『追っていたのは』



「なぜだっ!!」
「なぜ?といわれても、仕方ないでしょう。
後藤殿は貴方の元へは帰らないと思いますよ、甲斐守殿」

バンッと力任せに床を叩く長政とは逆に冷静な忠興が言い返す。

「又兵衛は俺の部下だっ!!誰が貴様などにやると言ったっ!」
「貰うとは言ってませんよ、別に。客人として置いているだけです」
「そんなことを言って、貴様、前々から又兵衛と通じていたではないかっ」
「知り合いではいけませんか?」
「あいつは俺の部下だ」
「現在は違うと思いますが」
「黙れっ」

ギリッと歯軋りをして、長政は忠興を睨む。

「あれは奉公構いにした。貴様のところには絶対に仕官などさせんっ」
「そうですか、‥それは後藤殿もお可哀想に」
「‥なんだとっ?」

忠興は小さく笑った。

「こんな風に歪んだ愛情で縛られては、嫌気も差しますねぇ」
「なっ!?」

長政が息を呑んで、動きを止める。

「いなくなって、やっと大切さが分かったんですか?
それとも、逆に大切だから素っ気無くしたら逆効果だった?
知りたいですね、そこら辺を」
「ば、馬鹿を言うなっ!!誰があのような男をッ」
「大事じゃないのですか?なら、この私が貰いますよ、無理やりにでも」

ゆったりと笑う忠興に長政の表情が一層険しくなる。

「又兵衛に近寄るな‥。たとえ、現在同じ仲間といえど戦でまみえたら」
「殺しますか?そこまで大切なのに、何故手放すか分かりませんね」
「手放してなどない!!あれが勝手に出奔したのだ」
「じゃあ、貴方に落ち度があったんですね。諦めたらどうです?
追いかけていっても、手に入るものなどないですよ」

それとも、未練がましく‥

「想いを募らせていたいですか?」
「黙れっ、黙れ!!貴様に俺と又兵衛の何が分かる!!」
「分かりませんよ。‥私はただ、壊したいんですよ」
「は?」
「大切なものが目の前にいるのに、あっさりと手放した貴方が憎らしくて。
私は欲しくても、もうその人がいないんですから」

手放したくなかったのに、私は玉子を失った‥。
そう呟く忠興の視線が遠くを見つめる。

「だから、貴方を壊したい」

鋭い視線はゆっくりと長政へと向きを変える。
「後藤殿を貴方から奪ってもいいですよね?
だって、分かっているんでしょ?後藤殿は、貴方に少しの未練もないって」
「!?」

長政の表情がこわばる。

「貴方だけ、未練がましくそうやって喚いている。
喚いた末に手に入るものなんてないんですよ。
気が付いたらみんな無くなってる」
「違う‥俺は」

うろたえたように長政が視線を逸らす。

「追いかけるほどに後藤殿に避けられていく。
その覚悟はおありですか、甲斐守殿?」

長政の顔が真っ青になっていく。

「よく考えた方がいいでしょうね。貴方はどうしたいのか」


ねぇ、甲斐守殿?


そう言い残すと忠興は部屋を後にした。

***

「こそこそと聞き耳を立てるのは
行儀がいいとは言えないですよ、後藤殿」

廊下に出ると外にいた又兵衛に忠興が声をかける。
壁に寄りかかって、腕を組んでいる又兵衛が笑みを浮かべ

「貴方こそ、‥吉兵衛に酷な質問をなさる」

と返す。

「酷?あれくらい言われて当然だと思わないのですか?
貴方もまた、よほど甲斐守殿が可愛いとみえる」
「別に。‥吉兵衛は押しに弱いから不憫だと思っただけですよ」
「そうですか」

くすっと笑い、忠興が又兵衛に顔を近づける。

「後藤殿はどうしたいですか?奪われたいですか、私に」
「別段。‥細川殿には色々とご厄介になってますけど、
ここは俺の居場所じゃないですよ」

あっさり告げられた返事に忠興は笑う。

「ならば、お帰りになりますか?
あの打ちひしがれている甲斐守殿の許へ?」
「あそこへは帰らない」

又兵衛は言いよどむことなくハッキリと言う。
それに忠興が驚く。

「貴方こそ、酷じゃないですか」

可笑しそうに笑う忠興に

「‥もう、戻るつもりなんてないからだ」

と又兵衛は長政のいる座敷の方を見て呟く。

「追われる事、‥しつこく愛されることに嫌気でも?」
「愛す?なにかの間違いだろ?俺と長政はそういう関係にはない」

と言うなり又兵衛は素早く踵を返した。

「そうでしたか。‥ならば、全ては甲斐守殿の片思いなんですね」

忠興は去っていく背中に呟くと小さく笑った。

「口からでまかせで言ったことが真実とは」


追っているのは本当に長政の方だけなら。


「‥そうですね、あれは酷すぎたかもしれない」

忠興は先ほどいた部屋を再度見つめた。



*忠興とめちゃくちゃ言い合っていた長政の小説を読んだときに思いついたもの。
忠興と長政、又兵衛の会話が書きたくて書いたんですけど、忠興が色々と酷い人に(汗)
玉ちゃん溺愛だったので、いなくなってから少しタガが外れちゃったんですよ、きっと‥。
結局報われないのは長政ってお話。


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