「ほら、遅れてるぜ、松寿!」
「う、五月蝿いッ!!」
そんな風に仲良く馬を駆け回している少年たちの姿を見つけ、
虎之助は酷く不機嫌な気持ちになった。
「あ、お虎!」
片方の少年がそんな虎之助を見つけ、馬を駆けて来る。
「なんでここに?」
嬉しそうに馬上から尋ねられるが、虎之助は返事をしない。
ただ、睨みつけるように馬上の少年を見る。
少年は困ったような顔で馬から降り、
「どうしたんだ、お虎?」
と覗き込むように虎之助の顔を見る。
「約束」
そうぶっきらぼうに呟けば
少年が「あ」という顔になって気まずそうに俯く。
「ご、ごめん‥」
「いつまで経っても市松が来ないから、探しに来て見れば‥」
虎之助は、市松の後から馬を駆けて来た少年を見た。
まだ自分たちより幼さを残した少年。
黒田家から人質としてやってきた松寿丸だ。
虎之助の表情に気がついたのか、松寿丸は睨む様に見つめ返す。
「本当ごめん!‥松寿があんまり下手だから‥つい」
頭を低くして謝る市松に視線を戻し、
「俺より薬屋の息子がいいなら、それと遊んでいればいい。
今日限りで、お前とは、絶交だっ!
‥俺は紀之兄と碁でもしてくる」
とだけ冷たく言い残してその場を足早に去った。
「あ、‥お虎っ」
市松の声が背後から聞こえたが、
腹立たしくて足を止めることも
振り返ることもしなかった。
***
不機嫌そうに目の前に座っている虎之助に紀之介は苦笑する。
「なんだ?また市松と喧嘩か?」
その言葉に虎之助は
「また‥ってなんだ、紀之兄っ」
と怒る。
「すまない‥いや、でも喧嘩するほど
仲がいいというし‥いいことだがな」
「あんな奴、‥友達じゃない。
今日、絶交してきた」
眉を寄せて言う虎之助に一層苦笑する。
「絶交とは、穏やかじゃないね。
今日はどうしたんだ?」
柔らかく尋ねられて、虎之助は少しだけ怒りを静めると
「市松はここ最近松寿、松寿とそればかりだ」
俺のことを忘れていると‥呟き、事の発端を話した。
その話に紀之介が
「あぁ‥松寿とは、黒田殿のお子のことか」
「そうだ」
「俺も碁をたまに打つがなかなか‥。
父親ほどとは行かずとも才気がある」
「紀之兄は人がよすぎる。‥策略など臆病者がすることだ。
そんなことする奴の子なんてッ」
「言い過ぎじゃないのか、虎之助」
やんわりとたしなめられて虎之助は口を閉じると視線を逸らす。
「‥ここ最近ずっとだ。
松寿にも、市松にもイライラする俺がいる。
‥なんで、俺だけこんなにイライラしないといけないんだ」
不満そうに言う虎之助を見て
紀之介がにっこりと微笑み、その頭を撫でる。
「我慢せず言えばいい。
だが、だからといって何でも言っていいわけじゃない。
松寿には、ちゃんと謝ったほうがいい。
彼とて、不安の中ここにいるんだ。
市松だってそんな松寿に何処か感じるところがあって、
相手をしているのだろう。だから‥な?」
紀之介の柔らかな言葉に虎之助は一層不満そうな顔をする。
「‥あんな約束を破る奴、友達じゃないっ!
紀之兄といた方がよっぽどいい」
そう呟いた途端、勢いよく障子が開き
「紀之介ッ!!」
と少年が紀之介に抱きつく。
「おっと。‥佐吉、いきなりはよしてくれ」
倒れてしまうと笑う紀之介を余所に
抱きついたままの佐吉は虎之助を睨んでいる。
虎之助も負けじと睨み返す。
先にそらしたのは佐吉だった。
だが、
「市松を松寿丸殿に取られたから
紀之介のところに逃げ込んだのか?
案外、虎も大したことないな」
逃げ帰ったのかと笑った。
その言葉に、虎之助はカッとなって
「逃げ帰ったわけじゃないっ!!」
と怒鳴り、食って掛かろうとする。
それを紀之介が押さえる。
佐吉は、なおも言う。
「逃げ帰っているだろ。
いつもの虎なら槍の勝負を仕掛けて、
勝ち負けで決めるのに、今日はあっという間に逃げたんでしょ?
臆病者じゃないか。
そんなんじゃ、戦に行っても大したことないよ」
「うっ、うるさいっ!!」
「虎と市松の仲は、その程度なのか?
人に取られたら、そこで終わり程度の友情なのか?」
「お前に、俺たちの何が分かるんだッ!!
俺と市松は友達だッ!!」
「絶交したんだろ?」
「ッ‥う、うるさい‥っ!!それはッ」
真っ赤になって怒る虎之助に紀之介が優しく
「虎之助‥、こう見えて佐吉も
二人のことを心配しているんだよ」
と口にする。
すると佐吉が赤くなって、首を横に振る。
「ち、違うっ!!だ、だって虎が紀之介を取るからッ」
だが、紀之介は笑って
「佐吉の言うことに一理あると思うよ、虎之助。
確かに約束を破った市松は悪いかもしれない。
でも、だからといってお前はそう簡単にいつも親しくしている
彼との友情を終わりに出来るかい?
そんなことないだろ?‥松寿にも市松にも謝りなさい」
と続ける。
虎之助は、その言葉にしばらく黙りこくっていたが
大人しく頷くと部屋を出た。
***
「勝負しろ、松寿ッ」
槍を二本持ち虎之助は庭に出た。
そこにいた松寿丸が目を丸くする。
虎之助は、松寿に向かって
「お前に言った事は謝る。
だが、俺がお前を気に入らないのは変わらない。
俺と勝負してお前が勝ったら、土下座して謝ってやる!」
そう口にして、槍を放り投げた。
投げられた槍を受け取り、松寿丸は驚いていたが
「いいだろう、受けてやる。手加減は不要だ」
とハッキリ言う。
「後で泣きを見ても知らないぞ」
虎之助はそう口にして、槍を構えた。
二人は槍を構えあって、勝負を始めた。
しばしの間、二人は、相手を牽制しては、
ぶつかるという行為を繰り返した。
だが、お互い譲ることなく、勝敗はなかなか決まらない。
「こんなものか?」
虎之助は乱れた息を整えながら、不意に松寿丸に尋ねた。
そうは口にするが、彼にも相手が
結構手ごわい奴だということが分かってきた。
虎之助は松寿丸に対する見方を僅かだが変えた。
”如水殿の子だと聞いたが‥”
なかなか‥槍が上手い。
同じように乱れた息を整えている松寿丸を睨み、槍を構えなおす。
”だが、ここは負けられない”
それは年上だから負けられないという勝負的な意味もあったが、
心の中にあったのは、違った。
市松が約束を破ったのは、もちろん腹立たしい。
絶交したことを謝る気は、ない。
だが、それ以上に胸に渦巻くモヤモヤしたものがあるのだ。
それは、‥松寿と市松が一緒にいると凄く感じること。
そのモヤモヤを振り払うように
「その程度なら、俺が勝ちを貰うッ!!」
これが最後!と、虎之助が一気に間合いをつめた。
あと数センチ‥というところで
「又兵衛の教えてくれた槍がお前に負けるはずがないッ」
途端、松寿丸がそう叫んだ。
”又兵衛?”
虎之助の身体が一瞬止まる。
気が付いた時には松寿丸の持っていた槍の先が頬をかすり、
そのせいで虎之助は体勢を崩し、倒れた。
「ッ!?」
油断した自分を叱咤し、
落とした槍を拾おうとした瞬間目の前に槍が向けられる。
「参ったか?」
松寿丸がそう尋ね、虎之助を見下ろしてくる。
虎之助は唇を噛んだで悔しいのを我慢し
「‥参った」
と呟く。
その言葉に松寿丸が途端笑みを浮かべる。
「そうか」
とても嬉しそうな松寿丸に思わず虎之助は
「‥又兵衛‥殿とは?」
と尋ねていた。
それに、松寿丸は一瞬キョトンっとしたが
「俺の槍の師で、兄で、部下だ!強くて格好良いんだぞっ」
と誇らしげに言った。
それに虎之助が今度はキョトンッとして
「‥松寿の‥友達なのか?」
と尋ねる。
「いや、‥友達‥じゃないけど。でも、好きだ」
松寿丸はハッキリ言って、槍を下ろす。
その表情が、とても幸せそうなので
”なんだ‥そうなのか。
だから、勝って嬉しそうな顔をしたんだな”
ホッと胸を撫で下ろし、安心した。
”そうか、‥松寿には好きな人がいるのか”、と。
だが、すぐにそんな自分に気がついて、虎之助は頬が熱くなった。
”‥俺は‥っ”
二人に、やきもちを妬いていたのか‥。
そう分かった瞬間、松寿丸に対しても、
市松に対しても申し訳なくなった。
そして、己が取り返しのつかないことを市松に言ったと
気がついて、少なからず落ち込んだ。
とりあえずは、約束通り松寿丸には謝る必要がある。
「‥悪かった‥、松寿」
虎之助が済まなそうに言って、土下座しようとした瞬間。
「お虎ぁッ!!」
と市松が駆けて来た。
「紀之兄がここだって言うから‥。って‥お虎、怪我してるっ!?」
いきなりの友の登場に虎之助はポカンとした。
市松はそんな彼に気がつかず、頬に出来た傷を見て大慌てする。
「痛いだろ?今、おねね様のとこに連れて行くからッ」
「まっ‥市松ッ!?」
突然、がばっと抱き上げられる。
カァァッと虎之助は赤くなって、困惑するが
それ以上に市松は冷静じゃないらしい。
そのまま、松寿を残して
一直線にねねのところに走っていく。
そんな、友に
”絶交するなんて、酷いことを言ったのにッ!?”
と、虎之助は慌てて、
「い、市松、待てッ!!待ってくれ、市松!!」
そう叫ぶ。
叫び声に気がついたのか、市松が立ち止まる。
「なに?」
少し青ざめた表情で尋ねられ、
「平気だ。ただのかすり傷だから」
と困ったように言い聞かせる。
不安そうな表情のまま、市松は虎之助を下ろすと
ギュッと抱きしめた。
「‥本当に?ほかに何処も痛くないのか?」
「あぁ、痛くない。‥平気だから」
「ごめん、お虎。俺っ」
虎之助は市松が口を開こうとするのを手で制し、
「その台詞は俺のだ。‥ごめん、市松」
と呟いた。
「お前にも、松寿にも悪いことを言った」
「や、止めろよ、お虎!元はといえば、俺が約束守らないからッ」
「違うんだ、市松」
「え?」
「それに怒ってたんじゃないんだ、俺は」
少し赤くなって言うと
キョトンとしている市松を抱き返した。
「‥お前が松寿にとられるかもって、ヤキモチ妬いてたんだ」
小声で、口にする。
市松の返事はない。
だが、虎之助はなおも言葉を紡ぐ。
「俺の知らないところで、
お前が他の誰かと仲良くするのが許せなかったんだ。
市松は俺の一番の親友だから‥誰とも仲良くして欲しくない‥なんて、
とんだ子供じみたい我が侭だった。
なのに、‥そんな気持ちに駆られて、」
お前と松寿に酷いことを。
「自分のしたことが‥恥ずかしい‥っ。
お前に向かって、‥絶交なんて」
だから、ごめん‥ごめん、市松。
繰り返す言葉に市松がポンッと虎之助の頭に手をのせると
「お虎、‥俺、怒ってないよ?」
そう笑った。
「え?」
「というかさ‥、お虎はもう怒ってない?
俺の方こそ、悪いことしたからさ」
「なっ‥何言っているんだっ!!俺の方がっ」
「けど、元はといえば俺が忘れたんだ。
だから、お虎は悪くないよ。
まだ‥怒ってる?」
困ったように笑って言う市松に虎之助は、頭を振る。
「怒ってない」
「本当に?」
「あぁ」
ハッキリと口にすれば、市松がホッとしたような
嬉しそうな顔をした。
「良かった!‥俺、お虎に嫌われちゃったかと思った。
違くて、よかった」
”それは、こっちの台詞だ”
虎之助は、そんな市松を済まなそうに見つめていると
それに気がついたのか、手が差し出された。
「なんだ?」
「今からだと‥あんま遠くまで行けないけど」
約束してたから。
「出かけようよ、お虎」
それとも、嫌?
市松の言葉に、虎之助は彼の手を握って
「出かける」
そう返した。
「そうこなきゃ!」
嬉しそうに虎之助の手を握って、引いてくれる市松に
”ありがとう”
と心の中で感謝する。
自分と松寿丸が勝負していると聞いて、駆けつけてくれた。
そして、一直線に己の元に来て、
怪我をしていることに気がついてくれた。
怪我をした自分より、真っ青になってくれた。
それらが嬉しくて、握ってくれる手を見つめて思う。
―――市松が、大好きだ、と
そんな気持ちを伝えたくて、
「市松、俺とずっと友達でいてくれる‥よな?」
と、尋ねた言葉に、予想通りの答えが返ってくる。
「当たり前だろ。俺、お虎のこと、大好きだよ」
虎之助の表情が、自然と笑顔になった。
終
*久しぶりにこの親友コンビを書いてみました。
ついでに大好きなので、
大谷と石田の親友コンビとか長政とか出ちゃっています(笑)
某小説で、長政にあれこれ文句を言いながらも
面倒を見ていた正則に触発されて書きました。
うちの清正なら、絶対ヤキモキするんじゃないかと思って(笑)
今回は、ちゃんと幼名表記で統一してみました。
でも、細かいところまでは考えないで書いているので
長政が来た頃云々は考えないで下さい‥(汗)
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