「俺の相手をしろ」
偉そうにそういいながら入ってきた忠之に
座っていた大膳は困ったような顔をする。
「すみません、‥今手が離せなくて」
確かに大膳の周りにはたくさんの仕事の山。
笑みを浮かべていた忠之の顔がだんだんと不機嫌そうになっていく。
「それはつまり、俺より仕事をとるということか?」
「申し訳ありませんが」
苦笑しながら返すと
「俺の相手がしたくないなら、したくないとハッキリ言えばいいものを」
と舌打ち一つ、来た時と同じように乱暴に障子を閉めて出て行った。
大膳はしばらく驚いていたが、
「今日ばかりはお相手できないんですよ」
と困ったように笑い、再度仕事に熱中し始めた。
きっと、しばらくは口も聞いてくれないだろうなと思いながら‥。
***
「終わったかっ!!」
それからあまり経たないうちにバンッと障子を開ける音。
大膳はあまりのことに驚きで言葉が出ない。
忠之はジロジロと部屋の中を見回して
「進んでないんじゃないか?お前も意外と仕事が遅いのだな」
と嘲笑するように言う。
「な、なにか御用ですか?」
先ほど怒って出て行ったのでしばらくは来ないと思っていた大膳は
忠之の突然の登場に戸惑う。
「‥別に」
忠之は眉を寄せ、呟く。
その割りには部屋の中に入ってきて、座り込んだ。
しばらくは大膳も気にしないようにして、放っておいた。
だが、わざとらしいほど音を立てて書物を引っくり返したり、
積んだりする忠之に筆を置いた。
ため息を小さく一つ、からかいに来たのだろうか?
と心配しながら振り返る。
「あ、あの‥御用がないのなら」
「出ていけと言うか?」
怒ったような拗ねたようなそんな顔で忠之が睨んでくる。
大膳は思わず「えぇ」という言葉を飲み込んでしまった。
「い、いえ‥そんなつもりは」
「ならいても構わないだろ」
「私といても、なにも楽しくないですよ?」
むしろ、不愉快では?と困ったように尋ねれば
「お前は先ほどから遠まわしに俺を追い出したいのか?そうなんだな?」
と忠之にしては珍しいほど焦ったような怒り方をした。
「え?‥いえ、そんなことは」
「嘘だな。俺がいて迷惑なのだろ?」
「いえ!殿がいてくださるのは嬉しいです」
「俺がいては仕事に支障が出るからそんな嫌そうな顔をしているのか?」
「ち、違いますよっ!!」
大膳はその指摘にらしくないほど、焦って否定する。
「言っておくが、俺はなんと言われてもここを出て行かないぞ」
小さく笑って言い放つ忠之に大膳はハッとした。
頑なに今日はやたらと大膳の傍にいたがる忠之。
まさかとは思ったが大膳は尋ねてみることにした。
「‥あの、殿」
「なんだ?」
「私の傍にいたいのですか?」
どうせ鼻で笑われるだろうと思いながら
尋ねた問いに忠之はしばらく黙っていたが
「いたいときがあって、何が悪い」
と返してきた。
「え」
その意外な答えに大膳は唖然とする。
まさか、忠之から大膳の傍にいたいということがあるなんて。
顔を見れば、それがからかいを含んだものではないことが分かる。
「いたいと俺が言ったのに、お前は俺をここから追い出す気か?」
思いもよらなかった返答に大膳はぼんやりとしたまま、
「いいえ‥決して」
と答える。
途端、忠之の顔が上機嫌になっていく。
「それでいい。お前が俺のことをないがしろにするのは許さん。
仕事など後でいい。俺が相手をして欲しいのだから、黙ってすればいい」
そう言うなり、忠之が大膳を押し倒す。
それと同時にに書き終え積んでいたものが、崩れ落ちていく。
「あぁ‥書き直しですね」
とそれを見ながら呟けば
「俺が目の前にいるのに、あんなものの心配か?」
と忠之が複雑な表情で尋ねてくる。
大膳は忠之に視線を戻し、笑うと
「いいえ、今は貴方しか見えませんよ」
と呟いてやる。
「嘘だ。今も心の中では仕事のことを考えているのだろ?
そんなもの、全部忘れさせてやる」
奪うように口付けられて、大膳はおかしそうに笑う。
「なんだ?」
忠之が不思議そうに尋ねれば
「いいえ、‥そういうことは私の台詞なのでしょうけど」
貴方にとられましたねと返す。
まさか、小姓のことでなにかあったら自分が言おうとしていた言葉を
忠之が仕事に嫉妬して言ってしまうとは。
なんだかおかしくて大膳は声を出して笑ってしまう。
「変な男だな‥、情緒がないぞ」
と忠之が眉を寄せて不機嫌そうに言う。
「すみません‥、あまりにも貴方が可愛いから」
不意打ちだったのか、途端珍しく忠之の顔が紅潮した。
「か、可愛い?馬鹿を言うなっ!!俺はその言葉は嫌いだっ」
「じゃあ、なんていえばいいですか?愛おしい?」
「あまり先ほどのと変わらない気がするぞ」
「いえ、‥そんなことは」
大膳は逆に忠之を押し倒すと
「情緒は、‥ありますよ?」
と耳元に囁いてやる。
「まぁ‥それなりには、な」
忠之はまだ赤い顔で少しだけ不満そうに呟く。
「ほら、貴方だって情緒とかそんなことにこだわって
今、私のこと忘れていたでしょ?
嫌ですよ‥、私だけ見ていてくださらないと」
不公平ですといってやれば
「フン、余計な心配だ。俺は最初からお前しか見ていないぞ」
と忠之がそう紡ぐ。
大膳の頬が僅かに赤くなる。
「そうでしたか‥、すみません」
じゃあ、最後まで見ていてくださいね?
そう、小声で言えば
「ここまできて今更、お前から視線を外すはずがない」
案外、お前も心配性だなと笑われた。
終
*らしくない忠之を書いてみたくて、急遽こんなのに。
せっかくのお題ですから、いつもと違うことしてみたくて‥。
いつも以上にラブラブな子世代主従でした。
赤くなるのは前々からやりたかったので、やれてよかった!!
というか、一度こんな風に忠之を書くとなんかお父さんと似てるな、お前。
まぁ、次の日には「大膳?興味ない」と答えが返ってくるでしょうけど(笑)
よし、次は絶対泣かせてやるっ!!(え)
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