「ま、又兵衛」
「何か用か?」
突然現れた長政に又兵衛は驚くこともなく振り返る。
「そ、その‥」
「文句でも言いに来たのか?」
半ば皮肉るように言って、笑う。
長政が一瞬睨むような表情をしたが、すぐに俯いた。
なにやら頬が僅かだが赤い。
「‥風邪でも、引いたか?」
少しだけ心配になって又兵衛が尋ねるとフルフルと長政が頭を横に振る。
「なら、どうした?」
「お、お前に‥」
突き出されたのは小さな箱。
「俺に?」
今日は誕生日ではない。
又兵衛が最初に思ったのはそれだった。
又兵衛を嫌っている長政だが、
なぜか誕生日だけは忘れず毎年プレゼントをくれる。
だが、それ以外で貰ったことはない。
褒賞は別とするが。
「何のまねだ?」
又兵衛は感謝の言葉より先に、疑ったように尋ねる。
長政が傷ついたような顔をし、そっぽを向く。
「べ、別に‥なんでもない」
何も悪いことじゃない。
そう言って、なんの説明もないまま長政は走り去った。
残された又兵衛は訳が分からず、箱を片手に立ち尽くした。
***
「あぁ‥それは、きっとバレンタインですわね」
にっこり微笑み答えてくれたのは長政の母である幸円。
「ばれん、たいん?」
「えぇ、なんでも如水様がおっしゃるには外国ではよくあることなんだそうですわ」
「ほぉ、‥外国か」
「2月14日に愛する人にプレゼントをする。
私も今年は長政と如水様にしました」
くすっと小さく笑う幸円の顔は意味ありげだ。
「愛する、人へ‥か」
又兵衛も小さく呟き、笑う。
「まさか、な」
「あら、長政をあまり苛めないで下さいね。
私の大切な息子ですもの」
「えぇ、そんな心配をなさらないで下さい。
俺は小さい頃からお傍にいますから」
幸円の笑みに微笑み返し、又兵衛は立ち上がった。
***
「吉兵衛」
「!?」
「何を驚いている?」
「ま、又兵衛か」
長政は突然現れた又兵衛にドギマギしていた。
母親に言われたからだが、
バレンタインにチョコをあげるなど
なれないことはしないに越したことはなかった。
又兵衛を直視しづらい。
「な、何か用なのか?」
「あぁ」
いつもなら、別にと返ってくる答えが今日は違う。
長政はそのことに軽く驚き、思わず又兵衛を見てしまった。
又兵衛の顔が少しだけ笑む。
「これ、ありがとう」
見せられた箱に長政が赤くなる。
「べ、別に大したものじゃないっ!!
お、お前には世話になっているから」
「それだけなのか?」
「え?」
長政は耳を疑った。
又兵衛は今なんと?
「俺にこれを渡した理由は、それだけか?」
意地の悪い笑みを浮かべている又兵衛。
気がつかれている?
そのことに、益々顔が赤くなる。
「そ、それだけに決まっているだろっ!他に意味なんてあるのか?」
「あると聞いたが?」
「お、俺は知らないッ」
「嘘だな」
「!?」
すぐ傍まで近づかれ、思わず後ずさる。
又兵衛は笑ったまま、箱を開ける。
中から甘い匂いが漂ってくる。
「これを食べるのは初めてだ」
「俺だって、味は知らない」
「味を知らないものを俺にくれたのか?」
「毒見をさせて、平気なら父上にあげるつもりだった」
精一杯の虚勢でそう言うが、
又兵衛は一瞥しただけで箱から中のものを取り出した。
茶色の菓子・チョコレートだ。
又兵衛は躊躇なく、それを口にする。
「ほぉ、これはなかなか‥」
しばらく、味わうように食べて又兵衛が感嘆の息をつく。
「う、美味いのか?」
長政は探るように又兵衛を見る。
やはり、自分の贈ったものが
喜んでもらえたのかは気になるところだったからだ。
「さぁ、どうだろうな?お前も食せば分かる」
又兵衛はそう言うなり、長政を引き寄せて唇を重ねてきた。
いきなりのことで、長政は抵抗も忘れてそれを受け入れる。
又兵衛の舌が迷うことなく、長政の口内に差し込まれ絡まってくる。
”甘い”
長政はその甘ったるいほどの味に頭がぼぉっとした。
息をつく暇さえ与えられないくらい、何度も口付けられる。
だんだんと頭が真っ白になっていく。
何故、又兵衛が自分にこんなことをしたのかということも
どうでもよくなってくる。
「吉兵衛、‥これを渡したのは俺だけだな?」
「そう‥、だが」
ぼぉっとするままに答えると又兵衛が機嫌よさそうに笑う。
「そうか」
「?」
今度は額へと口付けを落とされる。
「お前が愛している人とやらは、この俺か」
「!?」
又兵衛の言葉に一気に現実へと引き戻される。
「ち、違うッ!べ、別にお前が好きとかじゃ」
今更言い訳しても遅い。
はめられた。
長政はそう思って、又兵衛を赤い顔で睨む。
何か一つでも文句を言わないと気がすまない。
だが、
「嬉しい、吉兵衛」
と優しい顔をされて、
しかも素直にそう告げられてしまうと長政は何もいえなくなった。
「来年は、‥もうやらないぞ」
膨れっ面のまま、告げる長政に
「それでも、構わない」
と又兵衛は気にせず、笑う。
その嬉しそうな顔を見ていると長政も嬉しくなる。
思わず顔を伏せた。
頬が緩んでしまうから。
そんな長政の顎を上げさせ、再度又兵衛は唇を重ねた。
終
*最初の拍手お礼としておいていたものです。
バレンタインに書いたものなので、
いつもとは趣向を変えて甘々な又長です。
いつもこんな又兵衛なら、長政も苦労しないのにね(苦笑)
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