『古泉一樹の嫉妬』

フッと足を止める。
見上げれば、見知った背中。
”あぁ‥、彼は”
古泉はその先にある建物を見つめる。
”何か、あったんですかね”
別段気に留めなくても、彼女のことだろう事は解りきっている。
”それなのに、少しばかり気に食わないのは何故でしょうね”
自然と、古泉の足はそちらに向いた。

***

鳴り響くチャイム音。
しばらくドアの前で立ち尽くしているとガチャっと扉が開いた。
「忘れ物‥」
出てきた長門はそう呟いて、少しだけ瞳を大きくし動きを止めた。
「‥どうも、長門さん」
いつもの爽やかな笑みを浮かべて、古泉は扉を開ける。
「何?」
数歩下がって、長門が中に入っていくのを確かめて後ろ手に扉を閉める。
「別段用なんてありませんよ。なんとなくです」
「言っている意味が解らない」
「気にしないで下さい。‥すぐ、済みます」
古泉は笑みを浮かべたまま、無表情のまま立っていた長門の手を引いて中に入る。
中は生活観がほとんどないがらんっとしたもの。
さっきまで人がいた気配を残し、僅かにカップから湯気が昇る。
”あぁ、ここに彼がいたんですね”
別段、古泉にとって彼は憎い相手でもない。
だが、こうやって土足で無断に入られると無性に腹も立つ。
別に自分の居場所ではない。
来たのも初めてだ。
それなのに、古泉は確かな不愉快さを感じていた。
手を引かれたまま、長門は暴れもしないし、話もしない。
「彼が来てたんですね?」
「そう」
「二人でここに?」
「?‥そう。涼宮ハルヒの‥」
そこまで言いかけた長門を古泉は気にすることなく、押し倒す。
無雑作に鞄を置いて、ネクタイを緩める。
「貴方には二人っていうことがどれだけ危険か教えてあげないと心配ですね」
「何を言っているのか、理解できない」
長門の無感情で、大きくて、少し茶色の混じった瞳が古泉だけを映す。
「何を言っているのか、すぐに理解できるようになりますよ」
胡散臭いほど爽やかな笑みを口元に浮かべたまま、ネクタイを一気にとる。
古泉らしくなく、はだけたシャツ。
長門は変わらずの無表情。
「彼は貴方をどんな風に想っているんでしょうね‥」
古泉がそう言って、長門に顔を近づけた瞬間。

「悪い、長門!俺、忘れものして‥」

固まる二人と、元から微動だにしていない一人。
突然の来訪者である青年は引きつる笑顔で後ずさる。
「こ、古泉?」
古泉もまた突然現れたその相手に困ったような力ない笑みを浮かべて、
肩をすくめるしかなかった。
「お、お前‥長門に何してるんだ!?」
父さんは許さないぞ!という言葉はきっと幻聴だが、
それくらいの勢いで青年が怒鳴る。
古泉はフッと一瞬だけ複雑な顔をして、笑顔を作った。
「あぁ、貴方でしたか!これはですね‥」
説明しようとした瞬間、古泉の下になっていた長門が起き上がった。
「あった」
手には古泉のネクタイ。
またしても固まる二人。
「見つかった」
再度確認するように繰り返す長門。
その言葉に古泉はハッとして、口元を緩めた。
「あぁ、良かった。そこにあったんですか!助かりました」
「な、なんだ?」
青年だけが目を丸くさせている。
「そのですね、ネクタイをなくしてしまいまして、探してもらっていたんですよ」
「どういう状況なら、なくせるのか知りたいがな、俺は‥」
「え?知りたいですか?実は涼宮さんのことで、僕が彼女に‥」
これはちょっと拙いかな‥と思いながら、古泉は言葉を続ける。
「あぁ、いい!ハルヒのことはおいとけ。聞きたくない‥」
しかし、古泉の考えははずれ、あっさり青年は引き下がる。
「宇宙人と超能力者が話す会話なんぞ俺がわかるとでも思っているのか?」
眉を寄せていう青年に苦笑する。
「貴方なら分かるかと‥」
「慣れたなんていうなよ?俺はあくまで一般人だ」
そう不機嫌にいい、青年は傍にあった袋を掴んだ。
「あぁ、僕も帰ります」
古泉は続けて立ち上がり、長門の手からネクタイを受け取ろうとした。
だが‥。
「‥まだいて、いい」
「え?」
ネクタイを離さず、長門は机を指差す。
「お茶、まだ入れてない」
その言葉に青年が笑う。
「飲んでけよ、古泉」
その言葉に一番戸惑ったのは古泉。
「え‥で、ですが‥僕は‥」

”貴方に酷いことをしようとしたのですよ?”

そう言いかけた古泉に長門は言葉もなく、首を振る。
「じゃあな、長門。‥サンキューな」
青年はそんな二人を尻目に出て行く。
彼が出て行くと急に恥ずかしくなって、古泉はその場に座り込んだ。
「すみません、長門さん」
「何故謝るのか分からない」
今日何度目かの”分からない”を繰り返して、長門は奥へと入っていく。
その後姿から目をそらし、古泉はネクタイを結びなおす。
「何故、こんなにも乱されているんでしょうね‥。
分かってますよ、僕らしくないって」
自分に言い聞かせて、キュッとネクタイを上げた。



*未遂事件というか‥、まぁなんというか‥古泉嫉妬話。
古泉視点で書く話をこれから”古泉一樹の〜”にしようかと考え中。
最初が憂鬱だからなのですが‥(苦笑)
でも、あれはまねしただけです。
二巻はため息ですしね。
キョンにはちょっと損な役をさせてしまいました‥(汗)
でもまぁ、キョンなら古泉絡みなら避けるかなって‥期待したり‥。
我が家のキョンは長門のお父さん的立場です(笑)


Back