『ある夜に』



長政は廊下を歩きながら、暗闇に光る月を見上げた。
季節は夏。
蒸し暑く、長政は己の着物をはだけた。
それでもまだ熱いくらいだ。
フッと目を廊下に移せば、誰かが縁側に座り込んでいた。
父上だろうか?
長政は不思議に思い、近付いた。
幸い月明かりが明るく、その人が誰だかすぐに見当がついた。
それは己の部下である又兵衛だった。
長政は一瞬躊躇したが、彼が身動きしないことに気が付き、ソッと近付いた。

「又兵衛?」

声を掛けてみるが、返事はない。

「おい、又兵衛!」

さっきより大きな声で声を掛けるが変化はない。
そこで初めて相手が寝ているのだと気が付く。
珍しい。
長政は珍しいものを見るような目で柱に寄りかかって寝ている又兵衛を見つめた。
静かな呼吸を繰り返し、寝ている又兵衛は長政が見た事ないものだった。
長年一緒にいたが、こうやって無防備な相手を見たのは初めてだ。
よほど疲れてでもいたのだろう。
思わず長政は笑ってしまった。

「お前でも、こんな場所で寝るのだな」

彼も暑いのか、着物をはだけている。
そこから見える胸板は長政の貧弱なものに比べれば逞しい。
とくんっと長政の胸が揺れ動いた。
側に腰掛け、よく顔を見る。
いつも皮肉の交じった言葉しか出てこない口から、
今は規則正しい呼吸だけが聞こえる。
そして、見下したような視線を向けてくる目は今は閉じ、
幼い頃見た若い又兵衛の面影が僅かだがそこにあった。

「寝ているのか?…又兵衛」

再度問うてみる。
答えはない。
長政はしばし、横に座り目を閉じていたがゆっくりと開き、
又兵衛の頬へと唇を寄せた。
すぐに唇を離し、思わず押さる。
頬が赤くなる。

「な、何をしているのだ、…俺は」

そう呟いて、しばし黙り込んだ後、
意を決したように又兵衛の唇に己のを押しつけた。
何度も啄むような口付けをし、終いには長政の唇から吐息が漏れた。

「ッ」

しばし、又兵衛の唇を味わうと長政は真っ赤になって立ち上がり走っていった。

***

その足音を聞きながら、又兵衛はゆっくりと目を開く。
頬が自分でも分かるくらい熱い。

「何をしているんだ、…あいつは」

唇を押さえるように手で触れ、又兵衛は困惑したように呟く。
実を言えば、結構前から起きていたのだ。
だが、長政と会えば口論になると寝たふりをしたのだが。

「あんな事……、するなんて思わなかった」

意外な長政の行為に今はただ呆然とするのだった。

「……ただの、気まぐれなら良いが」

又兵衛は明日もあの男に会うのか‥、
どんな顔して会えばいいのだろうと小さく溜息をつき、
長政が駆けていった方を見つめた。


*前のHPからもってきたもの。
 今回は本当の本当に短いお話。
 フッと突然思い付いたものです。
 長政から又兵衛を襲っちゃうお話。
 といっても、ろくにちゃんとキスも出来ないツンデレっ子ですが(苦笑)
 逆なら素通りOr「松寿丸の時は可愛かったのに」
 なんていわれそうなのであえてこっちにしました。
 でも、まぁ‥又兵衛も僅かにドキドキしたので
 良い事にしておいてください。
 何時かは大手を振って告白して貰いたいものですが‥。
 たぶん今のところは無理そうです。

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