『弟のような貴方』



日が傾いていくのを障子越しに見て、
又兵衛は己の横に視線を移した。
肩に寄りかかって寝息を立てている長政。
まだ起きる気配はない。
すっかり、安心しているように見える。

「まったく」

思わず苦笑に近い声が漏れてしまう。


――何が欲しい?


そう尋ねたのは先刻のことだ。
何か物を欲しがるか、
でなければお前になど貰いたくないと
拒否されるかのどちらかを思い描いていた。
それなのに、冗談でしたことを「それが欲しい」と言われたのだ。

「こんなもの、子供の時に卒業したと思っていたんだがな」

しっかりと繋がれた自分と長政の手を見て、笑う。
子供の時よりずっと大きくなったはずなのに、自分より小さい。
いつまでたっても、長政は己の中では小さな弟のままなのだなと思う。
だが、そう言ったらきっと長政は怒るだろう。
それでも、俺はお前を弟のように可愛いといつも思っている。
心の中で呟き、苦笑する。

「俺も相変わらずだな」

一国の主になった男を捕まえて、可愛いなんて。
それも主従という関係にも関わらず、だ。

「如水様に注意されるはずだな」

あまり長政を子ども扱いしてはいけないと言われているにも関わらず、
自分は未だに長政を子供だと思っている。
だから、長政の神経を逆なでしてしまう。
嫌われている原因は自分にあると分かっていて、
なおそうとは思っているのだがどうにも‥。

「俺がお前を弟としか見れないせいかもな」

苦笑して、髪を撫でてやる。

「ん」

長政が身じろぎして瞳がゆっくりと開く。
突然のことに思わず固まっていると眠そうな瞳と視線が絡まる。
こりゃ、‥怒られるな。
そう思って苦笑いしそうになった途端、長政が嬉しそうに微笑んだ。

「え?」

思いもしなかった出来事に思考を止めていると

「‥又兵衛」

と呼ばれ、突然首に抱きつかれる。
いきなりのことに、そのまま体勢を崩す。

「き、吉兵衛ッ!」

なんだいきなり!と言葉にしようとしたが、それは口から出なかった。

「又兵衛、好きだ」

見下ろしてくる長政はそう言うと一層嬉しそうに笑った。
だが、次の瞬間突然崩れ落ちると眠ってしまった。
どうやら、まだ寝ていたらしい。
寝ぼけてでもいたのかもしれない。
それなのに、自分の頬は異様な熱を徐々に持っていく。
あぁ‥なにをやっているんだ、俺は。
赤くなっているだろう顔。
ありえないくらい早くなる鼓動。
こんな言葉、若い頃にたくさん言われ聴きなれている。
それなのに。

「今のは。‥今のはそれとは違う」

一瞬、長政が可愛いと思った自分。
弟としてじゃない。
そのことに、一層身体が熱を持つ。
考えたこともなかったことが頭をよぎって、慌てて打ち消す。

「俺は、‥吉兵衛を弟として可愛いと思っているんだ」

口にした言葉が何故か嘘っぽく聞こえる。
まさか、自分が長政を好きなのは‥そんな理由なはず‥。

「‥ないな、絶対」

もしそうだとしたら、
今頃自分と長政はそういう関係にあるに決まっている。
そうじゃないのだから、違うのだ。
なぜなら、子供の頃からの付き合い。
そういう対象で見ているのなら、とっくに‥。
そこまで思って、自分のバカな考えに呆れた。

「‥なにを俺は焦っているんだ」

たかが長政に「好き」だといわれただけで、こんなにも焦るなんて。

「俺は‥欲求不満なのか?」

自分に尋ねて、苦笑する。
きっと、長政に普段嫌いだといわれているから
「好き」と言って欲しいのだろう。

「この程度で焦ったり、浮かれるようじゃ‥俺も昔と変わらないな」

自分のことを笑って、眠っている長政に目をやる。

「きっと、いつまで経っても俺とお前の関係は変わらないだろうな」


「貴方は俺が守ります」と誓ったあの幼い頃の自分と松寿丸のまま。


「俺にとって、お前はずっと大切な存在のままなのだろうな」

再度、手を握ってやって己も瞳を閉じる。
握った手から長政の熱を感じて、思わず唇に笑みが浮かんだ。



*誕生日話を書き終わった後に、
なにやら又兵衛の方も書きたくなって書きました。
鈍感男だけど、突然ワタワタすればいいよ!と思い、
今回は少し又兵衛らしくない感じに(笑)
それにしても、又兵衛は重くないのだろうか‥?
自分で書いていて、身体痛くなるぜ、明日‥と思った私。
いえ、大丈夫なんでしょう、又兵衛はッ!
長政の一人や二人くらいッ!


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