「本当にか?」
又兵衛は太兵衛の言葉に疑わしそうな目を向ける。
「本当、本当っ!!」
「‥嘘っぽいな」
「嘘じゃないって!だって、幸円様が言ってたし」
太兵衛が笑って言うのに
「まぁ、‥幸円様の言うことなら本当だろうな」
と又兵衛は納得した。
***
「又兵衛、トリック・オア・トリート」
廊下ですれ違おうとしていた長政から突然そういわれ、
又兵衛は立ち止まる。
きょとんっとした顔に長政は笑い
「なんだ、知らないのか?」
と尋ねる。
又兵衛はしばらく黙っていたが
「いや、知っている」
と答える。
その返答に長政が不機嫌そうな顔になる。
「ならば、どういう意味か分かるのか?」
「あぁ。甘いものを要求しているのだろ?‥脅しと共に」
ちょっと違うが、まぁだいたいはあっている。
長政は益々不機嫌そうになる。
だが、すぐに笑みを浮かべると
「で、‥言われたのだからするべきことは分かっているのだろ?」
と尋ねる。
どうせ、又兵衛は菓子など持っていないのだと
分かっているのでわざとだ。
脅しだと思っている時点で別に悪戯じゃなくてもいい。
ならば、無理な要求でも押し付ければいつもの仕返しにもなり、
自分だけ知っているという満足感が
得られなかった代わりになると思ったからだ。
予想通り、又兵衛は困ったような顔をする。
「どうした?」
これに気をよくして長政は益々意地悪く尋ねる。
「‥本当にやるのか?」
と又兵衛がポツリと呟く。
「は?」
意味が分からず問い返すと同時に
又兵衛が突然長政の唇に自分のを重ねた。
「んっ!?」
いきなりのことに長政は抵抗も忘れて、驚愕する。
深く深く口付けられて、
息苦しくなって自分が何をされているのか分かり
慌てて身体を押し返す。
「な、なんだっ!!」
真っ赤になって怒鳴れば、
又兵衛が気まずそうに唇に触れながら
「お前が要求したのだろ?」
と呟く。
「はぁ?」
何を言っているのか分からない。
自分が口付けを要求した?
「俺が要求したのは甘いものだ。なんで、口付けなんかっ」
「幸円様がそういう風に要求されたらこうしろと言っていたと太兵衛が」
長政は頭が痛くなった。
たぶん、仕組まれたのだ‥太兵衛に。
もしかすると母も一枚噛んでいる。
「馬鹿じゃないのかっ!!そんなわけあるかっ」
怒鳴る長政に又兵衛はただ視線を逸らして、
「そうか‥違うのか」
と呟くだけ。
いきなり口付けておいて、
違うといわれるのもなんだか腹立たしい。
長政は二人にはめられたと腹立ちながらも、
又兵衛の行動が嬉しくないわけじゃない。
むしろ、予想外のことに驚き、喜んでいる自分がいる。
長政は意を決した。
「ま、又兵衛」
「なんだ?」
まだ、唇を気にしている又兵衛に長政は赤い顔で
「どうせお前は菓子を持っていないのだろ」
と尋ねる。
「‥あぁ」
又兵衛はきょとんとしながらも頷く。
「俺も持っていない」
長政はそこまで言うと視線を逸らして
「だ、だが‥お前が行事に参加して、
俺に甘いものを要求すればお返しをやらないでもないぞ」
と言ってみる。
又兵衛は無言だ。
その無言がなにやら長政には痛い。
言うんじゃなかったと少しだけ後悔する。
しかし、突然又兵衛が
「トリック・オア・トリート、吉兵衛」
と呟く。
カッと長政の身体も熱を持つ。
目を合わせれば、なんだか又兵衛も顔も赤い気がする。
「すごく甘いのと、‥ほどほどなのと、どちらがいい?」
掠れた長政の声に
「‥甘いのを」
と又兵衛が呟く。
長政はその答えに、
人目も気にせず又兵衛に抱きつくとさっきより深く口付けた。
終
*拍手として使っていたものです。
ハロウィンにかこつけて、イチャイチャさせてみました。
たぶん、幸円様も太兵衛もほくそ笑んでいることでしょう(私もですが)
この後たぶん、しばらくはこの二人は
口がきけないと思われます、恥ずかしすぎて(笑)
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