桜華茶房

『Another : Summer Day』


”まったく姉貴は何処まで行ったんだか”

アイスを買ってくると言って出て行ったきり、
戻ってこない姉を探してルキは街を歩いていた。

”それにしても、‥暑いなぁ‥”

キャップのお陰で暑さが半減するとはいえ、
肌に感じる生温いような暑さばかりは変えられない。
ルキは、今日のニュースで明後日はこの気温より上がると
言っていたのを思い出して、

”これ以上って、どれだけだよ‥”

と思わず、突っ込む。
明後日は、今年夏一番の最高気温を
観測するかもしれないらしい。
”それにしても‥こんな日に、
アイスを買いに行くとか物好きだよな”

元々姉がなんでも言えば出て来る暮らしに
上手く馴染めていない事は知っていたし、
自分もどちらかといえば窮屈で
出てしまうことがあるほうなので分からないでもない。

”けど、こんな暑い日に‥ってのはどうかと思うけど”

その上、今日は随分お洒落させられて出て行った。
姉のことだから、変な男につかまるなんていう
ヘマはしないだろうが、あまりに遅いので
いちお弟として心配したのだ。
だから、こうして現在に至る訳だ。

”それにしても、なんだろう”

暑さのせいか、見つけるのが途方もなく無謀な気がしてくる。
というよりも、出会えないどころか、
諦めて帰ったら、いた‥なんてことが
思い起こされて、やる気も半減してくる。

”これじゃ、俺も姉貴のことが言えない物好きだな”

苦笑していると、背後からパタパタと足音がして

「何処ですかぁ〜、兄上〜?」

そんな声がした。

”あぁ、物好きは俺だけじゃないのか”

こんな暑い日に兄を探すなんて、良い妹だ‥。
そう同情心から後ろを向けば‥

「が、がくこちゃん!?」
「え?あ‥ルキ殿?」

お互い見知った顔で、思わず声を上げた。

「こんにちは、ルキ殿」
「あぁ、うん、こんにちは」

がくこは、ぺこんっと礼儀正しく挨拶をしてから、
僅かに息を切らせながらも話を続ける。

「あの、兄上を見ませんでした?」
「いや、‥外に出たの?」
「はい。実はナスがないと言ったら、
お昼ごはんにナスがないと物足りないといって
二時間前くらいに出たのですが
全然帰ってこなくて。‥ルキ殿は、お散歩ですか?」
「いや、俺も姉貴を探しているんだ」

お互い、姉と兄を探しているという共通点があるらしい。
暑い中、姉を探すのが馬鹿らしいような気がすると思った矢先に
気になっている子に会えたせいか、ルキは少し心に余裕を持った。

「良かったら、探すの手伝うよ。
俺もどうせ探しているんだし、ここら辺のスーパーだろうから。
同じところに行った可能性もあるだろうし」
「ルカ殿もお買い物ですか?」
「そうなんだよ。アイス買いに行くって言ってた」
「この暑さだと早く帰らないと溶けちゃいますね」
「だと思う。‥なにやってるんだろう」

がくこが歩みを合わせるように歩き出したので、
肯定だと思うことにした。
よく見れば、今日のがくこはいつもの兄とお揃いの服はどうしたのか
いかにも年相応の服を着ている。
ピンク色のキャミソールに、少し短めのヒラヒラしたスカート。
肩から、手までの白い肌が眩しくて、思わず見入ってしまう。

”そういえば、‥いつもは着物だもんな”

「涼しそうな格好してるね、がくこちゃん」
「え?あ、これですか?
マスターが女の子なんだから‥と買ってくださったんです。
‥なんだか、鏡で見ても違和感なのですが‥変じゃないですか?」
「変じゃないよ。可愛い」

素直に口にしたが、どうにも気恥ずかしくて

「うん、綺麗な腕が拝めるし‥夏も悪くないな」

そんな風に冗談交じりで付け加える。

「あ、あの‥ルキ、殿?」
「‥な〜んて、怒った?」

そんな発言にびっくりしているがくこにおどけてみせると
少し赤い顔で、怒ったように

「ルキ殿‥、セクハラはいけないと思います」

そう返される。
そんな反応が可愛くて、
思わず笑うと一層がくこが困ったような
怒ったような顔をしたので

「ごめん、ごめん!言ってみただけ。
可愛いのは本当だけど、セクハラは駄目だよな?
OK、OK‥今後は、気をつける」

そう謝っておく。
がくこは、「本当に?」というような顔をしたが

「そう仰られるのなら‥別に怒っていないので許します」

そう言って笑って見せた。
二人で角を曲がり、大通りに出る。
途端、暑さが増す。

「うわっ、‥影がないじゃん」
「ここは、日陰ができないんですね」

道に続く白いタイルがやたらと目に痛い。
木でも植えろよと思わず言いたくなるくらい、なんの影もない。
その上、車が通るせいかさらに暑い。

「兄上‥何処行っちゃったんでしょう」

「うわーっ」と内心思うルキの隣で
がくこがキョロキョロと右と左、どちらに行こうか悩んでいる。

”そういえば”

がくこは帽子も被ってなきゃ、日傘も持っていない。
女の子にこの暑さは辛いんじゃないだろうかとフッと思う。
ちょっとばかり自分の方が背が高いので、
影を作ってあげることは出来るだろうがそれには限界というものがある。
ルキは、キャップを脱ぐとがくこに被せた。

「キャッ!?」

いきなり、頭に被せられたキャップにがくこが驚く。

「あ、あの?」
「あげる。‥暑いからさ」

被っていていいよ。

「で、でも、ルキ殿だって同じじゃないですか、それは」
「俺はさ、男だからいいんだよ。
女の子は色々あるだろ?焼けたくないとか、肌がどうとか。
姉貴はよく言っているからさ」
「私はあまり気にしませんが‥」
「いいの、いいの。
せっかく白くて綺麗な肌なんだから、
焼けたらもったいないだろ?」

その言葉にがくこが僅かに赤くなって
己の腕に触れると

「ルキ殿‥、セクハラですっ!」

そんな風に膨れた。

「え?今のでもアウト?」

正直、今のは本心で言ったんだけど‥と
心の中で思っていると

「でも、‥帽子を貸して下さったので許します。
ありがとうございますね、ルキ殿」

とびっきりの笑顔を向けられる。

”わっ”

予想もしなかった可愛い笑顔に、上がる体温。
思わず歩を速めてしまう。

「ルキ殿?どうしたんです?」
「いや‥今、ほら、俺と近いと暑いからさ」

だって、ほら、体温が今異常だし。
きっと、傍にいると

――すごい熱いかも。

”これじゃ、夏だとか、キャップがないとかどうでもいいな”

だって、今一番熱いのは自分だから。

不思議そうな顔を向けてくるがくこに

「なんでもないよ。‥早く姉貴とがくぽ、探そう。
このままだと、俺たちより先に帰っちゃうかもしれないし」

なんとか笑顔を作って、促す。
照れ隠しで、自然とまた早くなった速度に

「あ、ま、待ってくださいっ、ルキ殿ッ」

と、がくこの手が服の裾を握った。
ドキッと、ルキの心臓が高鳴って‥体温がまた上がる。

”たぶん、今日が今年、夏一番の”



――――最高気温





*ルカとがくぽの話と平行にあったルキとがくこのお話です。
 日傘に入れると、帽子を貸すというのが
 いちお書きたかったものなのですが
 気がついたら巡音姉弟がどちらも
 やっていることに気がつきました(苦笑)
 なんというか、神威家兄妹が
 ぼけっ子的立ち位置な気がしてなりませんが‥
 そんなことはないです、たぶん。


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