『誕生日』



今日は自分の誕生日だ。
しかし、相手の男がそれを知っているかは甚だ疑問だ。
背あわせに座っている又兵衛の背中をちらっと見て、
長政は内心ため息をついた。
別に贈り物が欲しいわけじゃないし、
豪華に祝って欲しいわけでもない。
ただ、一言「おめでとう」と言ってくれるだけでいいし、
それを聞くだけで十分なのだが如何せんそういわせる手立てがない。
簡単なのは、自分でそれとなく言うことだが‥、
自分で今日は誕生日だと伝えるのはなんだか癪なのだ。
そんなことを思って長政はまたちらっと又兵衛を見た。
又兵衛はそんな長政の心に
少しも気がついていないかのように槍の手入れをしている。

”気がつけ、鈍感っ”

気持ちに気がつく聡い男だったら良かったのに‥と思う。
又兵衛はハッキリ言って、恋愛面ではかなり疎い‥。
だが、そんな男を自分は好きなのだ。

”なんでこんな男が良いんだ‥”

他にいくらでもいるのに。

”今日、一番祝って欲しいのが又兵衛なんて‥”

そんな風にウジウジと考える自分が嫌で長政は首を振った。

”松寿だった時みたいに、素直に言えれば‥”

いいのだが‥と思い、また長政は暗くなった。
どう頑張っても今の自分は又兵衛に余計なことを言いそうだ。
余計なことを言えば又兵衛を不愉快にさせる。
そうすれば、自分も不愉快な気分になり、
喧嘩になるのは目に見えている。

”今日はできれば傍にいたい”

というのが長政の本音の部分だ。
だから、我慢して先ほどから黙っている。
背中に感じる又兵衛の熱だけで満足だと自分を納得させる。
そんな風に思っていると、又兵衛が振り返り

「何が欲しい?」

と突然言った。

「は?」

思わず長政は気の抜けた返事を返してしまった。
又兵衛は気にせず

「何が欲しい?
なんでも‥といっても俺が出来る範囲だが、なんでもしてやる」

と続ける。
長政はその言葉に頬が熱を持つのを感じた。

「い、いきなりなんだッ」
「ん?‥誕生日じゃなかったのか?」
「っ!?」

覚えていてくれた。
それだけで、言葉では言い表せないほど喜んでいる自分に
長政は自分の事ながら内心呆れる。

「わ、忘れているのだと思っていた」
「忘れる?忘れるわけないだろ」

去年もその前も‥お前が知らないだけで俺は祝ったぞ
と言う又兵衛に長政は頬を赤く染めた。

「う、嘘だ」
「嘘じゃない。幸円様に聞けばいい。
お前が気に入って着ている着物は去年俺が選んだものだが?」
「なっ」

カァァと長政は耳まで赤くなる。
色が好きだからと好んできていたが、まさか又兵衛が選んだものとは。
母が選んだのだと思っていたのに‥。

「べ、別に気に入って着ているわけじゃッ」

そんなふうに言ったが、そう言っても今更言い訳にならないくらい
着ていることに気がついて長政は押し黙った。
又兵衛は長政のことは気にせず、話を続ける。

「で、‥今年は何が良いんだ?天下とか悪い冗談はよしてくれ」

それ以外で俺に出来るものならするが‥と
言う又兵衛に長政は俯いた。
もう、そんなもの決まっている。
傍にいたいだけなのだ。
だが、喉元まで出掛かっている言葉が出てこない。
長政が沈黙していると又兵衛は突然、長政の手を握った。
驚いて長政が又兵衛の顔を見つめる。

「昔はこれが一番いいと言っただろ?」

冗談っぽく言うが又兵衛の表情は柔らかい。
幼い時に一番ねだった”手を繋ぐ”こと。

「‥と言っても子供の頃の話か」

又兵衛はフッとそう言うと手を離そうとする。
それを長政は慌てて握る。
握ってから、自分のしたことに戸惑った。
又兵衛が驚いている。
長政は慌てて視線を逸らすと

「こ、これでいい。‥このままでいい」

とだけぶっきらぼうに呟いた。
これが長政の精一杯。
喧嘩するか、しないかのギリギリの線だ。
しばらく又兵衛は沈黙をしていた。
だが、しばらくすると

「お前が言うなら、このままにする。
しかし、安すぎないか、これは?」

と笑った。
長政は恥ずかしさで顔を上げられない。
そんな長政を見て又兵衛は

「‥誕生日おめでとう、吉兵衛」

と優しく囁いた。
繋いでいる又兵衛の手が長政の手を握り返す。
大きくて、温かい手。
その安心する温度を感じるために、長政は瞳を閉じる。
すると一層、又兵衛の全てが感じられる気がして
長政は思わず口元を緩めた。

来年も、再来年も‥この先ずっと、俺の誕生日にお前がいて欲しい。

言葉に出さないが、そう心の中で呟いた。



*拍手にあったものを大幅に加筆、修正致しました。
 と言っても、大本はそのままなので
 むしろ手を加えなかった方が良かったんだろうか‥。
 不安定の時に書いたもので、読み返したら気に食わなかったので
 変更を気に変えました。
 手を繋ぐだけでも一杯一杯なうちの長政‥。
 鈍感又兵衛がそれ以上を行動に移さない気がするので、
 先に進まないことに苦笑してしまいました(笑)


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