『貴方の夢』


「‥‥」

長政は起きあがると唇を指で押さえた。
お、俺は‥、俺はなんて‥。
まだ頭の中に残っている。


「好きだ、吉兵衛」


又兵衛の低く、深みのある声。
その言葉を発した唇が長政のに重なった。
重なって‥‥。
思わず飛び起きた。

「なんで、なんでこんな夢ぇぇっ!!」

全部夢だと気が付いた時はホッとしたが、
今まで見た事がなかった分後味が悪い。

「た、確かに‥確かにあいつにあぁされたくないわけじゃないが‥」

けど‥。

「やっぱ、なんか嫌だぁぁぁッ」

要は自分が欲求不満みたいで気にくわないのだ。
本物の又兵衛は‥といえば、長政に興味のきの字もない。
キスなんて遥か遠い事で、喋るだけで喧嘩が勃発する。

「うぅ‥顔が熱い‥」

長政は頬を押さえ、しばし唸った。

***

あんな夢の後だ。
当然、本人になんか会いたくない。
だが、そう思えば思うほど運命とは皮肉で‥。

「おはよう、吉兵衛様」
「!!!!」

ガタンッと後ろの襖まで下がって、長政は顔を引きつらせた。
挨拶をした又兵衛が不思議そうに長政を見る。

「なんだ?いきなり‥」
「と、とつぜん出てくるなッ」
「声をかけただろ?」

無理を言うなと又兵衛が溜息混じりに言う。

「こ、声のかける機会というものがあるだろッ。
俺の機嫌が悪そうだとか‥、 今日は話しかけないでおこうとか‥」
「お前の機嫌なんぞ取って、どうする?俺は俺の好きなようにする。
第一、声をかけなければかけないで、お前は俺を怒るじゃないか」
「うっ」

確かにそれは当たっている。
当たってはいるが‥。

「今日は、話しかけて欲しくなかったんだッ」
「何故?」
「な、何故って」

そんな事聞くな、馬鹿ッ!
長政は朝の夢を思いだしてしまい、真っ赤になった。

「吉兵衛様?」
「な、なんだ」
「風邪か?」
「は?」

問われた言葉に長政は目を丸くした。

「顔が真っ赤だぞ」

そう言われ、初めて自分が相手に見られたくない顔をしているのに気が付いた。

「あ、あ‥こ、これは」
「どれ‥」
「ま、又兵っ」

ワタワタしている間に又兵衛が距離を縮め、
長政の前髪を掻き上げてその大きな手で触れてきた。
ビクッと長政が驚く。

「!?」

距離が近すぎて、心臓が破裂寸前で声も出ない。
又兵衛は手を置いたまま、考え込んでいる。

「これでは分からんな」
「又兵衛?」
「この方が早いか」

そう言うなり又兵衛が己の額を長政に押しつけた。

「〜〜〜〜〜っ!?」

ますます近くなった顔に長政は限界まで赤くなって、硬直する。

「風邪ではないみたいだが‥。
今日は静かにしていたほうがいいかもしれんぞ」

間近に又兵衛の唇がある。
それだけでもう一杯一杯だった。

「吉兵衛様?」

それが自分の名前を紡ぐ。
ぎゃぁぁぁッと心の中で叫び、長政は頭が真っ白になった。
真っ白になって‥。

「お、おい、吉兵衛様っ、‥吉兵衛!」

又兵衛の声も遠く、長政は気を失った。

***

「う‥こ、ここは?」

起きあがって、寝ぼけた頭で状況を理解しようとする長政。

「お前の部屋だ」
「又兵衛ッ!?」
「もう、なんともないか?」
「は?」

そう聞かれて、長政は思い出した。
そうだ。
さっきあまりの又兵衛との距離の近さに思わず気が遠のいて‥。
思いだして、長政は赤くなった。
なんて格好悪いんだ‥。
夢の事ばかり気にして、又兵衛の唇を見ていたなんて。
その上、そのせいで倒れたなんて口が裂けても言えない。

「もうなんともない」

長政は小さく呟き

「ありがとう」

とぶっきらぼうに言った。

「構わない。疲れているなら無理しない事だな」

又兵衛はいつもの調子で淡々とそう言い、長政の手に湯飲みを渡す。

「飲め。落ち着くぞ」
「ん」

飲みながら、長政は又兵衛の顔を見る。
こいつは、俺の夢を見たりするのだろうか?フッと思った。
ただの好奇心だったが、聞きたくなった。

「なぁ、又兵衛」
「ん?なんだ」
「お前は、俺の出る夢を見た事があるか?」

その問いに又兵衛が軽く目を見張り、不思議そうな顔をした。

「なんで、そんな事を聞く?」
「なんで‥って」

そりゃ、興味本位だが。
要は、又兵衛も自分の夢で慌てたりした事がないのか知りたいのだ。
どうせ、喧嘩する夢とかだろうが‥。

「そうだな」

又兵衛は自分の問いに対する返事を待たずに口を開く。

「お前が幼い頃の夢なら」
「え?」

それは意外だった。
だから、長政は慌てて

「ど、どんな夢だ?」

と尋ねる。

「ふむ‥夢の内容か。それはな」

そこまで又兵衛が言いかけた瞬間

「またべぇ〜!!」

と大声で太兵衛が入ってきた。

「あぁ、太兵衛か‥」
「交代だぜ?見張り」

楽しげに笑う太兵衛に又兵衛は頷くと立ち上がった。

「ま、待て‥つ、続き‥」

長政はオロオロと聞くが又兵衛は少し笑い

「忘れてしまった。まぁ、また思いだしたら言う」

と言い残し、その場を去った。

「あれ?お取り込み中だった?」

太兵衛が去っていった又兵衛を見つめながら、慌てて聞く。
長政は僅かに太兵衛を睨んで皮肉気味に

「いいや、別に」

と答えた。
そして、再度布団に潜り込み

「眠いから、寝る」

と言い放った。
残された太兵衛はすまなそうにしてから、部屋を出て行った。
布団の中、長政は思った。
又兵衛の夢に出てくる俺はどんな俺だろう?‥と。



*前のHPから持ってきました。
 夢のお話です。
 長政ならそういう夢も見るかなって思ったのがきっかけで、
 結局又兵衛はどうなんだ?って消化不良気味で済みません‥。
 いつもよりはちょっと優しい又兵衛でした。
 たまには優しくして貰わないと長政が可哀想だしね。
 しかし、私は太兵衛くんの扱い悪いなぁ‥。
 そんな気はこれっぽっちもないのに。
 まぁ、長政から見れば又兵衛>その他ですからね(両親は別だけど)

Back