「もうすっかり暗くなったな」
又兵衛の言葉に長政は頷きもせず、その場に座り込む。
「疲れたか?」
「当たり前だ」
森の中を彷徨って、もう三時間は歩いた。
部下の姿は見失うし、戦の行方も見失った。
いなくならなかったのは‥。
「よりによって、お前か」
吐き出すように呟くと又兵衛が苦笑いする。
「悪いか?」
「悪い」
否定より肯定の方が早い。
長政は疲れた足を伸ばす。
「何処か、一夜を明かす場所があればいいが‥」
様子を見てくると又兵衛は長政の側を離れる。
出来ることなら帰りたいと長政は密かに思った。
運良く食糧と、馬の背に積んでいる布があるから野宿が出来るが
それだって一人分だ。
先を思って、長政は溜め息をつく。
「長政」
戻ってきたのかいつの間にか又兵衛が隣りに立っている。
「なんだ?」
「あっちに空き家があった。歩けるか?」
伸ばされた手を無視して、長政は立ち上がる。
「当たり前だろ」
子供扱いするなと睨み付け、長政は又兵衛が指した方向へ歩き出した。
「やれやれ‥」
又兵衛は呆れながらその後をついていった。
***
「空き家は空き家だが‥」
長政は中に入り、ゲンナリしながら呟く。
「多少の風が避けられればいいだろ」
「多少って‥、相当多少だな」
ボロボロであちらこちらから風の漏れてくる農家の残骸。
今夜は寝られるか微妙だと長政は眉をしかめる。
「ないよりはましだ」
又兵衛は気にせず、馬の背から荷を降ろすと長政に放ってよこした。
「投げるな」
「吉兵衛さえ落とさなきゃ問題ない」
しれっというと又兵衛は小枝を集め、小さな焚き火を作った。
「これで少し暖かいはずだ」
「本当に少しだな」
半ば皮肉げに呟いて、長政は布を広げる。
それを身体に巻きつけて、その場に腰を下ろす。
又兵衛も同じように焚き火の傍に座る。
途端、じわっと疲れが身体をめぐってくる。
するとむしょうに寒くなってくる。
ブルッと震えて、長政は身体をちぢこませる。
「何か食べるか?」
「いや、いらない。‥食べたくない」
疲れすぎていて、寝たかった。
長政は首を振って、寒さから逃れようと風がなるべく入り込まない場所に移る。
「寒いか?」
「当たり前だろ」
当たり前すぎることをたずねられて、
半ば怒るように言うと又兵衛が笑った。
「もっと火によればいい」
「そっちは寒い」
「文句を言うな」
「元はといえば、お前が迷ったのではないか」
「貴方がこっちに行くなどと言わねばいかなかったがな」
「なっ!?俺のせいにするか」
「別に吉兵衛だけのせいにはしてないが」
しれっと言う又兵衛に長政は不満の視線を送る。
「ま、何はともあれ明日になったら考える。今日は寝たほうがいい」
「そうさせてもらうさ、言われなくとも」
又兵衛が苦笑しながら立ち上がる。
「?」
不思議に思っていると又兵衛が長政の隣に座り、
布を半ば無理やり剥ぐと己も入った。
「な、何をしている!?」
「この方が、暖かいだろ」
少しだけ口元に笑みを浮かべて、又兵衛の熱が近くなる。
「あ‥」
一気に自分の身体に熱が灯る。
「手を貸せ」
「は?」
「いいから、‥ほら」
戸惑っていると又兵衛の一回り大きな手が長政の手を握る。
「!?」
いきなりのことに長政は頬を真っ赤にする。
「暖かい、だろ?」
再度尋ねてくるのは優しい声音。
幼いころ、添い寝をしてくれた時の彼に重なる。
恥ずかしいやら、腹が立つやらで長政はろくな返事も出来ず目をそらす。
それを小さく苦笑する声。
握ってくれる手からだんだんと伝わる優しい熱。
又兵衛は火を見つめたまま、動きもせず、しゃべりもしない。
きっと、自分が寝ても守っていてくれるんだ。
幼いころに
”守っていますから、眠って‥”
と促されたのを思い出しながら、長政は重くなっていく瞼に逆らえずにいる。
うとうとしてきて、又兵衛のがっしりした肩に自然と寄りかかる。
暖かい‥
長政はその心地いいぬくもりに身を任せる。
寒いのに、握っている手から―、
寄りかかっている肩から―、
聞こえる吐息から―、
熱を感じる。
こんな事もあってもいいか。
フッとそんな風に思って、長政は闇に思考を落とした。
終
*なにやら投げ捨ててあったのを、書きつづけてみました。
今回のお話は徳永氏の小説の
「長政と寄り添って寒さをしのいだことも‥云々」の箇所にもだえて、暖めてきたお話です。
ちょっと季節はずれだけど‥(汗)
又兵衛は鈍感だから、
無意識に長政のツボをつく発言や行動を起こせば良いと思います(え)
それに長政は毎回ドキドキしていればいい‥(可哀想だけど)
又←長は、又兵衛のほんの一握りの優しさと
長政の乙女な勘違いによって成り立っています。
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