日傘に白いワンピース姿。
誰もがその姿に思わず振りかえる中、
ルカは足早に家へ向かっていた。
”まったく、マスターも心配性よね”
こんな格好でルカが街を歩いているのも、
マスターである春菜が「暑いから、これを」といって聞かなかったせいだ。
お陰でルカはどこぞの避暑地のお嬢様‥のような格好でいるわけだが、
もちろん、外に出たのはそんな格好を人に見せたかった訳ではない。
暑いからということでアイスを買いに出ただけなのだ。
春菜自体はそれこそ、正真正銘のお嬢様なので
アイスなんて言えば出て来るのだが
どうもルカはそれに慣れず‥ある意味で逃げ出してきたのだった。
「それにしても、暑いわね」
ボーカロイドであるルカはさほど暑さや寒さに左右されないが、
体温調節機能を持っているために
どういう気温かくらいは普通の人間通り分かる。
”アイスも溶けちゃうし、早く帰りましょう”
これ以上、好奇の目にさらされるのは耐えられない。
やれやれ‥と角を曲がって大通りに出た瞬間、
ルカは思わず姿に似合わない声を上げてしまった。
「げっ!な、なんでここにいるのよっ」
「おぉ!こんなところでお会いできるとはっ」
あわせる気もないのに、同時に上がった声。
「ルカ殿、ずっとお会いしたかったでござるっ」
今にも抱きつきそうな勢いで近寄ってくる紫の物体に
ルカは額に手を当てた。
”いっそ、暑さの見せる幻ならいいのに”
だが、幻な筈もなく紫の物体はにこにことルカに近寄ってくる。
「お久しぶりでござるな?買い物でござるか?」
「‥ずっと”お久しぶり”だったら良かったわよ。
ちょっと、近寄んないでよ」
ただでさえ、暑いのに。
「見ているだけで、暑苦しいのよッ!!」
見ているだけでこちらも暑くなりそうな長髪に
自分も髪が長いのを置いておいて思わず怒鳴る。
「そうでござるか?
これでも、今日は高い位置で結んだのだが‥」
「あんまり変わってないのよっ」
だいたい、前髪からして暑苦しい。
「いっそ、夏くらいKAITOさんみたいに短く切ったらいいじゃないっ」
「ルカ殿が短い髪を好きなら、そうするでござるよ」
にこっと笑われて、ルカは呆れて無視することに決めた。
どうにも怒鳴ると一層暑くなるような気がするのだ。
だが、無視しようと決めた途端に
「そういえば、今日はルカ殿もポニーテールでござるな?
拙者と御揃いでござる」
そんな風に嬉しそうに言われて、
「うるさいわねっ!!別にお揃いじゃないわよっ!
これは、マスターが勝手にやっただけよっ」
と、思わず反応してしまう。
「そうであったか‥。
だが、そのせいか今日のルカ殿は一段と綺麗でござるな」
白いワンピースといい、可愛らしい日傘といい。
「な、な、なっ」
にっこりと微笑を向けられて、赤くなる。
「な、なによっ!おだてたって、何もでないわよっ」
「本心でござるよ。よく似合っているぞ」
「うっ」
日傘なんていらないと思ったけど‥。
”こんな時ばかりは、あって良かったと思うなんて‥”
褒め言葉を貰ったって、あまり嬉しくない筈のナス男程度に
ドキドキしてしまった自分を隠すように日傘を傾けた。
頬に触れれば、僅かに熱い。
”‥なによ‥こんなの全部暑さのせいなんだから”
あんたに言われたからじゃないわよっ!と心の中で思う。
視線を逸らしたくて、足元の白いタイルへと目を移せば、
目に痛いほど光っていてそれが今日の暑さを物語っている。
日傘を少し上げて見れば、
この道にまったく日影がないことに気がつく。
”そういえば、ここって太陽を遮るものがないんだったわね。
気にせず、通ったけど今度は別の道で行きましょう”
そんなことを思いながら、フッと横を見る。
がくぽがルカから少し距離をとって、ついて来ている。
うだる様な暑さは、この道に来てから益々温度を上げているようだ。
眩しそうに目を細める姿に思わず、声をかける。
「ねぇ」
「ん?なんでござろう?」
「入れてあげてもいいけど」
「え?」
せっかくかけた言葉に、キョトンとした顔で聞き返される。
”ちょっと、‥ちゃんと聞いておきなさいよねっ!”
「うわっ」
思わず、ムッとしてしまい、
無理やり腕を引くと日傘の中に入れる。
「暑いから入れてあげるって言ったのよっ!
ちゃんと話を聞きなさいよ」
「い、いいのでござるか?」
「いいから入れたのよ!‥なによ、別に入らなくてもいいわよ」
”なんで、私がこんな奴の心配なんか”
掴んでいた腕を離すと同時に、がくぽの手がルカから日傘を奪う。
「あ」
「拙者の方が身長が高いでござるからな。
この方がルカ殿は辛くなかろう?」
「っ」
また、不覚にもドキッとする自分。
”もう‥なんで今日はこんな男にドキドキしているのよっ!!”
どうせ、全部ぜんぶ暑さのせいなんだから。
「あ、当たり前じゃない‥。
ちゃんと私が入るように差しなさいよね」
「了解でござる!」
あぁ‥なにをやってるんだろう、私‥と呟いた瞬間
「あ」
とがくぽが声を上げる。
「な、何よ?」
「これは、あれでござろうか?」
「は?」
「相合傘」
”バッカじゃないのっ!!”
思わず言葉より先に足が出て、がくぽの足を踏んでいた。
「次言ったら、殴るわよ」
「じょ、冗談でござる‥」
”あぁ、もうっ!!!!”
また赤くなってしまった顔にルカは顔を背けて、悪態をつく。
暑さのせい、暑さのせい‥。
そう、全部この夏が暑いからいけないの。
”暑さのせいよっ”
だから、こんな風に横に歩いているのが
普通なら嫌なのに、ちょっと嬉しいなんて思っているわけで‥、
少し前にすれ違った恋人同士が腕を組んでいるのを見て、
思わず同じ事をしたいと思ったのだって、きっと‥。
「あれ?姉貴?」
「兄上っ!こんなところに」
そんな声にルカは我に返った。
「え」
ハッと顔を上げれば、よく見知った顔。
一人は弟であるルキで、もう一人はがくぽの妹であるがくこ。
「な、なんで‥ルキが?」
「あんま遅いから心配して探しに来たんだよ。
がくこちゃんとはそこで会ったんだ」
「兄上ったら、何処までナスを買いに行っているんですかっ」
「済まん、がくこ!ぶらぶら歩いていたら、
遠くのスーパーまで行っていたのだ」
ハハッと笑うがくぽにがくこが
「もぅ!兄上は」と怒鳴るのを聞きながら、
ルカは呆然としている。
”今‥私、何を想って?”
そんな姉に
「もしかして、‥デートの邪魔だった?」
とルキが小声で尋ねる。
”デート?”
――隣を歩いて、恋人同士みたいに腕を組んだりしたら‥
「ち、違うわよっ!!馬鹿じゃないの、ルキッ!!
誰がこんな男とデートしたいと思うのよ!
これはね、‥そう、持たせたのよ!」
いきなり怒鳴ったルカにルキだけじゃなく、
がくこもがくぽも驚く。
ルカもこれは苦しいかと思ったが、
弟に気がつかれるのはもちろんのこと、
一番気がつかれたくないがくぽに察せられるのが嫌で
がくぽの手から日傘を奪い
「持ってくれて、ありがとう。お陰で助かったわ」
そう冷たく言い放つとさっさと歩き出した。
「あ、姉貴っ、待てよ」
パタパタと後ろからついてくる弟の足音を聞きながら、
持っているビニール袋の中身を見れば
無残にも溶けてしまっているアイス。
「全部‥ぜんぶ、この暑さのせいなんだから」
夏なんて、早く終わってしまえばいいのに。
――そうすれば、ドキドキすることもないのに。
青空の中、眩しいほどに光る太陽を日傘越しに睨んだ。
終
*ラブラブを書きたいっ!と久しぶりに、がくルカです。
思いっきり、ツンデレなルカちゃんを書こうと思ったら
以前に書いたときのクールなルカは何処へやら‥
乙女な感じになりました。
男の方がドキドキして女の子が分からないというのが好きですが、
もちろん逆も大好きですv
兄さんと殿は無意識に凄いこと言ったり、
やったりしてくれそうなので、
書くのが楽しいですv
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