『眠れない日でも』

「うひゃぁ」

松寿丸は勢いよく飛び起きた。

「ふぇぇ‥」

涙ぐんだ瞳を擦り、キョロキョロと周りを見回す。
「パクってなったよぉ‥」

小刻みに震え、暗闇に目をこらす。
何もいないはずの自室だが、今にも何かが出てきそうだ。
怖くなって、松寿丸は外へ飛び出た。

***

月の明るいお陰で外はさほどに暗くはない。
その廊下をぺたぺたと歩みながら、松寿丸は

「おっきいお魚‥おっきいお魚‥」

と繰り返す。
その声は何処か涙声だ。
そして、突き当たりの部屋まで来ると松寿丸はピタッと止まった。
止まって、その障子をそろそろと少し開ける。
ほんの僅かな隙間からも見える蝋燭の炎で仄かに明るい。

「お兄ちゃん‥」

小声でそう呼べば、中の人が動く気配がした。

「入っておいで」

深みのある静かな声がそんな風に松寿丸を呼ぶ。
その声を聞いた途端、松寿丸は障子を開けて中に入った。

「どうしたんですか?」

卓上の前に座っている青年がそう問いかける。
松寿丸はしばし、障子の前で立ちつくしていたが

「松寿様」

と呼ばれ、その青年へと走り寄った。

「お兄ちゃん、怖い夢見た」

大きな瞳に涙を浮かべ、松寿丸は青年に抱きつく。

「怖い夢?」
「パクって、お魚に食べられちゃうの。
怖くて‥、寝られないよぉ」

ぐずりながら訴える松寿丸の頭を撫でながら青年は話を聞く。

「そうですか、お魚が‥。それは怖かったですね」
「うん‥」

そう頷くと松寿丸は安心したのか泣き出した。
それを青年は叱るでもなく、優しく頭をなで続ける。
大きな手が松寿丸の頭をなで続けると次第に松寿丸が泣き止んだ。

「もう、怖くなくなりましたか?」

そう青年が尋ねる。
松寿丸はこくんっと頷く。

「それは良かった」
「でも、一人で寝られない」

困ったように上目遣いに見つめてくる松寿丸に青年は笑って

「心配ないですよ。俺がいますから」

と言い、その小さな身体を己の褥へと移した。

「さ、お身体が冷えます。中へ」

促されるままに松寿丸は青年の褥へと入っていく。
もぞもぞと入りながら

「お兄ちゃんの匂いがするよ」

と無邪気に言った。

「そうですか?‥自分では分かりかねます」

それを青年はそう返し、しっかりと掛けてやった。

「お兄ちゃんは寝ないの?」
「松寿様が眠るまで、ここに」
「一緒に寝てっ」

不安そうな顔で松寿丸は青年を見る。
青年はしばし黙っていたが、観念したように溜息と共に

「では」

と断り、松寿丸の横に入った。

「へへっ‥」

松寿丸は入ってきた青年に嬉しそうに身を寄せる。

「おてても、ギュってして」

甘えるようにそう言えば、
青年は迷いなく大きな手で 松寿丸の手を握った。
それを見て、松寿丸はニコニコ笑った。

「お兄ちゃん、あったかいね」

幸せそうに言う松寿丸に青年は笑いかける。

「松寿様も温かいですよ」

そう呟き、青年は松寿丸の髪を撫でた。

「さ、もう寝て下さい。明日も早いのですから」
「うん」

そう言う松寿丸の声は何処か眠たげだ。
青年は口元だけで笑い、小さく呟いた。

「お休みなさい、松寿様」

程なく、松寿丸の口から可愛らしい寝息が聞こえてきたのだった。



*又兵衛×松寿様です。
 前回のHPから持ってくるのに疲れて、書いちゃいました‥(苦笑)
 まぁ‥なんというか、まだまだ仲良しで
 しかも松寿様がお兄ちゃんとか又兵衛を呼んでいる頃のお話です。
 昔は又兵衛も松寿が可愛くて仕方なかったんだよ!って話(笑)
 基本、又兵衛は拾われたという負い目から松寿丸には敬語です。
 自分を拾ってくれた如水さんの息子なので
 兄弟みたいに育てられても、何処か距離を置いている感じで。
 後に突き放す意味でタメ語になりました。
 松寿、もとい長政が依存してしまうのを防ぐ為だったんですが  時すでに遅しッ!!
 又兵衛に依存しまくりなツンデレ大名が出来た訳です、えぇ‥。
 お陰で又兵衛の苦労は長政の誤解となるのでした‥(汗)

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