『賭け』



「御屋形様?」

障子の開く音に信繁は顔を上げる。

「ここにいたのか、次郎」

開いた障子から聞こえてくるのは賑やかな笑い声や、話し声。

「いないから探していたのだぞ」
「すみません‥。終わっていない仕事を終わらせようと思いまして」

晴信は後ろ手に障子を閉めると信繁が開けてくれた場所に座る。

「皆が宴の最中、仕事?
‥これだからお主は固いなどといわれるのだぞ」

眉を寄せて言う兄に

「そういう御屋形様こそ、
宴を抜け出てこのようなところに来ていていいのですか?」

と返す。

「儂はいい。酔いを醒ますと言ってきたからな」

第一、隣なのだからさほど問題ないし、
誰も気になどせんだろと言う兄に信繁は笑う。

「ならば、私のことも誰も気になどしませんよ」
「儂が気にする」
「何故です?」

筆を置き、兄と向かい合うと信繁は尋ねる。
晴信は笑うと

「弟を気にして何が悪い?」

とハッキリ告げる。
信繁は苦笑する。

「そのようなお答えはズルイと思いますが」
「なんだ‥ちゃんとした理由が知りたいか?」
「‥あるのならば」

どうせサボりたかったのでしょう?と笑顔で尋ねる弟に

「そんなことではない」

と眉を寄せる。

「ならばなんでしょう?」
「次郎と喋れる機会をふいにしたくなかった」

告げられた答えに信繁が笑う。

「何を仰るかと思えば‥。
私は御屋形様の小姓でも、側室でもありませんから
そのような偽りの睦言ではよろめいたりしませんよ?」

第一、御屋形様はそのような手で
よく逃げ出すと聞いておりますが?と困ったように言う信繁に
晴信は不機嫌そうな顔をした。

「何故儂がお主相手に偽りを言わねばならぬ?
嘘だという根拠はあるのか?」
「‥では、百歩譲って嘘は取り消すとして‥。
どちらにしろ、私にそのような睦言は不要です」

穏やかに言う信繁に一層晴信は不機嫌になる。

「次郎‥、お主は儂が嫌いか?」
「滅相もない。‥大切に思っております」
「儂が聞きたいのは、部下の言う”大切”ではないぞ?」
「部下である私の口から、部下以外の言葉など出ましょうか?」

ニコニコと続ける弟に晴信はため息をつく。

「またそのように可愛くないことを‥」
「可愛くなくて結構です」

ハッキリと言う弟を忌々しげに見つめていた晴信だったが、
突然意地悪く笑った。

「どうやら今夜の次郎は頑なに部下を通すつもりだな?」
「えぇ。‥といいますか、元より私は部下でしかありませんが?」

弟であろうと言いたいのを我慢し、晴信は一層意地悪く笑う。

「ならば、その信念貫けばよい。
お主が貫けたら、今夜は儂も大人しく引き下がろう」
「元より御屋形様には大人しく引き下がっていただくつもりでしたので、
それで良いですよ。 御屋形様は?」
「こちらが勝ったら、信繁は儂を”兄”と呼び、相手をしろ」
「‥良いですよ、乗ります」

私はまだ仕事がありますからと笑顔の信繁に

「いつまで貫けるか、楽しみだ」

と晴信も笑う。

「滅多なことでは崩れませんよ」

信繁はそう言うと残っていた仕事を終わらせるために背を向ける。
その背に突然晴信が抱きつく。

「なっ!?」

いきなりのことに信繁が動揺する。

「なんだ?」

楽しそうに笑う兄に

「そういう手できましたか‥」

と呆れたような顔をする。

「どういう手か分からぬな?儂は己の欲望に忠実でな。
今ものすごく次郎を抱きたかったから、従ったまでだ」

文句があるか?と呟き、信繁の白いうなじを手で撫でる。

「っ!?」

ビクンッと信繁が反応し、

「何をするんです、兄上っ!!」

と怒鳴る。
だが、ハッとして口を塞ぎ自分の目の前の壁を見ると口を塞ぎ

「‥や、やめて下さい‥御屋形様」

と小声で呟いた。

「ん?聞こえぬな?」

弟の反応に晴信は楽しくて仕方ないのか、そんな風に返すだけ。
それどころか、今度は信繁のうなじに唇で触れてくる。

「あ‥、あ、あにうえっ‥お止め下さい‥」

甘い吐息と共に呟かれる”兄”という言葉。
晴信は思わずほくそ笑んだ。

「次郎‥、もう崩れているぞ?お主の信念とはその程度か?」
「あ、兄う‥いえ、御屋形様が意地悪をなさるからっ!!」
「ほぉ‥言い訳か?してはいけないという取り決めはしていないはずだが」
「そ、それはそうですが‥でもっ」

晴信は弟が全てを言う前にうなじに赤い痕をつける。

「く‥っ‥」

一層甘く、切なくなる弟の声に

「次郎、このままだと隣にお主が儂を
甘く溶けた声で”兄”と呼ぶのが聞こえてしまうな?」

と意地悪く尋ねる。
信繁は少しだけ悔しそうに顔を歪ませたが

「‥ならば、できる限り聞こえないように噛み殺しますよ」

と小さく笑う。

「それもつまらない」

晴信はハッキリと言い、

「儂にだけは聞こえるように言え」

と告げる。

「は?」
「儂にだけは”部下”としてではなく、”弟”として‥
いや、”信繁”として好きだと言わねば、
可愛い弟の頼みでも今宵は離してやらぬぞ」

兄の傲慢な言葉に信繁は困ったように笑い

「仕事のできない身体にされては困りますから、
できる限りお答えいたしますよ」

と返す。

「ほら、それだ。‥もっと可愛いことを言わぬか」
「難しいですよ、いきなりは」

晴信は笑う信繁を押し倒すと唇を重ね、ゆっくりと尋ねた。

「次郎、これでも儂は偽りの睦言しか言わぬ男か?」

信繁は微笑んだまま、

「いいえ。‥好いております、兄上」

と返し、再度唇を重ねた。



*何故だか知りませんが晴信さん、
 ‥信玄さんは意地悪そうなイメージがあります。
 というか、何事も大人の余裕がある気がします。
 それは弟である信繁にもいえるんですが、
 今回はそのイメージに忠実に書いてみました(え)
 久しぶりに書いたので、色々好きにやっちゃってすみません‥。
 イチャイチャさせたかったんですっ!! ベタベタさせたかったんですっ!!
 悔いはありません、えぇ‥(どうせ、腐ってますから)
 信繁は距離をとろうとして結局、兄の罠にかかっていればいいなw
 この二人を久しぶりに書けたのは、投票して下さった方のお陰です。
 これは、いれて下さった方に密かに捧げますっ!(迷惑)


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