「信繁」
「なんでしょうか、御屋形様」
振り返った信繁を床机に頬杖をつきながら、晴信は見上げた。
「お主、何時から儂をそんな風に呼ぶようになった?」
「は?‥‥尋ねられている意味が分かりかねますが」
「だから、お主、何故儂を皆のように”御屋形様”と呼ぶのだ?」
その言葉にしばし信繁は唖然とし、そして笑った。
「それはこの信繁が部下だからに御座います」
「部下?」
「はい。御屋形様の部下の一人で御座いますから、当然でしょう」
「馬鹿な」
晴信は小さく吐き捨て、キッと信繁を睨んだ。
「お主は儂の弟だ」
「弟であると同時に、部下です」
信繁は怯むことなく微笑で返す。
「部下である前に弟だ」
訂正するようにそう晴信が言うと信繁は困った顔をした。
「‥‥弟では示しが尽きません」
「は?」
「弟という立場に私が甘んじれば、
私の一族はきっと御屋形様に反感を抱く事もあるでしょう。
部下として御屋形様に仕えれば、一生部下のまま。
そう望んでいるから、私はそう呼ぶのです」
晴信はそれを聞くとふいっと顔を背けた。
「儂といる時ぐらい、昔のように兄と呼べ」
「え?」
「儂はお主に兄と呼んで欲しい。‥‥いや」
「あ‥‥」
グッと腕を引かれ、信繁と晴信の顔が近くなる。
晴信は唇を緩やかに弧を描かせ囁く。
「太郎兄上と、昔の様に言って欲しい」
その甘美な囁きにカッと信繁の頬が赤くなる。
「お、お止めくださいッ!!御屋形様ッ」
「兄と呼ぶまで離さん」
「そ、それは出来ません」
「二人っきりの時でもか?」
「うっ‥」
狼狽える表情の信繁をまじまじと見つめ、晴信は笑う。
「そのような顔では、説得力に欠けるぞ?次郎」
「あ、兄上‥お離し下さい‥」
信繁は観念したように小さく呟く。
「ん?‥もう一回ちゃんと言ってみろ」
「‥太郎兄上、離してください」
赤くなった顔で、信繁はチラチラと晴信の目を見た。
「言えるではないか」
ニコッと微笑み、晴信は掴んでいた腕を解放する。
信繁が腕を兄の手からすり抜けさせようとした瞬間、
またグッと掴まれ、接近され‥‥。
「あ‥、兄上‥?」
「次郎、儂が好きであろう?」
微かに触れたお互いの唇の感触。
信繁は思わず己の唇を指でなぞる。
「儂はお主が好きだぞ、次郎。
だから、お主に御屋形様と他人行儀に呼ばれるのは好かん。
二人の時は‥兄と呼べ」
自信満々の表情で笑う晴信に信繁は俯く。
「あ、兄上は本当に困ったお人だッ」
「だが、そんな兄が好きで
毎度儂の好きなほうとうを作るのは誰かのぉ」
バッと顔が上がり、信繁が目を丸くする。
「お主は顔に出やすくて助かるぞ。はは‥好きだぞ、次郎」
「っ‥意地悪です、兄上‥」
信繁はグッと晴信を睨むが、すぐに苦笑する。
「ですが‥間違ってはおりません」
「ん?」
「‥私は兄上が好きです」
晴信はその言葉に笑う。
「知っておる。だから、好きだと言った。
もう、儂と無理に距離を取るなよ、次郎」
「はい、太郎兄上」
微笑んだ信繁に晴信は微笑で返し、再び唇を重ねる。
今度は軽く触れるものではなく、お互い求めるような口付け。
「兄上‥」
甘い吐息と共に信繁が小さく囁いた。
終
*前のHPから持ってきました。
マイナーですが、大好きな晴信×信繁です。
信繁さんは武田の中で一番好きですv
彼は武田のアイドルだと思います(笑)
ちなみに文中で晴信が”ほうとう”のことをいっていましたが、
要はうちの晴さんがほうとう好きという設定なだけです。