”なんで俺がこんなことしなきゃいけないんだよ‥”
アカイトは背後から楽しそうにくっついてくる妹を見て思う。
妹であるアカイコはデルに恋をして、兄の元に来たらしい。
恋愛云々だけならば、別段アカイトとしては他人の恋愛だし、
妹にあれこれ言う必要もないし、
出来れば首を突っ込みたくない‥。
だが、相手がデルというのが最大の問題となった。
デルは、アカイトが片想いをしているハクの弟なのだ。
その関係上、そこそこ面識のあるアカイトは
アカイコにとって都合のいい存在。
そのため、首を突っ込みたくもないのに
強制的に突っ込まされるはめになったのだ。
”なんで俺が脅されなきゃいけないんだよッ”
その見返りとしてアカイコは
兄とハクの恋愛を手伝うと言ってきた。
だが、そんなものアカイトにすればただの脅しだ。
何をされるか分からない、大きなお節介だ。
だが、アカイコはもう既にハクと仲良しなのだ。
これはもう、抵抗したら何をされるか分かったものじゃない。
そのため、渋々ながら手を貸すことになった。
この妹、見た目は可愛らしいがとんだネコかぶりの小悪魔なのだ。
”いいや、こんなの小悪魔じゃねぇ!”
いっそ、悪女とでも呼んだほうがしっくりくる。
そんなのに、捕まった自分はしばらく逃げられない。
ここは、大人しく言うことを聞いていた方が身の為なのだ。
どんな酷いことを言いふらされるか分かったものじゃない。
今日はこれから、デルに会いに行くところだ。
つまりは、アカイコにとってはここに来て最初のコンタクトなのだが‥。
「デルさん、私のこと覚えているかしら」
なんて、さっきからニコニコしている。
「さぁな」
何度目かの同じ台詞を返して、アカイトはため息をついた。
デルとはそんなに親しくはないが、よく喋る方ではある。
だからこそ、こんな妹を会わせるのはなんだか気が引ける。
むしろ、こんなのに惚れられてご愁傷‥としか言えない。
‥なんて、カイトに愚痴ったら
「自分の妹にそれは酷いんじゃない?」なんて
爽やかに返された。
”あのシスコンは‥っ”
俺の苦労が分かっていない!
あいつの妹は、良い子だろうけど‥
この妹は妹であって、妹じゃない何かなんだよっ!!
そう叫びたいが、誰もがアカイコのネコかぶりに騙されるので
信じてはもらえない。
”もっと他のとこみたいに可愛い妹だったらなぁ”
そうしたら、少しは恋愛云々手伝ってやる気も出るのに‥と
思いながらも、アカイトは扉をノックした。
「なに?」
がちゃっと少し開き、デルが現れる。
マスターである章明に渡されたのか、
片手に楽譜を見つめている。
「俺」
「あぁ、アカか。なにか用?」
やっと顔を上げたデルに
「忙しいか?」
と尋ねれば
「見たとおり」
そう返して、部屋に招き入れてくれる。
「で、なんの用?アカが俺を訪ねるなんて珍しいし」
「いや‥実はさ」
アカイトは渋々と己の背後で今か今かとソワソワしている
アカイコを前に出して
「俺の妹がさ、今後ここに厄介になるから紹介しにきた」
そう言った。
アカイコは兄が詳しいことを言う前にぺこんっと
丁寧にお辞儀して
「兄がお世話になっています。アカイコと申します」
自己紹介した。
デルは「ふーん」とだけ呟いて、
アカイコをちらっと見て返事を返す。
「本音デル。‥アカイトに聞いたと思うけど、ハクの弟」
「知っています!あ、あの、覚えていますか?
その‥ちょっと前に私、デルさんに助けて貰ったんですっ」
不良に囲まれていたところを
助けて貰ったと言うことを一通り説明して、嬉しそうに
「あの時、本当に困っていたんです。
でも、デルさんのお陰で助かりました。
ずっとお礼が言いたくて」
なんて普段は見せないしおらしい態度で口にした。
好きな人の前では、ネコかぶり状態も徹底するらしい。
だが、デルはそんなアカイコに普段どおりのクールな口調で
「ごめん、覚えてない」
そう口にした。
ピシッとアカイトには確かに妹が固まる音が聞こえた。
「‥ハッ‥忘れられてやんの」
ボソッと呟いた言葉に、突然足を思いっきり踏まれる。
思わず”痛ぇぇぇッ!!”と心の中で悲鳴をあげる。
アカイコはそれを無視して、固まった表情を
解くとにっこりと笑った。
「そうですよね、デルさんにとっては些細な事ですもんね。
気にしないで下さい。私、お礼を言えただけで幸せです」
さすがはアカイコというか。
彼女はデルに覚えられていなくても、
あまり気にしていない素振りでそう話を続ける。
そんな妹に不憫だな‥と少し思ったアカイトだったが、
次の言葉にそんな思いも吹っ飛んだ。
まったくもって、妹は前向きだと思わずにはいられなかった。
「私、デルさんが好きなんです!!」
「は?」
これには、関係ないアカイトがドギマギしたほどだ。
人の恋愛云々なぞ、あまり気にしなかったが
こう目の前で他人の告白を聞くとは。
「あの日‥助けてもらった日に、一目惚れだったんです。
それで、貴方のことを調べて‥ここに来たんです。
私と付き合ってくださいっ」
可愛らしい声でそう言って、
「ダメですか?」と上目遣いをするアカイコ。
普通の男なら絶対に落ちる。
ハク一途のアカイトだが、
自分だったらアカイコのようにストレートに
言われたらぐらっとくる。
それくらい、アカイコの告白は的を得ていた。
だが、‥そこはデル。
「悪いけど、俺、そういうの興味ないから」
あっさりと、‥一言で蹴った。
「恋人とか、面倒じゃん。だから、付き合えない」
しかも、ものすごくハッキリと。
だがしかし、その内容は酷すぎる。
これにはアカイトも、眩暈がした。
”よくこんなこといえるよな‥”
普通の女の子なら、これを言われたら痛手過ぎる。
立ち上がれないだろう‥一週間くらい。
いや、下手すると一ヶ月?
怨まれるぞ‥とアカイトは思う。
隣を見れば、アカイコも呆然と立ち尽くしている。
妹の少し可愛そうな姿に兄として、
フォローしないといけないかな?と思ったアカイトは
「あ、あのさ、デル?
なんか、もうちょっと言い方あるだろうよ、断るにしても」
と尋ねた。
デルは、面倒そうな顔を一瞬したが
「だって、その子のことよく知らないし。
だいたい、彼女だって俺のことを知らないだろ?」
「そりゃ‥そうだけど」
「あのな、アカ。
妹だから不憫だと思ってそう言うんだろうと思うけど、
俺と付き合う方が不憫じゃない?」
「え?」
デルは苦笑すると、ポケットから
シュガーレットチョコの箱を取り出しながら話を続ける。
「俺さ、‥あんたが思うほど良い男じゃないけど?」
そんな男と妹が付き合うなんて、
兄なら反対する方が当然の反応だろ?
ニッと珍しく笑ったデルにアカイトは言葉を失う。
”そういや‥こいつ、どんな奴なんだ?”
そう言われると、多少は知っていると思っていた自分にも
デルという男が分からなくなってくる。
この家の中でも孤立を保っているので、
謎が多すぎるのだ。
「でも、まぁ‥初対面の女の子にこれはきつ過ぎか」
言い過ぎたかも。
デルはそれだけ言うと、箱から一本チョコを出して
「ん、あげる。‥恋人は無理だけど、よろしく」
アカイコの口にそれを押し付けた。
無意識に開いたアカイコの口にチョコが入る。
「美味しいから」
気休みだけど、辛いの誤魔化せるよ。
そう残して、デルは部屋を後にした。
残された兄妹はしばらく無言のまま。
だが、アカイトが我に返り、妹に向けて
「あぁ〜‥なんだその‥、元気出せよ。
良い恋なんてそこら辺に転がってるんだし」
と声をかける。
それにアカイコの声が返る。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「恋って、障害があるほうが燃えるんだって」
「‥そうなのか?」
「私、諦めないから」
「は?」
くるんっとアカイコが兄に向き直る。
「だって、デルさん、言ったじゃない?
私のことよく知らないって。
恋人は無理だけど、よろしくしてくれるって」
「あ、あぁ‥言ったけど」
それがなんだ?
「も〜、お兄ちゃんって本当ダメよねぇ!
つまり、まだアタックして良いわけでしょ?
デルさんが私を知ればいいのよ!」
「え?え?‥けど、デルは恋人はいらないって」
「それは自分が恋人するほど、
良い男じゃないから言ったんでしょ?
ううん、私にとってデルさん以上の男なんていないわ!
あぁ言われて、ますますそう思ったの!
私、ぜ〜ったいデルさんの彼女になってみせるっ」
覚悟していなさいよッ!!と
意気込む妹にアカイトは呆然とする。
「え?」
それって、つまり?
「って訳で、これからもよろしくね、お兄ちゃん」
チョコを口の中で溶かして、にっこり笑った妹に
”え?俺ってば‥もしかしてまだ”
解放されない?
そう思って、アカイトはがっくりとする。
安穏な暮らしはまだまだ彼には訪れそうにないのだった。
終
*アカイトさんの受難第二弾!(笑)
今回はアカイコちゃんとデルさん対面話でした。
ハクと話すデルはよく書くのですが、
どうも他の子に対するデルって
想像できなくて、こんな感じに‥。
たぶん、恋愛がめんどくさいというより
自分じゃ優しくしてやれないよ?っていう感じです。
そんなこと、アカイコにはどうでもいいことでしょうけど(苦笑)
今回はキャピキャピアカイコちゃんが書けなくて、
ちょっと不満だったのでそのうちリベンジ!
これ以降、押せ押せなアカイコちゃんとそれを
クールにかわすデルという構図になります。
そして、アカイトにとっては受難の始まり‥(笑)
メインじゃないですが、こっそりこっそり気が向いたら
ここのCP話も書いていこうと思います。
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