『魅力的な人』

「くそ〜‥上手く書けねぇ」

ブツブツ呟きながら、篤時が机と向かい合っている。
それを背後で見つめながらメイコは、床に座って投げられた紙くずを拾い集める。

「今日はやたらと煮詰まっているのね、篤時」

と声をかけたが、スランプ中の篤時には聞こえていないらしい。

”熱中している時もそれはそれで格好いいけど、放って置かれるのは寂しいのよね”

メイコはその背中にそう想いながら、篤時の投げ捨てた紙くずを広げる。
そこに書かれている詩や楽譜。
篤時らしい感情が詰まっている。

”悔しいなぁ‥また、ミクとKAITO用なんて”

こんな風に何度も何度も篤時が推敲を重ねる歌を私だけが歌いたい。
というのは、我侭かしら?とメイコは思う。
姉として普段弟や妹に接しているが、篤時のことになると
どうにも独り占めせずにはいられなくなる。

”貴方がそんなにも格好良くて、素敵だからいけないのよ”

と悪戯っぽく笑ってみる。

「ダメだっ!!今日は全然ダメじゃねぇかっ」

バンッと机を叩いて、篤時が近くに置いてある煙草の箱に手を伸ばす。
くしゃくしゃとまた紙を丸め、煙草を銜える。
右手が机の上を彷徨う。
どうやらライターを探しているらしい。
メイコは足元に落ちていたライターを拾い上げて、篤時の手に渡す。

「これ」
「あ?」

メイコの声に篤時がやっと気が付いたように彼女を見る。

「メイコ?」

いつ来たんだ?という言葉は発せられないが、彼の眼がそう言っている。

「前からずっとここにいたわよ。気がつかなかったのは篤時じゃない」

声だってかけたんだからと少しからかうように言うと済まなそうな顔を一瞬する。

「そっか。気がつかなかった」
「煮詰まっているみたいね」
「まぁな。‥うまく思いつかない」
「少し休んだら?そしたら、なにか思いつくかもしれないわよ」
「かもな」

篤時はメイコの言葉にシャーペンを置くと煙草に火をつけた。
紫煙が立ち上る。
煙草独特の匂いが広がっていく。
煙草を吸いながら、未だに脳内で推敲を重ねる篤時をメイコはじっと見つめる。
篤時の手が煙草に触れるたびに、視線がそちらに行く。

「なんだ?」

それに気が付いたのか篤時がメイコを見る。

「ううん、気にしないで」
「?‥気になるから言えよ。意味もなく見られちゃ気が散る」

苦笑気味に言う篤時にメイコは少し間をあけて言う。

「格好いいの」
「は?‥なにが?」

言われた言葉に篤時が眼を丸くする。
メイコはクスッと笑い

「格好いいのよ、‥篤時の手」

と煙草に触れない反対の手に触れた。

「あのね、煙草を吸うときの篤時の手‥私、大好きだわ」

嬉しそうに微笑まれ、篤時がしばし呆気にとられる。
だが、すぐに言葉の意味を理解したのか少しだけ赤くなって、苦笑い。

「お前も物好きだな」

という照れ隠しの言葉に

「あら、そう?私、篤時のことが好きだから全部好きよ」

一挙一動全部‥と返して

「貴方が好きなことが物好き?」

と尋ねる。
篤時は敵わないと視線を逸らし、苦笑する。

「かもな。‥物好きだぜ」

”でも、いいの‥好きだから。”

メイコは言葉にせずにそう思い、先ほど拾って広げた楽譜を篤時に見せる。

「ねぇ、これ」
「ん?」
「KAITOのために作っているでしょ?」
「正確にはミクのため‥だろ?」

言い直す篤時の顔は悪戯好きの子供のよう。

「そうね。私も二人は応援してる」
「早くKAITOの奴が気がつきゃ、こんなじれったい歌詞じゃなくても良くなるのにな」

上手い文句も思いつかねぇよと笑う篤時。
そんな彼をメイコは”可愛い”と思う。
だから、立ち上がると篤時を抱きしめた。

「お、おいっ、メイコ!?」

いきなり抱きしめられて、篤時が驚く。

「俺は煙草吸ってんだぞ!?火傷したらどうすんだっ」

お前、女なんだからなっ!と怒る篤時にメイコは笑って離した。
こんな時でも、自分を人間として扱う篤時。
それがとても嬉しい。
だから。

「どうして篤時が歌詞を上手く作れないか、教えてあげる」
「は?」
「私だけが、知ってるの」

口元に人差し指を立ててみせる。

「な、なんだよ‥」

篤時が複雑な表情でそれを見る。

「それはね‥、貴方が」
「?」

瞬きほどの瞬間。
メイコの唇が篤時のそれに重なった。

「め、メイコ?」

慌てる篤時にメイコは微笑んだまま告げる。

「篤時が、恋してないから」
「は?」
「失恋してから、‥ずっと貴方が恋していないからだわ」
「それは」
「だからね、‥恋すればいい歌詞が思いつくと思うの」

”こんな風に魅力的な貴方を独り占めしたい私の気持ちに気が付いて”

微笑んで瞳だけでメイコは篤時に訴える。
篤時は何か言おうとしたが、小さく苦笑した。

「知ってるよ、んなこと。‥けど、今はそんときじゃないから」

しねぇだけさ‥と言うと篤時は立ち上がり、メイコの腕を引いた。

「そのうちするさ。‥恋ってのは、いつくんのかわからねぇもんだろ?」

え?と思う暇もなく、篤時が強引にメイコの唇を奪う。
そんなことをされて、仕掛けたはずのメイコが驚き、
口を押さえ床に座り込むと真っ赤になった。
篤時の顔が意地悪く笑っている。
からかわれた!と思って、メイコは益々赤くなる。
それなのに、

「休んだけど、いい歌詞、思いつかねぇな。こりゃ、最初から直すしかねぇか」

と慌てているメイコに気がつかないふり。

”なんて、意地悪っ!!”

睨むつけてやると

「‥あぁ、それでも、メイコにならいい恋の歌できそうな気がするぜ、俺」

歌わせてやろうか?とさらっと言われる。


こんなにも魅力的な貴方。
可愛いと思っていれば、今度はそんな風に意地悪に。
大人で、子供。
素敵な人。
振り回しているようで、振り回されているのは、自分。
でも、苦じゃないわ。
だって、それは大好きだから。


「いいわよ、歌わせてよ」

赤くなったまま、メイコはハッキリ言う。

だからね、貴方の魅力を知っている私に、貴方の歌を歌わせて。
きっと、誰よりも上手く歌うから。

「いいぜ。歌えよ、俺がお前のためだけに作るからさ」



*メイコ姉さんって乙女だと思いつつ、
 大人の色気を武器にしてくれたらいいなぁって思った話です。
 途中までは煙草を吸う手が格好いいというだけの話だったのですが、
 篤時の大人の男の色気的な部分の話になってしまった感もあります。
 その上、こんなにもへたれじゃない男なんだとびっくり。
 何故、もてないんだ‥お前(え)
 最近、どちらの視点か私が忘れて最終的に手直しさせられて泣きそうです。
 文章変だったら、そのせいです‥すみません。


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