『大切な』



「好きなら好きっていればいいじゃん」

不満そうに尋ねる太兵衛に基次は苦笑いする。

「お前は俺にそんな風に言われて引かないのか?」
「え?俺?‥ま、まぁ‥少しは引くかも」

視線を泳がせて言う太兵衛に「そうだろ?」と基次は笑う。

「だから言わない。‥そう決めたんだよ」
「けどッ!長政はッ」

そこまで言いかけて、太兵衛は黙った。
長政が基次を好きなことは内緒だ。
基次が長政を好きなのも内緒。

「あぁ〜ッ、もどかしい〜!!」

怒鳴って、頭を掻き毟る太兵衛に基次は何事かと驚く。

「なにやってるんだ、太兵衛?」
「いや、別に」

”どっちも本当鈍感だよな”

そんな風に文句を心の中で言っておく。
そのうち気が付くだろうとは思うが、いつかこの腹いせはしてやると誓う。

「けどさ、長政に彼女ができちゃったらどうするんだよ?」

長政の反応を知っていたのもあって、興味本位で太兵衛は尋ねる。
慌てる基次というのを腹いせに見たいという気持ちもあった。
基次は缶コーヒーを飲み干し、遠くを見る。

「長政に彼女か‥」

声のトーンがおちる。
だが、基次は長政みたいに顔に出さない。

「あいつに彼女なんて想像できないが、いいんじゃないか?
むしろ、俺から離れて大人になった方が幸円さんや孝高さんは喜ぶよ」
「基次はどうなんだよ?」

本音が聴けていない気がして、太兵衛は苛立たしそうに尋ねる。

「俺?」

基次が太兵衛を見る。

「好きなんだろ?いいのか、とられても」

基次は少し考えて、笑う。

「いいさ、別に」

あっさり出された答え。
太兵衛が慌てる。

「な、なんで!好きで好きで堪らないのに?
可愛くて仕方ないから、朝は髪を結ぶのを手伝うし、
誕生日になれば好きなものを作るし、
昼だってからかいたくて長政来るの知ってて屋上にいるお前が!?」
「‥よく見てるな、お前」

基次が苦笑いする。

「当たり前だろ!親友だし、俺ッ!」
「でも、ここで叫ぶのはやめろ。‥恥ずかしい」

困った顔のまま、基次は笑う。

「だって、あっさりお前がいいって言うから」
「いい以外になんて言えばいい?
お前が好きだから女と付き合うなとでも言うか?
長政の人生は長政のものだ。俺が勝手にどうこうしていいわけじゃない」
「けど、お前が好きって言えばあっちだって好意くらい‥」
「今の関係を壊したくないんだよ」
「は?」
「今のが一番俺にとって幸せなんだ。
だから、この状態さえ持続するなら彼女ができてもいい。
朝ぐらいは俺にだって髪を結ばせてくれるだろ?
誕生日に彼女と過ごしても、両親と一緒に祝う日があっても構わないだろ?
昼は一緒にいられないかもしれないが、
それだって長政が彼女と二人きりがいいといわないで、
幸円さんみたいな女性なら俺がいるくらいいいだろ?」
「‥基次は我侭だ」
「そうか?告白して独り占めするよりはよっぽどいい」
「キスしたりしたくないわけ?好きだって言いたくないわけ?
抱きしめたいって思わないわけ?」
「‥俺はもう、この歳まで十分そういうことをさせてもらった。
それ以上なんて贅沢すぎて望めないし、長政も望んでないだろ。
これでいいんだよ。俺が決めた」

そういう風に言う基次はもう意見を変えたりしないと知っているので
太兵衛もそれ以上は言わない。
ただ不満そうに睨んでいる。

「俺だったら、独り占めしたい」
「長政が独り占めされたいような性格か?」
「それは‥」

確かに。

”でも”

それは基次が長政の気持ちを知らないからいえること。

”本当は独り占めして欲しく思ってるけど”

「ともかく、この話は終わりだ!‥長政が来る」
「え?あ‥」

反対側から長政が歩いてくるのが見える。
基次に気が付いたのか、嫌そうな顔をしている。

”あれがポーズだって、ここにいる男はいつ知るのかな?”

太兵衛は嬉しそうに見える横顔を見ながら思う。
でも意外に知る日は早いかもしれない。
そうしたら、その後どうなるのか、気になる。

”今更、俺はこの舞台降りる気ないからな”

だってずっと見てきた。
二人がお互いを大切に想っているのを。

”諦めるなんて言ったこと、後悔しても遅いぜ?
大人になったとき、いっぱいからかってやる”

それが一番の腹いせかも‥と思いながら、
太兵衛は今日も二人の行方を見守ることにした。



*又長現代パラレル、またやっちゃいました(笑)
 今回は珍しく太兵衛と又兵衛の会話でお送りしました。
 前の逆バージョンにしたのですが、同じ時間軸にはしないことにしました。
 というか、そうできなくなったというか‥。
 私のミスです(え)
 誰も期待はしていないとは思いますが、すみません‥(土下座)
 普段、長政?誰それ?みたいな感じでほとんど興味ない又兵衛が長政大好きだとなんか違和感。
 それでも、何処かまだ大人の余裕というか、
 距離とっているというか‥太兵衛じゃないけどじれったいっ!!
 普通に書くとこんな会話ありえないので、楽しかったです。
 そのうち惚気る又兵衛とか書きたい‥(笑)


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