『好きってこと』


ずっと、ずっと勝手に”親友”だと決めつけていた。
幼なじみで、心の許せる唯一の親友だと。
相談相手で、大切な人だって。
だから、それ以外を入れられたらどうなるのか、
考えた事がなかった。


***


「お虎ぁ」

呼ばれて振り返れば、嬉しそうな正則の顔がある。

「なんだ?」

いつものように尋ねるとその顔が一層嬉しそうになる。
犬みたいだ。
そう言ったのは誰だろうか?
秀吉様だったろうか?‥ねね様だろうか?
よくは覚えていない。
でも確かに、尻尾があったならきっと振り回していただろう。
それくらい彼は嬉しそうな顔をする。
思わずこちらまで笑いそうになるほどの破顔。
それが正則の良い所で、俺が好きな所。

「なぁ、今からどっか行かないか?」

その誘いに文句を言ったことは一度もない。
今日も頷くだけで全ては済んだ。
それが俺と正則との間にある友情だったからだ。
昔からそれは変わらない。
秀吉様に召し抱えられ、小姓になって出会ったあの時から。

「よし!じゃあ、馬を取りに行ってくるな?」

正則は俺の了承に一層の笑みを浮かべ、走って戻っていく。
いつまで経っても正則は変わらない。
子供みたいで、何処か幼い。
そう思っていた。
だからか‥‥正則が戻ってきて、
笑顔を向けた瞬間抱き寄せられて驚いた。

「い、市松?」

思わず幼名で尋ねるとその瞳が熱を含んで俺を映した。

「ごめん、お虎。 こんなの‥可笑しいけどさ‥俺、お虎が好きだよ」

俺だって好きだ。
そう言えば正則は首を横に振った。

「そういうんじゃないんだ。そういうんじゃない」

俺にはそれがなんなのかが分からなかった。
首を傾げると正則が困ったように笑う。

「‥そういう風なお虎を、可愛いって思う感情の好きだよ。
抱きしめて、口付けたいっていう‥そういう好き」

言われた言葉に目を見張る。
そうすると、正則は一瞬寂しそうな顔になった。

「‥そうだよな‥こういうの迷惑だよな、お虎には」

その声から明るさが消える。
そうじゃないって叫びたかったけど、
正直自分がどう思っているのか分からなかった。
そういう想いが迷惑かと聞かれても経験がない。
相手が相手なだけに是か否かより、呆然としか出来ないでいた。

「ごめんな、お虎。今の忘れて。変な事言ったよ」

違うんだ‥違うんだよ、市松。

「ほら、行こうぜ。これ以上遅くなると怒られるな、ねね様に」

冗談っぽく笑った正則だったけど、俺は笑えなかった。
頭がガンガン鳴って、その後彼が何を話してくれて
何処へ連れて行ってくれたのか思い出せない。
ただ‥ずっと彼の言った言葉だけが頭を何度も反芻し続けていた。

***


「なんだか‥ぼぉっとしているな、清正」

そう声をかけられ、自分が我ここにあらずな状態だった事に気が付く。
顔を上げれば、同じ小姓上がりの大谷吉継が俺を見つめていた。

「どうした?悩み事か?お前にしては珍しい」

たった二つしか違わないのに、吉継は時に大人に見える。
それが羨ましいと俺は思う。
きっとこんなくだらないことに心を砕いたりなんて、
この男はしないのだろうな‥。

「吉継」
「ん?」
「お前は親友に好きと言われたら、どうする?」

そう告げると吉継が目を見張った。

「好き?」

繰り返された言葉に頷く。
吉継が少しだけ考え込み、少し笑った。

「それは何か、今清正が悩んでいる事と関係あるのか?」

嘘をつくのは嫌だが、違うと首を振った。
すると吉継は何故か笑った。

「そうか。そうだな、‥俺なら‥」
「俺なら?」
「好きだって返すよ」

告げられた言葉に今度は俺が目を見張った。

「なんで?」

そう尋ねると吉継は少し愛おしむような瞳で遠くを見つめた。

「好きだからさ。‥そいつが」
「それは友情の好きじゃなくても?‥男でも、なのか?」
「あぁ」

吉継の返答はよどみがない。
迷いが少しも感じられない。

「‥佐吉の事か?」

そう思ったままに聞くと

「さぁな」

と曖昧に誤魔化された。
それでも、その表情が優しいことから分かる気がした。
吉継は、正則が俺を好きなように佐吉が好きなんだと。
だが、深くは突っ込まなかった。
何故?なんて聞いても、吉継は苦笑するだけだろうから。
彼の答えが欲しい訳じゃない。
俺は俺の答えが必要なだけなんだ。
そう‥正則に対する俺の気持ちの答えを。
変なことを聞いたと言うと吉継は首を振った。

「気にするな。悩むことも、大切だ」

優しい声は俺を後押しするように耳に残った。


***


「ま、正則」

その夕方。
訓練をしている正則を見つけ、俺は思いきって声をかけた。

「ん、あれ?お虎?」

正則はこないだのことなんか忘れたように いつも通り元気の良い声で返し、
俺に笑顔を向けてきた。

「どうしたんだ?なんか、用?」
「‥あ、あぁ‥」
「お虎が俺に用かぁ、珍しいな」

パッと嬉しそうな笑顔。
気を使われていると感じて、ズキッと胸が痛んだ。

「そ、その」
「ん?」

のぞき込まれると言いにくい。
言いたいのはたった一言なんだ。
俺が考えて出した、答え。

「‥‥」

だが、声は出てこない。
何故か、怖くて、言えないでいた。
正則が少しだけ不思議そうな顔をした。

「どうした?お虎?具合、悪い?」

どうしてだ?
声が‥‥声が出ないッ!
しばらく俯いていると正則がフッと笑った気がした。

「まだ‥、気にしてる?お虎」
「え?」
「変な事、俺が言ったから話づらいよね‥。
あんな事、言わなきゃよかった。
言わなきゃ、 お虎をこんなに悩ませる事なんかないのにさ」

ち、違うんだ!!
違う、違う‥‥違う‥俺はッ!

「ごめんな、お虎。‥俺、しばらくお前に近づかないよ。
だから、早く忘れて。
お虎がそうやって辛そうな顔すると 俺も辛いよ」

行ってしまう。
行ってしまう、このままじゃ。
言えッ!
言うんだ、今!
こんなままじゃ‥嫌だ!!

「い、市松ッ」
「?」
「俺はッ、俺はッ」

言わなきゃ‥一生、一生後悔するんだッ!

「お前が好きだッ、大好きだ!!」

声が掠れているのも無視して、大声で言う。 お前が俺を好きなように俺もお前が‥。

「お‥とら?」

恥ずかしさで顔が火照る。
それでも俺は正則から視線を外さない。
外したら、行ってしまうかもしれない。

「お虎‥本気?」

その言葉に力強く頷いた。

「嫌じゃないのか?」

確かに少しはびっくりした。
だって、正則は俺の親友だったからだ。
親友で、幼なじみで、大切な人で‥相談相手で。
だからって、今ここで一つ増えたからといってこの関係は変わらない。
だって。

「俺も好きだから、嫌なもんか!!」
「お虎」

正則の少しだけ大きな身体が俺をギュッと抱きしめてきた。

「嬉しい‥、嬉しいよ、お虎!」

苦しいけど、すごく温かな抱擁を受けて俺は上目遣いに 正則を見た。
楽しそうな笑顔はますます楽しげになって、
吉継が俺に見せたような優しい表情へと変わっていく。

「好きだよ、大好きだ、お虎!」

その身体を少しだけ抱き返し、苦笑する。
心の中の何かが消えて無くなった気がした。
引っかかるような‥何かが。
それは嫌な感じじゃない。
むしろ、嬉しい。

「俺も好きだ、市松」

またそう呟いて、温かな腕の中俺は目を閉じた。
正則の熱を近く感じるために。

前のHPから持ってきて、前後だったのを繋げました。
尊敬する御方の絵を見ていたら、
どうしても この可愛らしい二人を書きたくなって筆を取ることにしました。
正則、本気で可愛いです、この子!! 同じくらい、相方の清正も好きですv
可愛いよなぁ‥この二人‥。
吉継と三成とは違うこの友情コンビが好きです!

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