桜華茶房

『貴方と私の出会い〜マスメイ編〜』


「えぇーっ、また作詞作曲だけやるんですか〜」
「‥良いじゃねぇか、他に歌える奴も、弾ける奴もいるし」

不満そうな声を上げる後輩に、
篤時は己のベースを片付けると立ち上がった。

「先輩は歌うのも、弾くのも上手いのに‥どうしてやらないんですか〜。
だいたい、お父さんと自分は歌手になるから家を継がないッ!って言って
飛び出してきたんじゃなかったんですか?」
「うっ‥、どうでもいいだろ、んなこと」

俺にだって色々あるんだよ‥と呟いて、

「歌詞は明日作ってくるから。じゃあな」

ぶつぶつまだ文句を言う後輩を置いて、
さっさと部室の部屋を後にした。


***


別に、歌うのが嫌な訳じゃない。
歌うのも、弾くのも大好きだ。
だから、こうやって大学に入っても
音楽活動に没頭できる部に入った訳だ。

「けど‥まぁ」

人前で歌うのだけは、勘弁だよなぁ‥。
篤時は、タバコをくわえてため息をつく。
いつからだろうか。
人前で、歌うことや、弾くことが怖くなったのは。
大の男が何を‥と言われるが、本当に怖いのだ。
恥ずかしいから?
失敗したら、嫌だから?
理由は分からない。
ただ、自分を人前に晒す事が怖くなった。

「世間で言えば、チキンって奴か」

己の事ながら、あまりに情けなくてタバコに火をつける気も失せる。

「まぁ、俺なんぞが人前で歌ったとしても怖がられるだけだしな」

ショーウインドーに映る己の顔を見て、笑う。
昔から、いいところの坊ちゃんのくせに、
そうだと思って貰えない顔なのだ。
高校の頃は、よく不良だと思われ、先生にいちゃもんつけられたものだ。
‥いや、断じて不良ではなかったが。
そんなだから、励ましてくれる彼女もいない。
彼女いない歴=年齢と言っても過言じゃない。
怖いせいもあるが、基本的に「いい人」で終わってしまうのだ。
‥そういえば、あの先輩はどうしているんだろうか?
去年の冬、思い切って告白した二つ上の先輩。
彼女は、卒業してしまったが‥まだ、たまに思い出す。
感傷的な気持ちを振り切ろうと、チラッとショーウインドーの中を見て
篤時の足が止まった。


え?


ショーウインドーの中、目を閉じて飾られた、人間によく似たそれ。
彼女は、篤時の感傷の中に浮かぶその人、そっくりだった。

「嘘だろ‥」

まるで、彼女をモデルにしたかのような姿、形。
違うのは、そのふわりとした茶色の髪の毛だけ。
ショーウインドーの中の彼女に見入っていると、
突然

「新しい形の歌姫、それがVOC@LOID!
彼女、彼らは、貴方の為に貴方の歌を紡いでくれます。
さぁ、貴方も今日から歌姫のマスターに」

そんな陳腐な売り文句がショーウインドー内のテレビから流れた。

「ぼー‥かろいど?」

そういえば、‥と思う。
後輩がそんな話をしていた気がする。
VOC@LOID。
それは、この世界には当たり前になった人型ロボットの
(アンドロイドというそうだが)
新しい形らしい。
今までのアンドロイドは、インプットされた音声で喋るがそれは決して
流暢なものではなく、人間には少し遠く、まだ機械的ですらある。
だが、このショーウインドーの彼女を始めとして彼らは違う。
意思を持ち、歌詞の意味を知り、思いを込めて歌を歌えるのだ。
凄い世の中になったものだと、聞いたときは篤時も思ったものだが。

「これも、そうなのか‥」

そう思えば、身体のつくりも一層人間に近いようだ。
特に、並んでいる中で彼女が一番人間らしい。
他のVOC@LOIDは、髪の色や耳につけたヘッドホン、変わった衣装など
人間にはあまりないパーツで出来ている。
だが、彼女は腕に刻まれているシリアルナンバー以外はほとんど人間と遜色ない。
篤時は、彼女の足の下の値札を見た。

「ME‥め、‥いこ?あぁ、‥MEIKOか」

赤い服を着て、起動を待っている、あの想い人とそっくりの彼女。
思わず、己の財布が入っているポケットに触れて、
慌てて首を振った。

「いやいや‥なに考えてんだ、俺は。
こんなの買っても置くとこねぇだろ‥」

って、そうじゃないッ!

「馬鹿じゃねぇの‥、彼女と似ているからって」

そこまで、自分だってしょうもない男じゃない。
また歩みだすように、足を動かす。
だが、目はまだ彼女から離さない。
テレビから、VOC@LOIDが歌う声が流れる。

「俺の歌を、‥歌うのか」

俺の代わりに。

「俺が歌うのが苦手でも、こいつが歌って‥」

そこまで思ったとき、篤時は店の自動ドアへと足を向けていた。


***


「って、買っちまったッ!?」

あぁ〜〜っ!!と叫んで、髪の毛をかきむしる。
値段云々は、別段問題ではない。
アンドロイドといわず、ロボットは今の世の中では当たり前で
値段などピンきりなのだ。
歌は歌わないだろうが、VOC@LOID以外にも
流暢に喋るメイドアンドロイドや、
執事アンドロイドはいるそうだ。
だが、物凄く高い‥らしい。
篤時の家も金持ちな方だが、‥残念ながらお目にかかったことはない。
彼の父親は、重度の機械オンチだからだ。
と‥今、そんなことは篤時とは関係ない。
目の前にあるソフトと何が入っているのか
よく分からないがやけに軽い箱をどうしたものか。
篤時が、一つだけ安心したのは
持って帰ってくるときにあのショーケースの中の
彼女を持ってこなくて良かったことだ。
これは、変な噂をされるかされないかの瀬戸際なので重要な問題だ。
だが、店員いわく、これだけでいいらしい。
少し肩透かしを食らった感じがする。
‥それにしても、だ。

「‥俺って、意外に感傷的な人間だったんだな」

そう思って、改めてがっくりした。
レシートの白が、やたらと白く感じて目に痛い。
あの想い人の代わりに、似ている彼女と住んで、
同居気分!でもやろうというのだろうか?

「アホらしい」

己のくだらない考えを手を振って払うと
とりあえず気分を変えるために説明書を見た。

「ふーん、本体はあるがこいつら、いちおデータなんだな」

どうやら、今時パソコンにインストールして使うらしい。
だが、軽量化なのだろうと思うと大変助かる。
パソコンのスイッチを入れて、立ち上がるのを待ってから
篤時はCD-Rを入れた。
インストールするか、しないかにYESで答えると

”インストールを開始します”

と、そんな表示が出て、CD-Rが回り始める。
チカチカと増えていくインストールの終了時間を示す緑のバーを
横目で見つめながら、篤時は書きかけの歌詞を再度読み返した。
ここをもう少し、こうするか‥などと没頭し始めたことに突然肩を叩かれる。

「なんだ、邪魔するなッ」

そう口にして、振り払おうとしてハッとする。
この家には己しかいないはず‥。
バッと振り返ると、そこにはショーウインドーで見た彼女。
思わず、視線が釘付けになる。
今まで見てきたアンドロイドより、ずっと人間らしい。
少し怒ったような表情で、パソコンを指差している。
あれ?‥喋れないのか?
そう思って、パソコンに再び目を向けると

”インストールを完了しました。
MEIKO:マスターノ、オナマエハ?”

そんな文字が点滅している。
篤時は、再び彼女に目を向けて、驚いたまま

「あつとき‥。‥柳堂路篤時だ」

そう呟いた。
すると、彼女が光をまとって

「りゅうどうじあつとき。認識しました」

そんな風に、大人の女性であるその姿らしい、
柔らかくも、何処か艶っぽい声で発した。
マスターの名前。
それが、VOC@LOIDである彼女たちが自分を使う人間を認識するための
パスワードなのだが、そんなことはこの時の篤時にはどうでも良かった。
ただ、その口から発せられた声の流暢さに驚くと共に
益々あの時の想い人のようなこの彼女に魅せられたのだ。
だが、そんな雰囲気はあっさりと崩される。

「もぉ〜、マスターったら反応遅いんじゃないッ!
どれだけ待たされちゃうのかと思ったじゃないッ」

女を待たせるなんて、最低よっ!と文句を言う唇に
違う意味で釘付けになる。

「ちょっと聞いてるの!
声をせっかくかけたのに、邪魔とか言うし、
マスターったら私を使う気あるの?」
「‥お前」
「何よ?」
「口煩いんだな」
「なっ!?」

姿かたちは、あの日のあの人に似ているが全然違う。
‥期待はしていなかったが、ここまで違うと逆に清々しい程だ。
やっぱり、夢見る方がどうかしているんだ。
そう思っていると、篤時の頬にビンタが飛んできた。
バッチーンと物凄くいい音が響く。

「い‥っ、イテェじゃねぇかッ!なにすんだ、いきなりッ」

怒鳴って、立ち上がった篤時に負けじと相手も立ち上がる。

「それはこっちの台詞よっ!!
いきなり女性に向かって、なんなわけッ!!」
「お前こそ、初対面の俺に向かっていきなしビンタはないだろっ!!
だいたい俺はマスターなんだろ?
‥口煩いだけじゃなくて、乱暴なのか、お前」
「ッ」
「痛ぇぇッ!?」

ギュッと彼女が篤時の足を思いっきり踏みつける。
踏みつけながら、口元に笑みだけ浮かべて

「あら、ごめんなさい、マスター。
初めまして、VOC@LOID-00式、MEIKOです。
不束者ですが、どうぞよろしくお願いしますね?」

そう挨拶するのに

「ッッッ‥笑って言っても、可愛くねぇんだよ‥っ」

涙目になりながら、篤時が言い返す。

「マスターが悪いんじゃない。女性の扱い方がなってないんだもの」
「そんなことねぇよ!基本的に、俺は女には親切にする方だぞ」

‥紳士とはなんたるかというくだらないことを勉強させられたせいだが。

「じゃあ、なんで私にあんなこと言うのよ!
あ、分かった。マスターって、女性経験がないんでしょ〜?
嫌だわぁ〜、女に夢を見ている男なんて」

そんな甘くないんだから、現実の女はっ!とか口にするMEIKOに
お前だって、アンドロイドじゃねぇかッ!と怒鳴り返す。

「そんなんじゃねぇよ」

‥ただ、理想から遠くてがっかりしただけだ。
なんだかんだ口にしたが、結局自分は想い人に彼女が似ているから買った。
ある意味で、それだけに過ぎなかったのだ。

「あぁ〜‥もういいっ!分かった。俺が悪かった!謝るから許せ」

まだ文句を言いたげなMEIKOに篤時は、頭を下げて謝る。
そんな風に彼女を見ていた自分を反省したからだ。
それを見て、MEIKOは驚いた顔をしたがすぐに気をよくして

「潔い男って、好きよ、私」

と笑った。
それを見て、一段落着いたかと篤時がため息を吐き出す。
‥そういえば。

「全然気がつかなかったが、お前、何処から出てきたんだ?」

確か、自分はソフトと意味の分からない軽い箱しか買っていない筈だ。
店の店員は、何度尋ねても「ここにショーウインドーで
お客様の見たものが入っております」としか言わなかった。
確かに、現実目の前にはショーウインドーの中の彼女がいる。
しかし‥、こんな人間サイズのものなど何も買っていないのだが‥。

「私?‥あれよ」

MEIKOが指を指したのは、例の箱。
それはいつの間にか開いている。
篤時はそれを手にとって、逆さにしてみるが何もない。

「‥馬鹿言うな。こんなのにお前一人入るわけねぇだろ」
「ううん、入っていたの」
「‥本当にか?」
「本当によ。聞かなかったの?
この箱に私たちが現実世界で生活するために必要な”身体”が入っているの。
でも、これは様々な形になることができるもので、固有のものじゃない。
じゃあ、どうやって決まるかといえば‥」
「‥ソフト?」
「そうそう!分かっているじゃない、マスター」

馬鹿な‥。
思わず、箱を再度振る。
もちろん、中から何も出てこない
。 篤時は、その箱の凄さに、大した値段がしなかった割に
今の電化製品は違うなと変に感心する。
とりあえず、いつまでも箱に感心しているわけにはいかないので
篤時は改めて座って、MEIKOを見た。
‥黙ってみている分には、明らかにあの人なのだが。

「何?私になにかついているの?」

喋ると台無しと言うか‥。
もう、こいつには言わないが‥と思いながら、
篤時はパソコンの方へ向き直って
先ほどまで打ち込んでいたものをコピーした。
そして、MEIKOに差し出した。

「これは?」
「VOC@LOIDなんだろ?‥歌を歌う機械だって聞いたぜ」

元を辿れば、その機能があったから買ったのだ。
こればかりは、ちゃんと性能を知りたいし、
これ以上がっかりはしたくない。

「これ、‥マスターが書いたの?」
「あぁ、そうだ」
「なんか‥、いかにも恋愛に憧れているって感じの歌詞ね。
マスター、中二病?」
「うるせぇ‥、余計なことはいいからさっさと歌ってみろよ」
「‥マスターって、顔が怖いからもてないんでしょ?
言っておくけど、話し方も直さないともてないわよ」
「‥悪かったッ!!歌ってくれませんか?」

‥俺のことはどうでもいいんだよと呻きながら頼むと
MEIKOは、「まぁ、いいか」と呟くと歌詞に目を通した。
そして、ほぼ目を通すような動作をしてから口を開いた。


――え?


彼女の唇から歌が紡がれた瞬間。
確かに、見えたし、聞こえた。
彼女の周りだけ光り輝いて、ない筈の楽器の音がして‥。
篤時の目には、ちゃんと歌詞の描写が目の前で展開されていた。
曲が終わっても、自然と鳥肌がたつ。


――なんて、‥なんて


人間に近い声なのだろう。
いや‥そうじゃない。
機械とか、人間とかそんなの関係ない。
ただ、素直に‥

「綺麗だ」
「え?」
「すげぇ、‥きれいだ」
「マスター?」

ガバッと篤時がMEIKOに抱きついた。

「キャッ!?ま、マスター!?」

MEIKOは、いきなりのことに驚いてしまって
目を白黒させる。

「すげぇ‥すげぇよ、お前ッ!!」

こんな、声。
こんな、歌。

「聞いたことねぇよッ、こんなの」

自分の曲なのに。
少しも、自信のない、ちっぽけな己が書いた曲なのに。
彼女の声だけで、それは、綺麗な色をつけた‥。

「綺麗だぜ、MEIKO」

にかっと笑って口にした、篤時にMEIKOが驚愕して‥
ぽっと赤くなった。

「わ、私はただ‥マスターがくれた曲を歌っただけだわ‥」

しどろもどろになったMEIKOには、気がつかず
篤時は彼女の手を握る。

「お前となら、いい曲作れそうな気がする。
俺は、‥不甲斐ないマスターかもしれねぇけど
お前のその綺麗な歌声を最大限に活用できるように頑張る」

だから。

「‥こちらこそ、よろしくな」

嬉しそうに笑った篤時に、MEIKOが一層顔を赤らめながら
その手を握り返し

「‥えぇ、よろしく、‥マスター」

と、笑みを浮かべた。
それに、篤時が

「ん?」

と声を上げる。

「え?なに?」

慌てる彼女に、「あぁ‥」と思う。
最初見たときに、あまりに彼女に似ているから
そればかり見ていたけど‥こいつ。

「お前さ」


――笑うと、可愛い。


素直に率直な感想を口にして、一層笑った。





*ってことで、タイトルまんま‥篤時とMEIKOの出会い編でした。
 いつかはちゃんと書いてあげたいと思っていたので、
 書けて満足ですv
 プラスして、私の思い描く世界観みたいなものを書いたわけですが‥
 通じたのか、よく分かりません‥(え)
 いちお、ミクやリンレンを篤時が買ったときには他のロボットも
 同じように流暢に喋れるようにされていて、
 MEIKOを買ったときほどボカロが珍しい存在じゃなくなった感じです。
 メイちゃんのときは、まだ色々と最新型だったわけです。
 メイちゃんと篤時のこの後は、不意に良いこと言ったり、
 優しい篤時にメイちゃんが惹かれていくわけですv
 そこら辺も、そのうち書けたらいいなぁ‥と思いつつ、
 KAITOを買ったときとか、ミクを買ったときとか書きたいです。
 


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