸し返すが
俺にくれる変わり者って吉兵衛のことでいいんだな?」
と尋ねられる。
「は?」
「そういうことになるだろ?俺を好きな変わり者、‥つまりは吉兵衛」
好きなのか、俺のこと?とほとんど本気ではないからかう調子で
尋ねられて、長政は真っ赤になった。
「だ、黙れ!!誰がお前なんか好きかッ!!
あれは、お前をこうやって寝込ませるために
恨みを込めにこめたチョコだッ!!」
「そうだったのか。じゃあ、その効果はバッチリ効いた訳か。
で、俺は寝込んで‥お前はそれをからかいに来た」
「そうだ!ふん、いい気味だッ」
この会話が矛盾していることは長政も分かっているし、
どうせそれを知って又兵衛も嫌味を言うのだから乗っておく。
それでも、もう少し‥と思う。
もう少し、本気で好きなのかと尋ねてくれたら。
好きだって、答えたのに。
「とんだバレンタインだ。来年は勘弁して欲しい」
ククッと可笑しそうに笑う又兵衛に長政は
己の気持ちに気がつかないことに不満を感じて
「言っておくが、俺のチョコの返しは三倍返し以外受け取らないからな」
と釘を刺す。
又兵衛が一瞬、嫌そうな顔をしたが‥
「分かった、三倍だな」
と呟き、
「なにはともあれ、‥チョコをありがとう、吉兵衛」
と先ほどからは考えられない感謝をさらっと口にし、
優しい顔をした。
お陰で長政は真っ赤になってしまった上、
その後の言葉を喋れなくなってしまった。
終
*あの四コマを描いてからずっと書きたかった続きです。
又長は去年もバレンタインネタやったのですが、今年もやりたくて‥。
又兵衛が長政の手作りだと知っている上で、
文句も言わず食べてあげたらいいなぁと
妄想したらこんな話が思いつきました。
鈍感で長政の気持ちに気がつかないくせに、
長政を動揺させるようなことを平気で口にする又兵衛とか素敵です。
それにしても‥去年確か、結構真面目に
「好きか?」と口にしたうちの又兵衛さんでしたが、
長政は答えなかったじゃないか!とちょっと書きながら思いました。
(って、ネタかぶっているんじゃないのか、それっ!?)