『縋れる人』


「っ!?」

ガバッと起き上がって長政は額をぬぐった。
嫌な汗で体中が濡れている。
思い出したくない夢だ。
こんな風に夢で怖いと感じたのは何年ぶりだろうか?
「‥又兵衛‥」

自然と口をついて出た言葉。
無意識にその人の姿を探す。
そこでハッと我に返って、長政は顔を赤らめた。

「餓鬼でもあるまいし、俺は何を‥っ」

子供のときからのくせだ。
又兵衛を探してしまう。

「もう泣いて、寝て欲しいとねだる年でもあるまいし」

もう一度目を閉じることに恐怖を抱いたりしない。
怖いなどと思わない。

「だが‥、まぁ‥顔でも洗ってくるか」

誰に言うわけでもないが言い訳をして、長政は部屋を出た。

***

外へ出てほどなくして、長政は歩みを止めた。

「又兵衛‥」
「どうした?」

まさかいるとは思っていなかっただけに、目の前の人物に戸惑う。

「ど、どうしてお前がここにいる!?」
「如水様に呼ばれてだ」

用事は終わったが‥とやけにあっさり言い、又兵衛は長政に近寄った。

「こんな夜中に何している?‥今夜は冷えるぞ」

確かに今夜は昨夜よりも冷えるようだ。
一重しか着ていない上に、裸足なため下から冷えていくようだ。

「べ、別に」

正直に夢見が悪かったなどと言う気にはなれない。
相手は又兵衛だ。
子供のときならいざしらず、今言えば間違いなく笑いものにされる。
それが嫌で適当に言葉をつむぐ。

「‥夜中に徘徊するくせでもあるのか、吉兵衛は」

半ば胡散臭そうに言われ、長政は怒りをこらえて又兵衛を見つめ返す。

「悪いか?‥別に徘徊してはいけない等という決まりはないぞ」

自分で言っていて長政はあほらしくなった。
徘徊するような主君など、確かにいない。

「まぁな」

しかし又兵衛はそれをあっさりと認め、踵を返してしまう。

「あ」

行ってしまうと思った瞬間、長政は又兵衛の袖を引いていた。

「なんだ?」

又兵衛がまた振り返る。
長政は己のとった行動にどうしていいかわからず、目を伏せる。
これじゃあ、子供のときと変わらない。
思わず掴んだ袖を離す。
それでも腕が下がりきれない。
又兵衛が行ってしまうのが、嫌だという思いがそうさせる。

「‥‥」

又兵衛の視線が痛い。
長政は顔を上げられず、弱る。

「吉兵衛、‥怖い夢でも見たのか?」
「!?」

又兵衛の言葉に、思わず身体がビクッと反応してしまう。
恥ずかしさで顔が熱い。

「怖かったのか?」

馬鹿にされるッ。
思わずギュッと目をつぶる。
だが、そんな頭に何かが触れて長政は目を開いた。

「大丈夫だ。‥お前をとって食ったりはしないから」

降ってきたのは、優しい声。
幼い頃、大きな魚に食われるなどという今考えても
馬鹿らしい夢を怖がっていた自分に接してくれた彼と同じ。
自然と涙腺が緩んだ。
安心してしまって、泣き出したい衝動に駆られる。
頭に乗せられた又兵衛の手は優しく長政を撫でる。
その仕草に我慢していた涙が零れ落ちる。
長政は又兵衛の袖を強く握った。

「怖くなくなるまで、俺がいてやる」

こくんっと頷いて返す。
冷えてきた身体を又兵衛が抱きしめてくれる。
暖かいそれに一層すがりつく。


―――結局自分は又兵衛にすがるのか


長政は泣きながら、そう思った。

***

次の朝。
長政は眠い目をこすりながら、廊下を歩いていた。
少しばかり足が重い。
結局、あの後一時間近く又兵衛にすがりついて泣いていたせいだ。
それが恥ずかしかったし、何よりどんな顔して会えばいいのか分からない。
もし、あちらが誰かに昨日のことを話してしまっていたらどうしたらいい?
それは大いに困る。
ただでさえ父親と比べられる自分が大人になってまで泣いていたなんて。
長政は複雑な表情のまま、広間に向かった。

「あぁ、長政様」

途中で呼び止められ、顔を上げる。
そして、固まる。

「どうした?」
「また‥べえ?」
「そうだが?それ以外に見えるのか?」
「お、お前っ、さ、昨夜の!!」

言葉が詰まって、要領を得ない。
長政は一度黙って、赤くなった。
恥ずかしすぎる。
昨夜から又兵衛には格好が悪いところしか見せていない。
だが、又兵衛は長政が思っていたような反応は見せず、笑っただけだった。

「昨夜?昨夜何かあったのか?俺は知らないが」
「!?」
「寝ぼけているのか、長政様。顔、洗いなおしたほうがいいぞ」

それだけ言うと又兵衛はさっさと遠ざかっていく。
長政は呆気にとられていたが、又兵衛の心遣いに感謝した。
なんだかんだで、又兵衛はいつもフォローを入れてくれる。

「だが、それはそれで負けているようで悔しい」

長政は去っていく背に向かって、素直じゃない言葉を呟いた。



*又兵衛は長政に本当は優しいんだよって話(笑)
いろいろ書いたけど、やっぱり又兵衛は松寿=長政感覚でいつまでも
そこそこに優しければいいと思いました。
前からずっと夢話は「魚」出てきますけど、別段魚じゃなくてもいいんです(汗)
最初に描いた4コマで、松寿が魚怖いとか言っていたせいで
うちの松寿様はおっきなお魚に怯える子になってます。
深い意味はないです、えぇ‥。

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