桜華茶房

『”ゆき”』


長門は、先ほどからずっと飽きることなく、窓の外を見つめている。
灰色の雲の広がる空から、チラチラと落ちてくる、白くやわらかなもの。
それに目が釘付けになってしまって、
横に小泉が来たことも気がつかない。

「あぁ、降ってきちゃいましたね」

古泉は、気がつかない長門に苦笑しながらも
そんな風に口にする。

「今日は、凄く寒いと天気予報で言っていましたが
まさか雪が降るとは思いもしませんでしたよ」

積もりますかね?と話しかける古泉に、長門は何も答えない。
どころか、突然窓を開けたのだ。
開くと同時に、一気に冷気が部室の中に入り込んでくる。

「結構、中と外では差がありますね」

喋る小泉の息が、窓の外へ白く溶けていく。
小さく呼吸する長門の息も、それに混ざって溶ける。
窓の外へ腕を伸ばして、まるで雪を取ろうとするかのような
相手に古泉は笑いかけて

「長門さんは、雪が好きですか?」

そう尋ねた。

「‥分からない。どちらとも言えない」

すると、先ほどまで黙ったままだった長門が口を開いて、そう口にした。
彼女の伸ばした真っ白くて、小さな掌に雪が落ちる。
それは、あっという間に水へ変わる。

「冷たい」

ぽつりと、長門はそう呟いて、ギュッと掌を握る。

「なかなか雪は、掴めませんね」

それを見ていた古泉は、同じように手を外へ出して、雪を受け止める。
だが、雪はあっけなく彼の手の温度に消えてしまう。
古泉は、外へ視線をやったまま、長門に話しかけた。

「長門さんは、雪の結晶を見たことありますか?」
「‥雪の結晶?」
「えぇ、凄く綺麗なんですよ。
‥細かいガラス細工のようなんです。
それはもう、ほんの少し触れたら壊れてしまうような‥そんな形なんです」
「‥そう」

長門が、また掌を開いて、雪を受け止める。
しかし、やはり雪は留まることなく、溶けてしまう。

「だから、‥こうするとなくなってしまうの?」

ぽつりと呟いて、長門がやっと古泉に視線を向けた。

「そうかもしれません」

古泉は、そんな彼女に笑いかけて、

「でも、世の中には溶けない”ゆき”もありますよ」

と、悪戯っぽく口にする。

「溶けない、雪?」
「えぇ、溶けない”ゆき”です。
それは、温かいし、触れても壊れてしまうことがないんですよ」
「‥分からない。私のデーターには、それに該当するものは存在しない」
「教えてあげましょうか?」

小泉がそう尋ねると、分かりづらい筈の長門の表情に僅かだが
興味を示すような色が含まれる。
それに気がついて、古泉はクスクスと笑ってから

「それはですね、‥長門さん、貴方ですよ」

そう呟いた。

「私?」
「えぇ、長門さんです」
「‥貴方の言っている意味が、分からない」

僅かに不思議そうな顔をする長門に古泉は、小さく笑ってから

「長門さんの下の名前は、有希さんですよね?
ほら、‥溶けない”雪”」

と、長門の外に出している手を包み込むように握る。

「僕が触れても、‥貴方は決して溶けない。
冷たいどころか、温かい」


――溶けない”ゆき”でしょ?


古泉の言葉に、長門は一瞬だけ大きな瞳を開く。
それから、すぐに視線を外へ向けた。
そのことに、古泉は小さく苦笑して

「‥なんて、貴方に触れたかったから
良い口実を口にしたに過ぎません。
すみません、安直過ぎましたね」

そう口にして、手を離そうとした。
だが、それを長門が握り返すことで止める。

「な、長門さん?」
「平気、このままで。
貴方自身が口にした。
私は触れても、溶けたりしない」


――だから、触れていて構わない


「‥それに、温かいから」

ぽつりと長門の呟いた言葉に、
不意を衝かれて古泉の頬が赤く染まる。

「そう‥ですか?
まぁ、長門さんの手は冷気のせいで
だいぶ冷えてしまいましたからね。
お役に立つなら、良かったです」

そんな風に笑って、なんとか動揺を誤魔化そうとするが

「貴方は?」

と、長門が尋ねてくる。

「え?何がですか?」
「最初に貴方は私に聞いた。
雪が好きか?‥と」

長門の問いに、何故今そんなことを?と
ぽかんっとした小泉だったが頷いてみせる。

「あぁ、そうでしたね」
「貴方は、好き?」
「えぇ、好きですよ。
冷たいですけど綺麗ですよね。
好きです、雪」

にっこりと、正直なところを口にしてみせる。
すると、長門の大きな瞳が古泉をジッと見つめて

「それは、どっちの”ゆき”のこと?」

そうハッキリと口にした。

「え?」

カァァッと小泉の頬が一気に朱に染まっていく。
じっと見つめられて、しどろもどろになる相手の手を
長門は答えを催促するかのように一層キュッと握る。

「貴方は、さっき教えてくれた。だから、これも教えて」
「それは‥」
「どっち?」

大きな瞳に見つめられて、小泉は意を決して口を開く。


「僕は―――」


唇が言葉を紡ぎ終わったのと同時に
バタンっと部室の扉が開く。

「おい、古泉ッ!いるんだろっ!!
手伝ってくれよ」
「やっほー、古泉くん!
悪いんだけど、キョンのこと手伝ってよ。
一人で出来ないって言うのよ。情けないわよねぇ」
「あんな重いもんじゃなきゃ、一人でやる‥」

現れたハルヒとキョンに、古泉は振り返って

「えぇ、今行きます」

と笑顔を向けて、ブツブツ文句を言うキョンに続いて部室を出た。

「よし、これでオッケーね!
あら?有希もいたの?古泉くんがいたから、見えなかったわ。
って、‥なんで窓なんか開けてるの?
寒いから、閉めましょう」

残ったハルヒが、長門の存在に気がついて
開いている窓をカラカラと閉める。
窓辺に立ち尽くしている長門にハルヒは不思議そうな視線を向けてから

「ねぇ、有希?何かいいことでもあったの?」

そう尋ねた。

「そう?」
「うん、なんか‥いいことあった〜って顔しているわ!
あ。もしかして、雪が好きなの?
そりゃあ、降ると色々面倒だけど少しは楽しいーって気はするもんね。
そっか、有希は雪が好きなのね」

一人、うんうんっと頷くハルヒに長門は

「‥そう、好き」

と呟いてから、

「溶けない”ゆき”で、‥良かった」

ハルヒには聞こえないくらい小さな声でそう口にして
古泉の手が触れていた熱い場所に唇を寄せた。





*‥と、とってもお久しぶりな古長です(汗)
 なんだか、最近離れてしまっていたので色々アレで、すみません‥。
 本当は夏の話を書くつもりだったのですが、
 夏はエンドレスサマーだし、古長は季節で分けると
 「冬だよっ!」とか訳の分からないこだわりの下
 結局、今年も冬に書く事になってしまいました‥。
 原作だと長門さんは雪に対して色々思うところがあるのですが、
 私の長門さんは以前にクリスマスネタで「好き」と断言してしまったので
 「好き」になった理由的なものを補足しちゃいました。
 別に前後関係はないです。
 なので、長門さんも古泉を少し意識している感じで書いてみました。
 長門らしくなくても、久しぶりだから‥と許してください‥(汗)


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