「えぇ〜!?おかしいってそれッ」
そんな叫び声に思わずフッと足を止めた。
今の叫び声が聞こえたのは今歩いている場所より少し前の座敷だ。
どうやら太兵衛の声らしい。
何を騒いでいるんだか…。
そう思って素通りするつもりだった。
次の瞬間までは。
「おかしいか?」
そう低い声が尋ねる。
それにまた足が止まる。
「おかしい、おかしい!
だって、アンタほど必要とされている人はいないって」
「いや、太兵衛の方が重要とされているだろ?」
「違う、違う!そんな事ないんだってッ。
又兵衛は自分で思っているよりずっと必要不可欠な存在なんだよ」
そうだ、この低めの声は又兵衛だ。
何故か聞き耳を立てる気になった。
いつもはこんな事、恥ずべき事だからしないのに。
「そうだろうか?」
「そうだよ」
「ならば…」
「?」
「長政は何故俺を避けるんだ?」
その問いに身体が硬直する。
又兵衛が俺の話をしている!?
「避けている?避けてないって」
「避けている。…いや、嫌われている」
別に…嫌っている訳じゃない。
そういう、訳じゃ…。
「だから、俺はこの黒田家にいる必要などないのかもしれない」
!?
「ちょ、又兵衛!?何言い出すんだッ!
まさか、他の家に行こうなんて思ってないよな?」
「……」
「や、止めてくれよ、又兵衛ッ!
アンタの事、慕って止まない奴らはいっぱいいるんだ。
確かに若殿は又兵衛に冷たいかも知れないけど、
別に嫌いと決まった訳じゃ…」
「…そうだろうか?…それなら、良いのだがな」
半ば諦めに近い声。
俺はギュッと唇を噛んだ。
又兵衛が俺に嫌われているのを苦に思って、出奔を考えている?
馬鹿げていると否定する俺と
本当なら、どうしたらいいんだ…と狼狽える俺がいる。
このまま行ってしまったら…。
俺の気持ちはそちらに大きく傾く。
「長政はきっと、俺が出ていった方が清々するのだろうがな」
そう聞こえた瞬間、身体中がカッと熱くなって、
無意識に障子を開け放っていた。
中にいた又兵衛と太兵衛が驚愕の表情で俺を見ていたが、
もう無我夢中だった。
いきなり又兵衛に抱きつき、その首に噛み付くような口付けをした。
「ッ」
又兵衛が僅かに悲鳴を上げ、太兵衛が声にならない声を上げた気がした。
「…随分、きつく噛んだな」
又兵衛が半ば苦笑するように呟き、首筋を撫でる。
そこに赤い痕が刻まれている。
「当たり前だ。…お前が恥ずかしくて何処にも行けないようにしてやった」
顔が熱い。
本音を言えば、独占欲だった。
又兵衛を誰にもやりたくなかった。
「盗み聞きとは趣味が悪いな、吉兵衛様?」
嫌みを言われるが今は怖くもない。
「フン、聞こえるような所で出奔するような事を言うお前が悪い」
「はは…まぁ、それもそうだな」
苦笑いをして、又兵衛は俺に向かって意味ありげに笑う。
「確かに俺がいなくなったら、戦力が減るだろうな…。
それは由々しいことだろうし、
吉兵衛様としては避けたいだろう。
だが、出ていって欲しくもあるんだろ?」
そう聞かれて、思わず又兵衛の頬を叩いていた。
太兵衛がビクッと驚いた。
「鈍感だな、貴様ッ」
俺は小さく吐き出すように言い、
又兵衛の首に再度痕を付け、座敷を後にした。
口内に、まだ又兵衛の血の味がする。
「…言わなきゃ、伝わらないのかッ、馬鹿もの!!」
胸の中を渦巻く感情が今は煩わしい。
すごく、泣き出したい気持ちに襲われた。
終
*前のHPからもって来ました。
今回は「ある夜に」の逆Verです。
あれは分からないように‥がテーマで、
こっちは分かるように‥がテーマだったりします。
まぁ、ただ単に首筋にキスマーク付ける長政が
書きたかっただけですが(汗)
なので、やたらと話が短くて簡単なのはそのせいです。
済みません‥(汗)
太兵衛くんはすっかりレギュラーです!
又兵衛という字と並べると双子とか兄弟みたいで良い感じです(笑)
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