『恋人』


「なぁ、才蔵ぉ〜‥」
「なに、殿?」

突っ伏しながら呼ぶ正則に苦笑しつつ、才蔵は返事を返す。

「あのさぁ」
「ん?」
「好きな子を一杯ギュッてしたいのって、おかしいか?」
「は?」

突然言われた言葉に才蔵が目を丸くする。
まさか、自分の主君からそんな言葉が出るなんて‥。

「あ、あのさ‥殿」
「ん?」
「熱でもある?」
「別にないけど」
「じゃあ、どっか打った?」
「いいや。‥って、それ何か俺に関係あるのか?」
「い、いや‥ないとは言い難いけど、ないよなぁ」

曖昧に言って才蔵は苦笑い。
失礼極まりないが、才蔵は己の主を恋愛に関して全然ダメだと思っていたのだ。
女心がまず分かりそうにないし、花より団子派だ。
第一、恋の病なんて言葉が彼には縁遠いように思える。
だから、そんな風に尋ねられて焦ったのだ。

「なぁ‥おかしいか?」

ハァッ‥といかにも恋わずらい的なため息をつく主に才蔵は

「お、おかしくはないんじゃない?」

と返す。
まさかそんな話を主とする日が来るとは‥。

「そうか?だって、嫌がられたらどうするんだ?」
「え‥そりゃ、見知らぬ人に抱きつかれたら嫌だろうけど‥。
殿とその子ってどんな関係にあるかによって違うんじゃない?」

どうなの、そこんとこ?と半ば好奇心で尋ねれば、

「‥付き合い始めたんだ」

と少し赤い顔で正則が呟いた。

「え?」

その言葉に才蔵が動きを止める。
今、付き合ってるって言った?
動かなくなった思考で必死に状況を把握しようとする。
どうやら間違ってはいないと分かり、
だったらどうして気がつかなかったんだよ、自分と心の中で暴れる。
とりあえず、それは外には見せず

「そっか、付き合ってんだ。知らなかったよ、殿。
そういうことは言ってよね」

と笑って冗談っぽく言っておく。

「あ‥そうか、言ってなかったんだな。ごめん」

と正則が少し済まなそうに言うのに才蔵は首を振る。

「いやいや、良いって!
人は恋愛に上手くいってる時が一番手一杯なんだから、他にはかまってらんないっしょ」

とは言うが、内心ちょっとはぶられたみたいで
面白くない感じもしないではない才蔵。

「で、抱きついてもいいかって件だけど」

話題を変えて、才蔵は楽しそうに言う。

「いいと思うよ。だって、付き合ってんでしょ?
なら、その子だって殿がそうすんの待ってるって」
「そ、そうかな?」
「そうだって!」
「今までよりもっと抱きつきたいって思っていてもいいのか?」
「へ?」

今までより?

「な、なに‥殿。その子ってそんな前から殿の知り合い?」
「?‥そうだけど」
「あ‥そう」

ふ〜ん‥俺しらねぇやと才蔵は内心ちょっと落ち込む。
自分が知らない間に主が女を作ったことに嫉妬して落ち込んでいる訳じゃない。
そういうことに鋭いと思っていた自分が分からなかったことに落ち込んだのだ。

「なに?殿から好きって言ったの?」
「え‥ま、まぁそうだけど」

気まずそうに、でも嬉しそうに笑った正則に
あれま、嬉しそうで‥と自分もなんだか嬉しくなる才蔵。

「ふーん‥いい子なんだ。
じゃあ、殿が抱きつくの我慢できなくなるのも分かるかも」
「へ、変じゃないのかっ!?」

驚く正則に才蔵は頷く。

「いいと思うよ。
つーか、好きな子前にして抱きつきたいとか、
手繋ぎたいとか思わない男っていないんじゃん?」

普通下心はあるでしょ?と笑って言う才蔵に

「そうか‥別にいいのか」

と正則はなんだか納得している。

「でさ、殿」
「ん?」
「その子、いつ俺に紹介してくれんの?」

見てみたいんだけど‥と知らなかったという事実は
とりあえず棚上げしておいて、聞いてみる。
正則はぽかんっとしていたが、突然嬉しそうに笑った。

「今日中にも会えるよ」

その言葉に才蔵は、‥え?と思う暇もなく、

「いるか、市松?」

と聞き覚えのある声がした。

「あれ、‥加藤殿だ」
「待ってた、お虎っ!」

才蔵の言葉と正則の言葉が重なる。
あれ?‥彼女紹介してくれるんじゃないわけ?
と思っていると正則が清正の手を引いて

「才蔵、これが俺の恋人」

とものすごく嬉しそうに宣言するのだ。

「えぇ〜〜〜っ!?」
「い、市松っ!?」

才蔵の驚きの声と清正の驚きの声が重なる。

「う、嘘っ!?と、殿の恋人って加藤殿?」
「ひ、人には言わない約束だろっ!!」

二人に一斉に言われるが正則は笑ったまま

「そう、お虎が俺の恋人。
才蔵にぐらいは言ってもいいだろ、お虎?」

と二人に答えた。
才蔵は眩暈がした。
まさか己が主の恋人が女じゃなく、男なんて‥。
その上、それが良く知っている加藤殿なんて‥。
そりゃ、俺も気がつかないって‥。

「あのさ、お虎」
「なんだ‥」

才蔵同様少し疲れたような顔をしている清正を突然正則が抱きしめた。

「なっ!?」
「へっ?」

清正はいきなりのことに真っ赤になって驚く。
才蔵は思わず声が出てしまった。

「才蔵に聞いたら、好きな子をいっぱい抱きしめたいのは変じゃないってさ。
だから、いっぱいしてもいいだろ?‥お虎さえ、嫌とか思わなきゃ」

嫌ならやめるけど?と尋ねる正則。
「だってさ、俺、たくさんお虎を抱きしめたかったんだ。
もし、才蔵の言葉が本当ならお虎はこうされるの待ってた?」

正則の性格上真っ直ぐに尋ねているだけなのだが、
それが逆に甘い言葉にしか聞こえず
清正はパクパクと口を動かすだけで言葉を失っていた。
才蔵はとりあえず向きを変えて、ごっそさんっ!と内心手を合わせ、その場を離れる。

「あぁ〜‥俺だけ、仲間はずれかぁ」

なんて言ってみた才蔵だが背後から聞こえる正則の嬉しそうな声と
清正の困った声を聞きながら、でも、ま‥殿が幸せなら俺はそれでいいけどさと
何故かちょっと自分が得したような気分で庭へと出て行った。



*久しぶりに正則×清正書きたいなぁと思っていたので、
 話を考えたのですがうまく二人っきりの話が出来ず第三者を頼ってしまいました。
 可児才蔵が結構好きです。
 うちの才蔵さんは、以後まったり二人を暖かな目で見守り、応援してくれればいいです。
 え‥実話半ば入っているかって?
 ま、まぁ‥そうじゃないとは言い難い‥。
 人様に恋人が出来るとなんだか嬉しいのは何故でしょう?
 でも、相談されないと寂しいというか「私だけっ!?」みたいな気がします。
 そんな実話入り(え)

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