『甘い声で』


”えーい、何故気がつかぬ、あの馬鹿はっ!!”

内心で怒鳴って、長政は遠くにいる又兵衛を睨む。
こんなにも先ほどから目線を送っているのに、気がつきもしない。
何故、こんなにも長政が視線を又兵衛に送っているのかといえば
朝方母親が

「ジッと見ていて、気が付いて下さると如水様が私を好きなんだわって分かるの」

と、とても可愛らしいことを言ったせいだ。
真似をする気はなかったのだが、暇だったので挑戦してみた長政だったのだが。

”つまりは気がつかぬほど俺が嫌いということか又兵衛っ!!”

いつの間にか、暇つぶしではなく本気になっている。
文句を並べるくせに、諦めきれないのかまだ見つめている。

「なにしているんだ、長政?」

そこに重門が現れ、長政の肩を叩いた。

「うわぁっ!?」

突然のことに、長政が飛び上がる。

「お、おい‥平気か?」

重門がオロオロと後ずさる。

「い、いきなり、声をかけるなっ!!」

長政は己の幼馴染に向かって、怒鳴る。

「‥ごめん、悪かったって。怒るなよ」

又兵衛ほどではないが、幼い頃から親しくしている重門は長政の怒りを収める方法が
すぐに謝ることにあると知っているので、否がないとしても謝った。
その対応に長政は気をよくし、

「今度はいきなり声をかけるな」

と一言すると、怒るのをやめた。

「で、なにやっていたんだ?」

重門は大丈夫になったのを見て、興味しんしんに尋ねる。

「別にたいしたことはしていない」

本気でやっていたくせに、それを言うのが嫌で長政は嘘を言う。
だが、重門は長政の見ていた方を見ていて聞いていない。

「オイ、重門!貴様、俺の話をっ」
「あぁ‥後藤殿か」

納得と頷き、重門が長政に笑いかける。

「な、‥なんだ、気色の悪い」
「長政も意外に諦め悪いんだな」
「は?」
「後藤殿のこと、まだ好きなんだ」
「っ〜〜〜‥!?」

カァァァッと長政の顔が真っ赤になる。

「ち、ちがっ、俺は別にあんな男っ」
「隠すなよ。俺ら、幼馴染だろ?
知ってるさ、お前がどんだけ後藤殿のこと好きなのか」

会うたびにどれだけ強いかとか話されてたしさと重門が笑う。

「子供の時の話だろ。‥いい加減にしないと貴様の命がないぞ」

腰に差している刀をちらっと見せた長政に重門は首を振る。

「はったりの癖に」
「っ」

何を言っても、しても、長年の幼馴染は動揺しない。
全て把握されているからだ。

「そっか‥まだ好きか」

いいんじゃない、そういうのと楽しそうな重門に長政は仏頂面になる。

「五月蝿い。‥好きじゃない」
「何処まですすんだ?」
「は?」

またしても、突然の問いに長政は眉を寄せる。

「だからさ、‥抱いてもらったりした?」

遠慮のない言葉に一層長政が赤くなる。

「ば、ば、馬鹿を言うなっ!!!」
「あ、‥そういう反応ってことは、まだか」

長政は相変わらず分かりやすいなとカラカラと笑われる。

「きーさーまーっ!!そこに直れっ!!」

ガチャっと刀を引き抜こうとする長政に

「悪い。だってさ、あんまりにも長政が健気だからからかいたくなった」

と重門が謝る。

「今のは許さんっ!!よりにもよって、だ、だ‥抱くなどっ」

最後までいえなくて、長政が黙り込む。

「抱いて欲しいんだ?」

にやっと笑い、重門が尋ねる。
長政は答えない。

「じゃあさ、誘ってみたら?」
「は?‥さ、誘う?」
「そ。俺のこと、抱いてよ‥て」
「!?」

重門の言葉に固まる長政。

「あ‥けど、ストレートだとあんまり破壊力ないか。
やっぱ、ドキッとしなきゃしてくれないよな。
長政って普段偉そうだし、ギャップも大切だと思うんだ。
じゃあ、これは?‥俺のこと、お前の色に染めてくれよとか、
今日はお前にめちゃくちゃにされたいとか」

ポンポンッと赤面モノの台詞を吐く重門に長政は眩暈がした。

「なんで‥貴様が重治様の息子なのか謎だ」

げんなり言う長政に

「うちの父上だって、結構こんなだったけど」

と重門は笑って返す。

「聞きたくない。‥重治様は理想の軍師像のままにさせてくれ」

憧れているんだからとつけたし、長政は赤くなった頬を撫でる。

「そう?まぁ、長政がそういうならそれでいいけど。
で、どうだ?どれがいい?」

人事だと思って楽しんでいるように見える重門に長政は首を振る。

「そんな言葉、俺が言えるわけないだろ」
「そう?」
「当たり前だ。貴様とは違う」
「え?俺?‥嫌だな。別にいつもこんなこと言ってるわけじゃないって」

ははっと笑い、手を振って否定し

「じゃあさ、一番簡単なのは、どうだ?」

と提案した。
長政は眉を寄せてから

「なんで俺が抱かれるための作戦を貴様が立てているのか教えてくれ」

と不機嫌そうに言った。

「そりゃ、可愛い幼馴染のためだ」

あっさりと答えが返って来る。

「楽しんでいるだろ?」

本音の部分を尋ねると重門が

「そりゃ、少しは楽しんでるよ?後藤殿がどういう顔するかとか気になるし」

普段あの人表情変えないからという重門に再度げんなり。

「貴様のからかいに乗ってやるつもりなど俺はないぞ」

睨みつけてくる長政に重門は笑うだけでそれには答えず

「じゃあさ、甘い声で名前を何度も呼んでみてくれ。
きっと、後藤殿ならそれで十分だからさ」

と言うなり、

「あ、俺、仕事残ってたんだった。悪いな、長政っ!」

と立ち去っていった。
残された長政はなにに怒って良いのか、
どこに突っ込んで良いのか分からず立ち尽くした。

”いい加減なっ”

と内心罵ることだけでなんとか気持ちを治める。

「重門殿は遊びにきたんじゃないのか?」
「うわっ!?」

今日二度目の飛び上がりを体験して、長政は少し涙目で肩を叩いた人物を睨んだ。

「いきなり声をかけるなと言っただろうにっ!!」

怒鳴って、ハッと気がつく。

「言った?今日はまだ一度目だろ?」

この重門とは違い、減らず口を言う男は又兵衛だ。
長政は先ほどまでのことを思い出して、赤くなった。
胸の中では

”いつ来たんだ?何処から聞かれた?何処まで知って‥”

と困惑する。
だが、収拾するより早く重門の言葉が頭に浮かんだ。

”だ、抱かれたいわけじゃ、ないぞ。
た、ただ‥どんな風な顔をするか知りたいだけっ”

長政はそんな風に心の中で言い訳して、視線を落とすと

「ま、‥またべえ」

といつもの自分なら出さないような声を出して、名前を呼んでみた。

”な、‥なんだ、これ?
思っていたよりずっと、‥恥ずかしいっ!?”

媚びているみたいな声が嫌で、長政はうろたえる。
顔を上げられない。
言われた又兵衛はといえば、動きが止まっている。
言葉さえ発しない。
その様子に、だんだんとむしゃくしゃしてくる。

”どうせ、内心馬鹿にしているんだろっ!!
好きなだけ馬鹿にすればいいっ!!”

又兵衛の視線だけ感じながら、長政は半ば涙目になった。
だがここでやめたら、ただの馬鹿にされる要因。
ならば、今日はこのキャラを貫けばいいさ!とやけくそになる。
顔を上げるとなりふり構わず

「またべえ、‥俺、またべえが」

と続きなどない言葉を吐いた。
その声は、甘くて、媚びてて、何処か子供っぽい。

”二度とこんなことはしないぞ、‥後で見ていろ、重門”

と冷静な部分がそう思う。
だが、又兵衛は相変わらず無反応。

「またべえ?」

心配になって、聞いてるのかという意味で問うてみる。
すると突然、引き寄せられてギュッと抱きしめられる。

「ま、またべえ?」

なにが起こったのかわからず、いつもの声と甘い声が混じる。
又兵衛は何も言わない。

「い、‥痛い‥」

痛いほど抱きしめられている。

「は、はなせ」

”いきなりなんだ、こいつ”

と慌てる。
その耳元に

「悪い‥無理だ」

となんだか掠れた声が呟かれた。
冷静になってみれば、又兵衛の身体が異様に熱を持っている。

”こいつ‥俺に‥”


欲情しているのか?


そう思ったら、長政自身の身体も熱を持っていく。
又兵衛は当分離してくれそうにない。
拘束されたままの身体ではなにもすることができなくて、
長政は相手の熱を感じながら再度

「またべえ」

と愛おしさを込めて呼んでみた。




*甘い甘い又長が書いてみたくなったので、こんなに。
 でも結局押し倒さないのが又兵衛(え)
 長政のほうで書いたからあれですが、又兵衛は松寿の時みたいに
 甘えてきてくれたように受け取って思わず抱きしめたって感じです。
 それで、いきなり取ってしまった行動に上手い言い訳も出来ず照れ隠し‥みたいな。
 重門さんは書きたかっただけです。
 如水さんと重治さんみたいに仲良しな子世代ならいいなぁって。
 太兵衛とは違って、ある意味最凶な相談相手。
 又兵衛のこともきっと熟知しているのです(笑)

Back